04.懐疑
「新堂・加奈子さん」
口許のクリームに気付かないまま、市子は話し始めた。
「もうひとつ確認させてもらうけど、新堂さんは――そうだなあ、二年くらい前から、少しずつ体調を崩していってない?」
「……そう、だけど」
なぜ知っているのか、という懐疑を隠さずに、低い声音で美月は応じる。市子は頷いた。
「まあ、平たく言えば、私はその新堂さんの体調不良の……治療、をしようとやってきたわけなんですよ」
「治療って……つまり、あなたは医者か何か?」
問い返すと、市子は眉根を寄せて困ったような表情をした。うーん、と指先で顎を掻く。
「医者……とも、ちょっと違うんだけど。でも、他に説明しようもないというか……」
何とも歯切れが悪い。体調不良の治療と言うなら、それは医者の仕事ではないだろうか。でもまあ、確かに目の前の少女が医者だと言われても信じられないけれど……ましてや、加奈子の体調と言うのは、
「私が何者なのかはひとまず置いておいて、新堂さんの体調について教えてもらえないかな? ある程度把握しておきたいから」
結局まとめられなかったらしい市子が、そんなことを言った。
いや、でも。
そんなことを、この子に教えても大丈夫なのだろうか。
見た目、明らかに不審なのだ。
何せ、顔面に包帯だ。
これを不審と言わずして何と言おう。
「…………」
浅く唇をかんで、考える。
●
新堂が、数年前から体調を崩しているのは、確かなことだ。
美月と新堂は、高校からの友人だった。ともにバレー部に所属し、チームメイトとして仲良くしながら、同じ大学に進学した。
ところが、である。大学は一年の夏ごろから、新堂は少しずつ体調を崩し始めた。初めのころは単純に、夏バテか何かだろう、と美月も新堂自身も考えていた。しかし、夏を過ぎても新堂は一向に回復せず、それどころか、少しずつではあるが確実に、弱っていった。
そして二年生になった春、新堂は講義の最中に突然意識を失い、病院へ搬送される。
運ばれた病院では原因が特定されず、大学病院にまで回され精密検査を受けたが、そこでもなぜ新堂が弱っていっているのかはわからなかった。
身体的なほころびは、一切検出されなかったのである。
結局、病院側は総じて、ストレス性の衰弱だろうと結論した。
しかし新堂は、その頃には既に目に見えるほど衰弱しており、顔色も悪く、すっかり痩せ細り、大学にもまともに通えなくなっていた。
一度目の入院の後、さらに数度入退院を繰り返し、現在は新堂は大学を休学し、自宅療養している。
最後に見舞いに行ったのは先月で、高校の頃の面影をすっかりなくしてしまっている新堂は、それでも美月が訪ねると笑顔を見せ、歓迎してくれた。
そのときに、両親がとうとう心霊治療に手を出し始めて困った、と笑いながら話していたが……
……その関係者だろうか?
だとするとむしろ、いやなおさら、胡散臭い気が。
ふと見ると、いつの間にやら市子は新たに違うパフェを注文しており、しかもまた食べ終わるところだった。
素直に、思う。
糖分の化け物か、この子は。
●
仰け反る思いで見ている美月の視線に気づいたのか、市子は最後の一匙を口に放り込むと、今度はちゃんと紙ナプキンで口許を拭って、苦笑した。
「あー……あはは。まあ、確かに胡散臭いよねえ……信用されないのももっともだ」
紙ナプキンで口許を拭っていたはずなのに、なぜか先程までと同じ位置にクリームがくっついていた。
「まあ、事情はおよそわかったけど……成程。それでは、まあ、いつまでももったいぶるのもなんだし」
んー、と頬を掻きながら市子は言うが……事情はわかった?
説明、していないのだが?
「えーっと、美月さん、例えば漫画は読む?」
「え、まあ、うん……結構読むけど」
急に話が横に飛んで、やや面食らいながらも頷く。漫画は読む。
ふむ、と市子も頷いた。
「では、そうだね、これは少年漫画だけど、とあるユルい少年がシャーマンの頂点を決める戦争に参加して、全知全能のシャーマンの王になるまでの戦いを描いた漫画」
「ああ、うん、読んだことあるよ。ふんばり温泉の」
「そうそうそれそれ。それとか、鬼が手に入ってる小学校教師が子供たちを守る妖怪漫画」
「ああ、うん。地獄先生ね。それも読んだことあるけど……それが?」
話が見えない美月は先を促す。だが、市子は笑みを見せた。
「それだよ、それ」
「それって……どれ?」
「その漫画に出てくるような人たちと、およそ同じような仕事をしているんだよ、私は……ああいや、小学校教師はしていないけど」
●
同じような仕事、と言ったって……美月は考える。
先に市子の挙げた漫画に共通項があるとでも? 小学校教師ではないらしいが(当たり前だ)……
……あ。
「もしかして……あれ? シャーマンとか、霊媒師、とか」
言ってて自分でなんだか恥ずかしくなってきた。真顔で昼間から公言できるようなものではない。ましてそのようなものは、それこそ眉唾物であり、現実に存在するそういう職業の者は十中八九胡散臭くて、
「そうそうそれ! それだよそれそれ!」
市子ははしゃいだ声を上げた。
……えーっと。
「なに、つまりあなたはその、シャーマンとか、そういう仕事の人、ってこと?」
「およそそんな感じだね。免許的に言えば私はシャーマンではなくてイタコ見習いだけど」
免許? イタコに免許などあるのだろうか。イタコ?
「そう。イタコ。――あ、変なものを見る目で見たね。失礼だよ。私の育った恐山には、そりゃあ昔と比べれば数も減ってるけど現役のイタコはまだまだいるんだから」
「恐山?」
「津軽の方だよ。まあ、私は修行が終わる前にいろいろあって追い出されたからイタコって名乗ることはできないんだけど。でもスキルはちゃんとあるからね。そこは心配しないで」
心配しないで、と言われても……怪しいものは怪しいのだが。
懐疑の色を消さない美月に、市子はちょっと困った顔をした。
「信じてもらえないねえ……どうしたものかな。私は私で依頼を完遂できずに怒られるし、新堂さんは新堂さんで大事がないとも限らないし――狐さん、どうしたらいいと思う?」
突然顔を美月の隣の女性に向ける市子。いきなり話を振られた女性は、え、と小さく声を漏らした後、自分を注目する市子と美月を交互に見た後、
「……えーっと」
口の中で小さくもごもごと言った。見た目に合わさって実に綺麗な声だ。
……それにしても、この人、何のためにここにいるんだろう。話は全部この市子って子がしてるし、となると目が見えないっていうこの子の介助だろうか。
狐さんは困っているのがありありと見えるのだが、市子は狐さんから顔を背けない。えと、あの、ともごもご言う狐さんの頬を、たらりと汗が伝い、
「だァーもう、まどろっこしいなァ、おい!」
全く新しい声が響いた。




