(3)帰り道
/帰り道
槙野先生は急用ができたらしく、学校にはいなかった。
職員室に残っていたのは事務の先生だけで、保健室の有り様を見て完全に言葉を失っていた。梭鷺に聞こうにも、どこか遠い目をして首を傾げるだけ。先生も困り果てて「今日はもう帰りなさい」と、俺達は解放された。
「…………」
帰り道、無言が続く。足取りも重い。
いつも賑わっている大通りは、まだ夜じゃないのに人が疎らで、代わりに警察官らしき人達がうろついている。
いつからこの町はこんなにも静かで、空気が重く感じられるようになったのだろう。
――半年前から?
この町がこうだと、なんだか世の中全体が重く感じるのは、俺だけだろうか。
「……神奈、もう体は大丈夫?」
学校を出てから初めて清水が言葉を発した。
こくん。と、梭鷺は頷く。清水は安心したような顔を見せたが、またすぐに影が差した。
蔦漆のこと。そして、梭鷺のこと。今日は色んなことがありすぎて、頭がパンク寸前だ。
さっきの保健室――なんで梭鷺が首を傾げるんだ?あの場にいた梭鷺は、なにかしら当事者のはずなのに。だって、あの部屋の真ん中に立ってたんだぞ?腕だって傷だらけで……。なんで知らないんだ?
あの、立っていた梭鷺。あれは梭鷺……じゃないのか?
遠くを見つめるあの背中。確かにあれは梭鷺であって違う“別のモノ”のような気がした。あくまで気がした、だが……。
それは昨日の清水になんだか似ているようだった。
事件の話になると、急に悪意のある笑顔を振りまいた清水。いつもは無邪気な笑顔で、ウザイくらい楽しそうにしている奴なのに。
じゃあ梭鷺は?
梭鷺は優しくて、いつも周りに気を配っている……そんな奴だ。
――あの梭鷺は?
「あ、利堂くん。私迎え来てる」
「ん?」
清水が道路のすぐ先に停まっている車を指した。
「今日塾があるんだー。だからいつも迎えに来てもらってるの」
えへへーと、またいつものようにへらへら笑って頭をかく。
でも、さすがに清水でも無理をしているように見えた。
「じゃあ、ね。利堂くん。……神奈」
清水は俯いている梭鷺を見て、なにか決心したのか、顔引き締めて梭鷺に近づいた。
「神奈っ!!」
「――っ!」
ぎゅ、と梭鷺の両手を清水の手が包み込む。
「神奈っ!なにか悩みがあるんだったら私に言ってね。絶対力になるから。閉じこもっちゃダメだよ!」
「…………」
そして手に力を入れる。
「大丈夫だよ。心配しないで。神奈のためだったら私、なんでもするから。絶対言ってね。約束だよ」
「…………」
清水はゆっくりと手を離した。そのまま振り返らず、車へと乗り込む。俺達は、静かにその車が走り去るのを見送った。
「…………」
「……梭鷺?」
梭鷺は何も言わなかった。
もうすぐ交差点に差し掛かる。俺と梭鷺は通学路が逆方向なので、ここで別れなければならない。だが、俺は今の梭鷺を放っておくことはできなかった。
「梭鷺、寮まで送るよ」
返事はない。ただ首を横に振るだけだった。
「俺、そっち方面に用があるんだよ。だからついでに」
まあこれは嘘なのだが。それでも梭鷺は賛同しない。
俺は心の中でため息を吐いた。
「……お願いだ。送らせてくれ。そんな状態で歩いてたら危険だぞ」
「…………」
返事は、やっぱりNoだった。
「梭鷺、俺も清水と同じだ。なんかあるんだったら言えよ」
「…………」
梭鷺は何も言わない。
「俺も……絶対、お前の力になるから」
そうだ。清水が言った通り、閉じこもっては何も始まらない。今、俺にできることは――
「…………の」
微かに、梭鷺の声が聞こえた。
「え?」
「あなたに何ができるっていうの?」
…………え?
梭鷺は顔を上げた。
――怒りで歪んだ表情で。
「私が話したら、何?あなた達が力になるって?はっ、本当に?ばっかみたい」
俺は、今どんな顔をしているだろう。
「嘘ばっかり。どうせ話したところでなんにも変らない。少しも変わらない。あなた達なんて今まで何不自由なく生きてきた果報者じゃない」
何も考えられない。
「綺麗ごとばっかり並べて、それで満足してるんでしょ?本当は何一つ私のことなんか、考えてないんでしょう?」
何も動けない。
「なんにも知らないくせにっ!私のこと、全然知らないくせにっ!」
それは、今までに見たことのない梭鷺だった。
「……ごめんなさい」
しばらく息を荒げていた梭鷺は、そう小さく呟いた。
「今のは……忘れて」
顔を上げた梭鷺は、今にも泣き出しそうだった。
「じゃあ……ね。利堂君」
そう言い残して梭鷺は走り出す。放心状態だった俺はワンテンポ反応が遅れた。
「あ、梭鷺!」
俺も追いかけようとしたが、目の前の横断歩道がちょうど赤信号になってしまった。梭鷺はもうすでに向こう側へ渡っている。車やトラックが目の前を走り抜けた。
その隙間から、梭鷺が立ち止まってこちらを向いているのに気がついた。
口が開く。
「――――」
……なんだ?
「おい!梭鷺!今なんて……」
叫んでいる途中で、梭鷺はくるりと背を向け、そのまま走って行ってしまった。
「な、なんて言ったんだ……?」
俺は呆然と立ち尽くし、梭鷺の口の動きを頭の中でフル再生する。
あれは――
『さようなら』
信号が青に変わった。
第二章 了




