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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
壱:袖振り合うも
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05.信用できるのか

 

 

 ここまでで一度も発言していない声だ。狐さんではない。市子の方から聞こえた。だが、声は少年のような声だった。市子ではないと思うのだが。


 市子の方を見ると、市子は自分の傍らを見下ろしていた。つられて美月もそちらを見る。


 テーブルの縁に、何かが引っ掛かった。


「出オチじゃ詰まらねェから我慢して黙って聞いてりゃ、なんだァおい、さっぱり話が進んでねーじゃねェか」


 ちょい、っともう一つ何かが引っ掛かる濃い茶色の、何だろうあれは。見る間に次に頭が現れた。先のふたつはどうやら手だったようだ。


 ……手?


「あー、もう出て来ちゃうの?」

「オメーらがのそのそしてッからだろーがッ」


 市子が不満げな声をもらすのに対し、びしっと怒声を返しながら、ぴょこ、とテーブルによじ登って現れたそれは、


「……ぬいぐるみ?」

「ちげーよッ、オレサマはぬいぐるみじゃねー! 目ェ腐ってんじゃねーのか!?」

 

 

  ●

 

 

 しかしぬいぐるみだ。それも、


「狸、のぬいぐるみ、だよね。それ」

「まーそうだね」

「ちげーッて言ってんだろーがッ!」


 狸のぬいぐるみが喚く。テーブルの上でじたばたしている。


「ちげー、って言っても……」


 どこからどう見てもぬいぐるみだ。

 狸のぬいぐるみ。


 リアリティを追求したものではなく、ファンシーなデザインのぬいぐるみだ。UFOキャッチャーなどで山になっていそうな、


「安っぽい……」

「ぁあ!? オメー今安ッぽいッつッたかァあん!?」


 下から睨み上げてくるが、ファンシーなデザインゆえに迫力はない。

 サイズも大きくはない。鞄に付けるとやや大きいかもしれないが、その程度の大きさだ。それが、


「何で動いてんの……腹話術、じゃ、ないよね」


 だとしたら相当にレベルの高い腹話術だ。何せ凄いテンポで市子と何やら言い争っているし、何よりそのぬいぐるみは動いている。


「どう見てもフェルトの塊なのに……」

「ぁあ!? おいおいネーチャンさッきから随分と失礼なことを言ッてくれてんじゃァねーか!」


 こちらへ向けて、ぬいぐるみが啖呵を切ってくる。やはり迫力はない。


「オレサマは確かにフェルトとコットンの塊だがなあ! そんじょそこらのフェルトとは魂が違うんだよ魂が! なんせオレサマはァ」


 一拍溜めて、


「泣く子も黙るタァヌキ様ァなんだからなァ!!」

「あ、コットンなんだ」

「そっちかよぅッ」


 テーブルの上で盛大に引っ繰り返るぬいぐるみ。しかしすぐに跳ね起きるとこちらへびしっと腕でし、


「もっと大事なトコを聞いてろよ! このタヌキ様のよォ!」

「いや、タヌキサマって言われても知らないし。どう見てもぬいぐるみだし」

「まーそうだよねえ」

「オメーら何なんだッ!?」


 ぬいぐるみはぽすぽすと地団太を踏む。ふむ、と目を凝らして見てみるが、糸が付いているようにも見えない。

 

 

  ●

 

 

「……どういうこと? どういう手品?」

「手品じゃないんだなあ、これが。何て言えばいいのかなあ。ええと、式神?」


 小首を傾げながら市子は言う。いや、疑問形を投げられても。

 今度はぬいぐるみが短い腕を組んで頷いた。


「まあ、式神で間違いじゃあないな。合ってもいないんだが。そういう理解で間違いはない」

「いや、式神って言われても理解できないんだけどさ……」

「紹介すると、これはタヌキ君」


 そのまんまだ。狐さんといいタヌキ君といい、どういうことだろう。狐さんはどう見ても人だし。


「実物見た方が早いだろ、ってことだ。キツネは人間の恰好してっからわかんねーだろうが、オレサマはこれだからな」

「確かにわかりやすいねえ。でもなんでぬいぐるみなんだっけ?」

「オメーがたまたま持ッてたこのぬいぐるみに突ッ込みやがッたんだろうがッ!! ……とにかく、だ。ミツキっつったか。オメー、イチゴの言ってること信じちゃいねーだろ? まあそれは普通だ。大抵そうだ。だからこそオメーのトモダチのために、オレサマが有り難くも出てきてやったっつーんだ。感謝しな」


 ふん、とふんぞり返るぬいぐるみ。


「感謝しろって言われても、よくわかんないんだけどさ……」

「さっきも言ったとおり、オレサマはイチゴの式神みたいなもんだ。式神と違って使役されるわけじゃねェが、不甲斐ねェイチゴのサポートするっつーとこじゃあ同じだな。それはオレサマもキツネもワン公も一緒だ」

「不甲斐ないかなあ」

「不甲斐ねーだろ現に今」


 苦笑する市子を睨み付けるぬいぐるみ。


 

  ●

 

 

 口は悪いが、ぬいぐるみはどうやら市子や狐さんよりは話が通じると判断した美月は、


「あの、やっぱりよくわかんないんだけど」

「まあ聞け。結局イチゴは何なのかって話だ。まず、さっき聞いたろ? イチゴが津軽地域は恐山にいたことは事実だ。で、イタコになる前に追い出されたのも事実――恐山がどんなとこかは、知ってるよな?」


 知らない。名前は聞いたことがあるが、それも漫画の知識程度だ。

 ぬいぐるみは盛大にため息をついた。


「まーいいけどな。魔術も何もマイナーになった今となっちゃあ霊地恐山もただのパワースポットだ。いいか? 恐山ってーのはな――ざっくり言うと、イタコの集う霊地だ」

「ざっくり言ったねえ」

「難しく言いようもないからな。それとイチゴ、オメーいちいち口挟むな。――でな、途中で追い出されたから、確かにイチゴはイタコのライセンスは持ってない」


 イタコにライセンスがあるのか。指摘してみたかったが、またぬいぐるみに怒られそうな気がしたので自粛する。


「でも、イタコのスキルは十二分にあるんだな。っていうか、ある意味じゃ才能があり過ぎて追い出されたような節もある」


 才能があり過ぎて? 市子を見ると、市子は緩く首を振って、


「その辺は割愛しようか、タヌキ君?」

「ああ? ……ああ、わかったよ。で、まあ、なんだ。そう、だからイチゴはイタコじゃねえ。けどできないわけでもねえ。むしろ出来過ぎるくらいでな。口寄せや魂呼ばいだけじゃあない。イタコ巫女シャーマン霊媒師エクソシスト退魔師封印師魔術師妖術師呪術師陰陽師何でもありだ。そっち関係は大概できる。だから、極東全土を放浪しながらそっち関係の問題を解決して歩いてるわけだな」


 ぬいぐるみは一度も噛まなかった。それはともかく、市子が恐山を追い出された理由も気になるが、


「極東全土?」

「おうよ。ちょっと事情があってな、一か所に長く留まっていられないのさ」


 ……思いのほか秘密が多いような気がする。

 

 

  ●

 

 

「立ち寄った土地で、人や土地そのものに問題があったときに、行きがけの駄賃程度にちょっかいをかけてるのさ。まあ、依頼を受けて向かうことも多いっちゃ多いんだが、今回はマジで違う。いわばボランティアだな」


 ボランティアねえ……

 美月は、またも新たなパフェを注文してぱくついている市子を見やる。

 目に巻いている包帯を除けば、せいぜい中学生くらいの年齢の少女だ。


「信用できねェか?」

「……まあ、ね。タヌキ君、だっけ? 君だって、その市子ちゃんの腹話術だって言えなくもないし」


 それもかなり自信はないが。市子はパフェで口をいっぱいにしているが、ぬいぐるみの声音は明瞭だ。


「まあ、無理もねェけどな……だがまあ、オメーのトモダチを大切に思うんなら、会わせるだけ会わせてみたらいいんじゃねーか。金はびた一文取りゃしねェしさ」

「……加奈子は、危ないの?」

「今日明日にどう、ってことはねェな。だが、回復することもねェ。ちょっとずつ衰弱していって、社会復帰は不可能になり、そうだな。直に見てねェから断言もできねェが、あと十年かそこらってとこか」

「あと十年したら……」

「死ぬ」


 一切の溜めもなく、ぬいぐるみは即答した。美月は絶句する。


「まあもちろん、イチゴが診て、犬神を鎮めて、それですぐに復活できるかって言やあそりゃさすがに無理だ。いくらイチゴでもすり減った体力はどうにもならん。回復を気長に待つしかない。だが十年後に死ぬことは、まあ健康に生きる限りはなくなるし、二年かそこらで復学もできるようになるさ。それくらいなら保証できるぜ」

「実際にやるのは私なんだけどねえ」

 

 

  ●

 

 

「金は取らねェ。時間をちょっくらもらうだけだ。どうだ?」


 どう、と言われても。美月は沈黙する。

 お金は取らない、という。それだけで信用に値するわけでは勿論ないが、内心ではやはり迷っていた。

 というか、そういうことは、自分が判断するべきことなのだろうか。


「――そういうことは、加奈子の両親とかに訊いてみるべきなんじゃないの? っていうか、なんで最初から直接行かないの?」

「新堂さんに信用されないと意味がないからだよ。強引に引っぺがしても大した意味にならないからね。友達である美月さんを介して紹介されることで、新堂さんはほんのわずかでも私たちを信用できるようになる。十中八九が疑いでも、一か二の信用は大事だ。それだけあれば十二分。でもそれがないと、私にとっても時間の無駄に終わっちゃうからね。何でご両親に直接アポを取らないのか、といえば、ご両親は絶対に私たちを受け入れないから、だよ」

「受け入れないって……どうしてわかるの?」


 問うと、市子は肩をすくめた。


「既に別のインチキ霊能力者にはまっちゃってるからね。見た目通り十五歳の私じゃあ、どうしたって信用は得られない」


 本当に中学生程度だったようだ。


「さて、どうする? ダメでもともと、私を新堂さんに紹介してみる?」


 どこか楽しげに、市子は問うてくる。

 どうするか。

 美月は浅く唇を噛んだ。


「――迷っているのなら」


 不意に、隣でずっと沈黙していた狐さんが発言した。まともな台詞は初めて聞いたが、やはり美声であった。


「拒否しない、という選択肢を考慮できるのなら、試してみてはいかがですか。いざとなれば、警察にでも通報すればいいでしょうし」


 声音は控えめだった。美月は、考える。考えて、

 顔を上げた。


「……わかった。紹介するだけしてみるよ。っていっても、実際に会えるかどうかは加奈子に訊いてみることにはなるけど。それでもいいなら」


 それを聞いた市子は、おお、と拳を握った。


「よしわかった。決まりだね! よかったよかった、招かれないと入れないからねえ。よし、それじゃあ明日だ。善は急げ。ちょうど土曜日で大学も休みでしょ? 午後三時に中央駅前の広場で待ち合わせしよう。それでよろしくね」


 美月が口を挟む余地も与えず、市子はパフェの最後の一匙を口に放り込んだのだった。

 

 

  ●

 

 

 その後、結局市子は店のスイーツを全制覇し、料金もきっちり払って帰って行った。

 店長や先輩に、何を話していたのか、と訊かれたが、友人である新堂のプライベートな話でもあり、またかなり胡散臭い話でもあったために、曖昧に笑って誤魔化した。


 しかし唯一解せないのは、あれだけ大騒ぎしていた狸のぬいぐるみを、店長も先輩も感知していなかったらしい、ということだ。あれは腹話術なんですかね、というような話を振ったら、二人して何の話? という顔になった。説明しても、そんなものは見ていないという。

 カウンターから見えない席ではなかったから、見ていないはずもなかったのだが……


 ともあれその夜、美月は新堂に連絡を取った。

 一歩間違えばカルト紛いの話であるだけに、なかなか言い出しにくい気もしたが、恐る恐る言い出すと思いのほかあっさりと了承された。


『明日っていうのはさすがに急でびっくりしたけどねえ』


 電話口の向こうで、やはり精彩には欠いているものの明るい声で新堂は答えた。


「いいの? あからさまに怪しいけど」


 訊くと、


『もっと怪しいうえに馬鹿高いお金取る人たちがいっぱい来てるからね。そのひとりの命令でこの間は美月を部屋には入れられなかったけれど、凄いんだよ? 壁中にお札とか変な絵とかべったべたで、運気の上がるあれこれがいっぱいなんだから。今更ひとりくらい増えたって大したことじゃないよ』

「そう……」


 ともあれ明日の午後、市子に指定された時間に訪問する約束を取り付けたのだった。

 

 


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