35.監視者
まだ日の昇ったばかりであり、人影の少ない中を歩いていく市子たちだったが、その様子を遠望している目があった。
山ではなく、山よりも距離のある森の中で、とある巨木の太い枝に腰掛けている人物は、ポケットに手を突っ込んで猫背であり、
「うぃー……寒ィ」
などとつぶやいている。
「ったく、あいつらは何で真夜中やら早朝やらにばっか好き好んで歩き回るんだよ。理解できねえ……」
やや荒れた言葉遣いでぼやいているのは、色褪せたジーンズにパーカーというラフなファッションスタイルの少女だ。年頃はハイティーンだろう、眉根を寄せた、不機嫌そうな顔をしている。
確かに、この季節であってもこの明朝は肌寒い。ず、と鼻をすすった後、彼女はポケットから手を引き抜いた。その手にはスマートフォンが握られている。
視線は遠くの市子らに固定したままで、手もとを一瞥もすることなくロックを解除、番号をプッシュし、どこかへと電話を掛ける。
「――おお、雀ちゃんか。オレだ」
電話向こうの誰かの言葉を聞きながら、数度相槌を打つ。
「……ああ、そうだな。定時連絡、というか。あいつら、どうやらここを移動するらしいぜ。――ああ、そうだ。あ、いやどこに向かうのかまではわかんねーけど。まあ、どうせ古都辺りなんじゃねえの? 日比谷さんも言ってたけど、あのヒトらについて調べるんならまずは古都を当たるだろうさ」
また相槌を打ちながら相手の応答を聞く。その間も、視線は遠く、市子たちから外さない――普通なら、肉眼ではどうしたって捉えられる距離ではないのだが、彼女は特に苦も無く追い続けている。
「――そうだな。ま、そういうことだ。そう日比谷さんにも伝えておいてくれ。……ったくさあ、ほんと、オレはこういうの向いてないんだよ。なあ、雀ちゃん。オレはなんつーか、それこそ花月みたいに前線に出るとか……まあ、まだ前線に出るわけになんていかないからあいつは今大体暇だし、オレは水鏡さんみたいに頭脳派ってわけでもないけどさ……足を使うのは、誰かっつーと日比谷さんの領分だろ? ――っと」
愚痴に移行した彼女の言葉じりを捉えて、電話向こうの人物が荒れたらしい、通話口から音漏れするほどの音量で言われ、内容も相まって彼女は顔をしかめながらやや耳から離す。
「あー、わーったよ、わーってるよ雀ちゃん……確かにな、上司をパシるのはよくねーよ。よくねーさ。でも人には得手不得手っつーもんが……わかったって。悪かったよ。もう言わない。……ったく、兄妹そろって……」
はあ、と彼女は深いため息をついた。それでも、やはり市子たちからは視線を外さないのだが。
ああ、と電話向こうに向けて頷きと応答を送って、彼女は報告を完了する。
ふん、と鼻を鳴らし、
「――“鬼子”が“半血”に接触した。これでようやく、話が少しは進むな」
そう言って、口端を歪めて笑うのだった。




