01.流浪①
広く、高く、そして黒い空間がある。
抜けるほどに広大なその空間は、黒く、しかし決して暗いものではない。
無作為にぶちまけられたかのような光点が散らばっている。
夜空だ。
その大きさが目を見張るほど広大であるのは、その空気が澄み切っていることと、人の灯りがないためだ。
山林地帯。
頭上に戴く黒天ほどではないにせよ、延々と続く高山地帯だ。
濃厚な木々の気配と、鳥獣の息遣い。
それだけが支配している世界である。
ここでは人は無力であり、ただ脆く、弱く、それゆえに人の姿はなく――しかしないはずの姿が、ひとつだけ存在した。
鳥が啼き、獣は唸り、木々は風に鳴る。
その中を、只中を、歩いていく人影がひとつある。
ただし、決してまっすぐな足取りではない。
もともと人の道など皆無であり、うねる木の根や石片で足場に平坦な場所など一歩分もなく、縦横無尽に伸びた、それも太く育った幹、枝がとても低い位置にまで伸び広がり、高木だけでなく低木、藪が群生し、まっすぐに歩ける空間が一メートルと存在しない。
そこを単身、歩く人物がいる。
いや、歩いているとは言い難い――ふらふらと、惑うような、転ぶような不確かな足取りだ。
一歩進むごとに体勢を崩し、手近な古木に手をついて、小枝で頬を浅く切り、滲み流れる血を拭うこともせず。
しかし、転ばない。
転ぶことだけは、ない。




