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きみのこえはきこえない  作者: 菜胡
第二章
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(3)帰り道

/帰り道


 槙野先生は急用ができたらしく、学校にはいなかった。

 職員室に残っていたのは事務の先生だけで、保健室の有り様を見て完全に言葉を失っていた。梭鷺に聞こうにも、どこか遠い目をして首を傾げるだけ。先生も困り果てて「今日はもう帰りなさい」と、俺達は解放された。


「…………」

 帰り道、無言が続く。足取りも重い。

 いつも賑わっている大通りは、まだ夜じゃないのに人が疎らで、代わりに警察官らしき人達がうろついている。

 いつからこの町はこんなにも静かで、空気が重く感じられるようになったのだろう。

 ――半年前から?

 この町がこうだと、なんだか世の中全体が重く感じるのは、俺だけだろうか。

「……神奈、もう体は大丈夫?」

 学校を出てから初めて清水が言葉を発した。

 こくん。と、梭鷺は頷く。清水は安心したような顔を見せたが、またすぐに影が差した。

 蔦漆のこと。そして、梭鷺のこと。今日は色んなことがありすぎて、頭がパンク寸前だ。

 さっきの保健室――なんで梭鷺が首を傾げるんだ?あの場にいた梭鷺は、なにかしら当事者のはずなのに。だって、あの部屋の真ん中に立ってたんだぞ?腕だって傷だらけで……。なんで知らないんだ?

 あの、立っていた梭鷺。あれは梭鷺……じゃないのか?

 遠くを見つめるあの背中。確かにあれは梭鷺であって違う“別のモノ”のような気がした。あくまで気がした、だが……。

 それは昨日の清水になんだか似ているようだった。

 事件の話になると、急に悪意のある笑顔を振りまいた清水。いつもは無邪気な笑顔で、ウザイくらい楽しそうにしている奴なのに。

 じゃあ梭鷺は?

 梭鷺は優しくて、いつも周りに気を配っている……そんな奴だ。

 ――あの梭鷺は?

「あ、利堂くん。私迎え来てる」

「ん?」

 清水が道路のすぐ先に停まっている車を指した。

「今日塾があるんだー。だからいつも迎えに来てもらってるの」

 えへへーと、またいつものようにへらへら笑って頭をかく。

 でも、さすがに清水でも無理をしているように見えた。

「じゃあ、ね。利堂くん。……神奈」

 清水は俯いている梭鷺を見て、なにか決心したのか、顔引き締めて梭鷺に近づいた。

「神奈っ!!」

「――っ!」

 ぎゅ、と梭鷺の両手を清水の手が包み込む。

「神奈っ!なにか悩みがあるんだったら私に言ってね。絶対力になるから。閉じこもっちゃダメだよ!」

「…………」

 そして手に力を入れる。

「大丈夫だよ。心配しないで。神奈のためだったら私、なんでもするから。絶対言ってね。約束だよ」

「…………」

 清水はゆっくりと手を離した。そのまま振り返らず、車へと乗り込む。俺達は、静かにその車が走り去るのを見送った。

「…………」

「……梭鷺?」

 梭鷺は何も言わなかった。


 もうすぐ交差点に差し掛かる。俺と梭鷺は通学路が逆方向なので、ここで別れなければならない。だが、俺は今の梭鷺を放っておくことはできなかった。

「梭鷺、寮まで送るよ」

 返事はない。ただ首を横に振るだけだった。

「俺、そっち方面に用があるんだよ。だからついでに」

 まあこれは嘘なのだが。それでも梭鷺は賛同しない。

 俺は心の中でため息を吐いた。

「……お願いだ。送らせてくれ。そんな状態で歩いてたら危険だぞ」

「…………」

 返事は、やっぱりNoだった。

「梭鷺、俺も清水と同じだ。なんかあるんだったら言えよ」

「…………」

 梭鷺は何も言わない。

「俺も……絶対、お前の力になるから」

 そうだ。清水が言った通り、閉じこもっては何も始まらない。今、俺にできることは――

「…………の」

 微かに、梭鷺の声が聞こえた。

「え?」


「あなたに何ができるっていうの?」


 …………え?

 梭鷺は顔を上げた。

 ――怒りで歪んだ表情で。

「私が話したら、何?あなた達が力になるって?はっ、本当に?ばっかみたい」

 俺は、今どんな顔をしているだろう。

「嘘ばっかり。どうせ話したところでなんにも変らない。少しも変わらない。あなた達なんて今まで何不自由なく生きてきた果報者じゃない」

 何も考えられない。

「綺麗ごとばっかり並べて、それで満足してるんでしょ?本当は何一つ私のことなんか、考えてないんでしょう?」

 何も動けない。

「なんにも知らないくせにっ!私のこと、全然知らないくせにっ!」

 それは、今までに見たことのない梭鷺だった。


「……ごめんなさい」

 しばらく息を荒げていた梭鷺は、そう小さく呟いた。

「今のは……忘れて」

 顔を上げた梭鷺は、今にも泣き出しそうだった。

「じゃあ……ね。利堂君」

 そう言い残して梭鷺は走り出す。放心状態だった俺はワンテンポ反応が遅れた。

「あ、梭鷺!」

 俺も追いかけようとしたが、目の前の横断歩道がちょうど赤信号になってしまった。梭鷺はもうすでに向こう側へ渡っている。車やトラックが目の前を走り抜けた。

 その隙間から、梭鷺が立ち止まってこちらを向いているのに気がついた。

 口が開く。


「――――」


 ……なんだ?

「おい!梭鷺!今なんて……」

 叫んでいる途中で、梭鷺はくるりと背を向け、そのまま走って行ってしまった。

「な、なんて言ったんだ……?」

 俺は呆然と立ち尽くし、梭鷺の口の動きを頭の中でフル再生する。

 あれは――













『さようなら』















 信号が青に変わった。





 第二章 了


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