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きみのこえはきこえない  作者: 菜胡
第二章
6/8

(1)沈黙

 闇に沈んだ町から、鮮やかな音色が聞こえてくる。


 ――ああ、またか。


 その音色は自分から発せられている。月に照らされ銀色に輝くフルートの音色。


 ――そう、これは夢。悪い夢だ。


 動く私の指。でも私の指ではない。もう一人の私の、指。

 ふいに演奏が止まった。

 視線の先には、見覚えのある人影が歩いている。


 ――いや、やめて。


 私はフルートとは別の、銀色に輝く“それ”をその人影に掲げた。

 そして振り下ろす。

 銀色が、その鋭い先端が、鮮やかな赤色に染まる。


 ――ああ、この感触は、

 


 夢じゃ、ない。




/沈黙


 翌朝、俺は教室ではなく、生徒指導室にいた。

 普通なら朝自習の時間なのだが、いきなり担任に呼ばれ、ここまで連行されたのだ。教室の半分もない小さなスペースに、大きなテーブルとお揃いの椅子が並ぶ、殺風景な部屋。しかも隣には清水と梭鷺もいるし。清水ならともかく、俺と梭鷺はこんな場所に朝から呼ばれる覚えはない。先生も呼んだならさっさと用件を言えばいいのに、三人揃うと何処かへ消えてしまった。一体なんなんだ。

「清水、お前なにやらかしたんだよ」

「えーなんにもしてないよー!こんなとこ初めてだし!利堂くんこそ何やらかしたの?」

「俺は校則に反するようなことはしてねぇよ」

 そうだ。俺は真面目に生きているのだ。校則を破るなんてそんな……遅刻とかサボりは含まれねぇはずだ。

「というか、神奈も一緒っていうのが引っかかるんだよね……はっ!もしや昨日寄り道するなって言われてたのに、行っちゃったから!?」

 それごときでこんな場所に朝から呼び出されたくない。だがしかし、真面目で大人しい梭鷺がいてこのメンバーであれば、そのことしか考えられない。

「いや、そしたら蔦漆もいるはずだろ」

 あいつがいくら優等生だからって、そんな差別があっちゃダメだろう。

 そういえば、今日はまだ一度も会っていないな。教室にはいなかったような気がする。まだ来てないのか?

「そういえば、七夜っていっつも来るの早いのに、今日どうしたんだろ」

 清水も同じ疑問を口にする。

 風邪でも引いたのだろうか。昨日の夜はかなり冷え込んでいたし。今日も北風が強く、窓を小刻みに揺らしている。

 ふと、梭鷺が静かなので気になって視線を移すと、体調が悪そうに俯いていた。長い髪でよく見えないが、顔色もよくなさそうだ。保健室に行かなくて大丈夫だろうか。

 声を掛けようとすると、生徒指導室のドアが音を立てて開いた。

「すまんな、待たせた」

 そう言って入ってきたのは、俺達の担任である荻崇おぎたかしだった。教科は数学なのだが、見かけは爽やかなスポーツマンで、初めは体育教師かと思うぐらいだ。まだ若手の部類に入る先生だろうが、指導力もあるし、話しやすいし、生徒にも人気だ。

「荻セン遅いですよー。朝からこんなとこに呼び出して。一体なんなんですかぁ?」

 清水が頬を膨らませながらぼやく。ちなみに荻センとは先生のあだ名だ。

「悪いな。ちょっと、取り込んでて」

 そう言う先生はかなり深刻そうな顔をしていた。悪いことをした生徒を今から叱ろうとする雰囲気ではない。

 横並びで座る俺達の対面に座り、真剣な眼差しを向ける。

「お前たちに聞きたいことがあって集まってもらった。昨日の放課後、蔦漆と一緒にいたんだよな?」

「はい、そうですけど……」

 それがどうしたんだろうか。そう答えると、荻センの表情が一層曇った。そして、歯切れが悪そうに言葉を紡ぐ。

「実は」

 なんとなく、嫌な予感がした。


「蔦漆が――行方不明なんだ」


「えっ?」

 ゆくえ、ふめい……?蔦漆が……?

 荻センが言っている意味がよく分からない。

「いっ一体どういうことですか?」

 清水が慌てて問いかける。

「ああ……昨日の夜からずっと帰ってこないらしい。携帯も繋がらなくて、連絡がとれない。今朝になっても帰ってこないから、これから警察に届けるつもりだそうだ」

「そんな……嘘……」

 昨日のことを思い出す。別れ際、ケーキを作ってくれる約束をして、そしてそのまま遠ざかる蔦漆の影。

 まさか、あのまま帰っていないというのか?

 突然の知らせに戸惑いを隠せない俺達に反して、荻センは落ち着いて話を続けた。

「クラスの中ではお前らが一番蔦漆と仲がいいし、昨日一緒にいるところを見たって言う先生がいてな。その、なにか心当たりはないか?」

 昨日の蔦漆の様子を思い出しても、特に変わった様子は……ない。

「心当たりない……です。昨日はケーキ屋にみんなで行って、それから俺と蔦漆は一緒に帰って……でも途中で分かれました」

 そう言うと、荻センは心底呆れたようにため息を吐いた。

「お前ら、なんで部活が中止になったか分かってんのか?寄り道するなと何度も行ったはずだろ?」

「すみません……」

「荻セン、ケーキが割引だったんですよ?その日までだったんですよ?文句を言うならあの店に言ってくださいよ」

 いや問題はそこじゃないだろ。

「清水、君とは話が通じないので黙っときなさい」

「ええっ!ヒドッ!」

 先生ナイス判断。清水はそう言いながらも口を閉ざした。しばらく沈黙が漂う。

「……梭鷺は、どうだ?」

 荻センは静かに問いかける。視線を移すと、梭鷺は俯いたまま、こちら側からは全く表情が見えない。先生の問いかけに、静かに首を振るだけだった。

「そうか……」

 再び、沈黙が落ちる。

 昨日、蔦漆に家まで送ろうかと問いかけると、蔦漆は首を横に振った。今更後悔しても仕方のないことなのかもしれない。でももし、もしあの時、俺が蔦漆をちゃんと家まで送ってさえすれば、こんなことにならなかったんじゃないか?今のこの町の状況を知っているくせに、あいつがなんと言おうと、送ってやれば……。その思いが、胸に重く、鋭くのしかかる。

 本当に、なんで。

「……まあ、蔦漆が一度家に帰ってきた形跡はあるらしい。母親が夜勤明けで帰ったら、テーブルに母親分の夕食がラップされてあって、学生鞄も制服もあったそうだ」

「えっそうなんですか?」

 なら……俺と別れた後、家には無事に帰ったってことか。それから夕食を作って、また出かけた……?

「母親によると、最近、蔦漆は夜に出かけていることが多くなったそうだ。でもいつも日付が変わる前には帰ってくるらしい……が、な」

 帰ってこなかった。日付がたっても、朝になっても――蔦漆は帰ってこなかった。

 一体、何のために出かけていたのだろう。こんな……こんな、危ない時に。

「お前たち、ほんとに何も心当たりないか?蔦漆から何か聞いてないか?」

 先生は念を押して問いかける。最後の望みだと言わんばかりに。

 しかし、俺達は、首を横に振ることしかできなかった。

「……そうか。悪かったな呼び出して。ありがとう。もう、教室に戻っていいぞ」

 そう言って先生は優しく笑った。



「一時間目なんだっけ?英語?それとも国語だっけ?」

 俺達は生徒指導室から出て、自分達の教室へと向かっていた。

「……英語」

「あ、そっか。英語だよねー。……あれ?持ってきたっけかな?」

 そう言って清水は首を傾げる。

 ……こいつはいつも通りだなぁ。今の話を聞いても、なにも変わらない。それは、無理してやっているのだろうか。

 それとも、本当に何も――

「利堂くん、大丈夫だよ」

「え?」

 清水は急に立ち止まり、俺の方へと振り返った。

「七夜のことでしょ?大丈夫だよ。だってあの七夜だよ?しっかりしてるし、強いし。すぐ帰ってくるって」

「……でも」

 今この町で行方不明ということは――

「もう!でもじゃないよ!私達が信じなくて、一体どーするの!」

「…………」

 清水は珍しく真剣な表情を見せ、真っ直ぐと俺の目を捉える。

 なんと、あの清水に説教されるとは。

「……そうだな」

 俺は頷いた。そうだ。大丈夫だ。きっとすぐ見つかってなんでもなかったことになる。信じなかったら、もうそれでお終いだ。

 この町の事件に、俺達が関わるはずがない。

「ね?だから、神奈もだいじょーぶだよ!元気出して!」

 清水は笑って梭鷺に声をかけた。けれどやっぱり梭鷺は俯いたまま全く反応がない。

 すると、一時間目の本鈴が校舎内に響き渡った。

「ふぁっ!やっば。早く教室行こっ!」

 俺と清水は足を速める。だが梭鷺はその本鈴にも反応していないのか、その場から動こうという気配がない。

 ずっと無言のまま。ずっと俯いたまま。

「おい梭鷺!早く」

 俺は梭鷺の腕を掴んだ。


 ――いや、掴めなかった。


「っ!さ、梭鷺!」

「えっ?」

 清水が咄嗟とっさに振り向いた。


 梭鷺の体は、俺が腕を掴む前に、廊下へと倒れ込んでしまった。


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