06.通達
『――ああ、御免ね? 今大丈夫なの?』
電話に応じた向枝は、まずそう言った。
それに対して白城は頷く。だがそれが電話向こうに伝わるはずもないことにすぐに気付いて、「大丈夫です」と応じた。
「今は昼休みなので。えっと、任務でしたよね?」
『ええ。でも急ぎじゃないわ。あなたの都合に合わせるって』
「……私の都合に?」
どういうことだろう。守護役の任務はその性質上、隊員の都合に合わせて行われるものではないはずだが。
わからない。
「どういうことです?」
『うん……あのね。今回の任務は、戦闘任務じゃないのよ。勿論、絶対に戦闘にはならないというわけではないんだけれど、危険度は低いわ。これは調査任務になるわね』
「調査任務、ですか……」
珍しいことだ。危険度の低い任務は多くの場合、特務ではなく一般隊員に回されるものなのだが。
「機密情報を扱う、とかですか?」
『いえ、そうではなく……あー、そうなるのかしら』
向枝は妙に歯切れが悪い。
だが、その歯切れの悪さに対して、白城には思い当たるところはない。
『実のところ、私にもはっきり言えることはあまりなくてね。申し訳ないけれど……詳細は、現場で聞いてもらうことになると思うの』
「現場、ですか?」
『ええ。実は今回のこの任務は、協同任務なのよ』
「協同任務、ですか」
初めて聞く単語、ではない。魔術結社の数多く存在する西欧では頻繁にあるような形態で、基本的に魔術結社が守護連しか存在しない極東では極めて珍しい、というだけだ。
勿論、あくまでも極めて珍しいことであるだけで、極稀にはあることだ。それは例えば、
「神社関係者、あるいは霊山関係者との協同任務でしょうか」
それが、数少ない例外だ。
もっとも、その関係者にしたって、ほとんどの場合は彼らの管轄内で何をしていようとほぼ関知していない。彼らの職掌は、守護連とは全く異なるのだ。関知しておく必要がない、と言ってもいい。
それでも彼らが協同任務という形で出てくるというのは、それが彼らの神域、最奥、秘匿に触れるような内容であるときだ。その場合はさすがに、彼らの同伴がなければ進入すらできない。
だがそれならば、白城が、ひいては特務が派遣されることの理由として違和感はない――神社、霊山関係者が伴う任務は、当然のことながら極秘任務だ。順当であると言えよう。
しかし、白城のその考えに対して、向枝は「いえ、そうでもなくてね」と否定した。
『何というか、言いにくいというか……まあ、難しい任務ではないわ。応じてもらえる?』
問いかけの形を取ってはいるが、しかし任務とあれば、白城に拒否する権利も、まして理由もない――是非もない。
「勿論です。他に任務を控えているということもないので」
『だからこそ、私はあなたにゆっくり休んでほしかったんだけどね……まあ、仕方がないのだけれど。それじゃあ、いつにしようか。およそいつでもいい、みたいなことを言われているんだけれど』
向枝の言葉に、白城は少し考える――いつがいいか、ということではない。その協同者というのが何者か、ということである。
率直に言って、そんなに時間にルーズな任務は聞いたことがない。守護役の任務はいつだって危急だ。怪異が発生したことを確認してからより迅速に解決を図る、対症療法のようなものだからだ。
しかし、それなのに、そのはずなのに、いつでもいいとこちらに調節を丸投げしてくるような相手は――
わからない。
見当もつかない。
けれども、答えは決まっていた。
「では、今日でお願いします」
『え、今日? それはちょっと早いんじゃない?』
電話向こうの向枝の方が驚いた声を上げていた。だが、白城には迷うまでもない答えだ。
確かに、休養を取ることも重要だとは思う。だが、努力して黙って座っていたところで、心は全く休まらないのだ。だから身体を動かした方がずっといい。鍛練では身体を壊しかねないが、任務、それも戦闘任務ではなく調査任務であるというのなら都合もいい。
向枝は電話の向こうで少しの間沈黙していたが、やがて諦めたように吐息した。
『……わかったわ。それじゃあ、向こうにもそう伝えておく。その後のことはまた連絡するけれど、多分学校まで私が迎えに行くことになると思うから、そのつもりでいてね。まだ授業はあるんでしょ?』
「あ、はい。あとふたつ」
『それじゃあ、午後も頑張ってね――無理は、しないでよ』
「はい……すみません、有り難うございます」
こればかりは心の底からそう言って、白城は通話を終えた。




