10.待ち人の正体
「向枝さん、これって一体……」
警戒の色など皆無な白犬と向枝の空気に困惑した白城が、向枝を見る。
白犬の姿は、白城はよく覚えている。というか忘れられるはずがない。
狐とともに、あの少女の傍にいたからだ。
つまりは、宿敵であるはずで――
「あの子は先に待っているのよね?」
「うむ。恐らくこの店の甘味を片端から食しているところに御座ろう。中に入ればすぐに見つかるかと。――拙者に気遣いは不要で御座るよ。拙者は犬。こういった施設には立ち入ることはできん」
「わかったわ。有り難う――白城」
険悪な雰囲気などまるでないままに両者は言葉を交わし、向枝は白城へ振り向いた。
あの子というのは、間違いなくあの少女だろう。
でも、どうして。
……どうして、敵同士なのにこんなに和やかなの?
疑問が心中に渦巻く。様々な憶測が飛び交い、最悪の想像まで生まれる。が、
「白城殿、でしたかな」
不意に白犬が、白城へ声をかけてきた。なに、と反射的に見下ろす白城に、白犬は座したままに静かに言う。
「勘違いなさらないでほしく思うに御座る。市子殿は決して、守護連の敵というわけでは御座らん――敵対構図を取りやすいというだけで、好き好んで戦っているわけでも御座らんし、時には協力することも御座る。このたびのように」
「……でも」
「そういうことなのよ、白城。……難しい関係なのよ、私たちは」
行きましょう、と向枝に諭されて、白城は唇を引き結んだまま、何とか頷いた。――混乱は収まったわけではない。けれど、ここで不用意に事を荒立てることもない。何より向枝が落ち着いているのだ。自分だけ取り乱しても向枝の迷惑になるだけだ、と。
そう自分に言い聞かせて、白城は向枝の後に続こうとし――しかし一度、立ち止まった。
振り返り、白犬を見る。
「……あの」
「何か?」
「……いきなり、すみませんでした」
無礼なことを、と。白城は頭を下げた。
対して白犬は。
喉奥で籠ったような息を鳴らした。――笑ったのかもしれない。
「お気になさらず。お互いに、仕方のないことに御座るからな。しかしできるなら、市子殿には同じ対応をなさらんでいただけると有り難い」
はい、と短く応じて、白城は顔を上げ、だが白犬に視線を当てることはせず、逃げるように振り切って店内に入った。




