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きみのこえはきこえない  作者: 菜胡
第一章
5/8

(4)約束

/約束


「さっきは大声出してごめん。ちょっと取り乱しちゃって……」

「いや悪いのは私だよ!七夜ごめんね?色々変なこと言っちゃって……神奈も」

「ううん、大丈夫だよ」

 俺達は、気まずくなった店を出て、大通りを歩いていた。清水はいつもの感じに戻り、蔦漆と梭鷺に必死に謝っている。

 ……本当に、さっきはなんだったのだろうか。

 清水のいつもの笑顔が一転して――考えただけで背筋が震えた。

「最後はああなっちゃったけど……今日は楽しかったね。また、今度もどこか行こうか。――利堂君も」

 急に梭鷺に話しかけられて我に返る。

「あ、ああそうだな」

 梭鷺は薄く微笑んだ。


「じゃあ、私と神奈はこっちだね。それじゃあ七夜、利堂くん、また明日学校でねっ!バイバーイ!」

「じゃーな」

 二人と別れた後、俺と蔦漆は特に会話をすることもなく、歩みを進めた。

 空は一面オレンジ色に染まっていて、一番星が輝き始めている。徐々に冷え込み出した空気が、俺達の体に付きまとった。

もうすぐ夜がやってくる。

「……本当、ごめんなさいね」

 ふと、小さく呟く声が聞こえた。

「え?」

「なんか、気まずくしちゃって」

 普段の気の強そうな雰囲気は鳴りを潜め、少し俯き加減で蔦漆はそう続けた。

「いや、別にお前は悪くないだろ。……なんか清水、変だったし」

「霧香、なんでか分からないけど、あの事件にすごく執着があるっていうか……。でも、それだけだから。あんまり悪く思わないであげて」

「そう、だな……」

 あいつのことは、ただうるさくてめんどうな奴としか思っていなかったが、もしかしたらそれは、あいつの沢山ある内の一面に過ぎないのかもしれない。

「……家の近所に、小学生の双子がいるの」

 蔦漆は続けて話し始めた。

「悪戯好きだけど、可愛いわ。昔から暇があったらその子達と遊んで、結構仲が良かったんだけど……先月、その子達の両親が事件に合っちゃって」

「……ああ」

 そういえば先月、夫婦が殺されたニュースがあった気がする。

「あんなに生意気だったのに、今はずっと引きこもったまま。あたしは何もしてあげることができない。……霧香の話聞いていたら、そのこと思い出しちゃって。」

 彼女はどこか悲しそうに笑った。

「……なんか、お前らしくないな」

 そう言うと、蔦漆は途端に不服そうな顔を見せた。

「はぁ?それってどういう意味よ」

「てっきり俺は、俺と帰り道が一緒だから、ずっと嫌がってんのかと思った」

「はぁ?」

「だっていつもなら、なんで帰りまで一緒なの?とか、あたしの隣歩かないでくれる?とか、わーわー言うだろお前。なのになんにも言わねーから、どーしたのかと思えば……」

「言わないわよそんなの!悪かったわね!」

 蔦漆は、先ほどの憂いだ表情から打って変わり、キツく俺を睨む。こちらの方が、彼女らしい。

「冗談だよ」

「え?」

「お前、一人で色々抱え込み過ぎ。文化祭の時もそうだったけど」

「あれはあんたが非協力的だったからでしょ!」

 おっと、地雷だった。俺も協力したではないか……片づけとか?

「いやそれはとりあえず置いといてだな……あまり気負うなよ」

「そんなのしてないわよ」

「してるよ。お前が優しいのは分かるけど、そこまで自分を責めなくていいんじゃないのか?辛いだけだよ」

「…………」

 うーん、あまりこういうのは慣れていないから、なんて言ったらいいのかさっぱりだ。

「まあ……なんだ。とりあえず元気出せ」

「…………あんたってほんとムカつく」

 そう言ってそっぽを向かれた。ムカつくって、ヘタでも励まそうとしたのになんだよそれ。

 しかし、蔦漆は静かに言葉を続けた。

「そうやっていっつも最後は言いくるめちゃうんだから……ほんとムカつくわ」

 言葉とは裏腹に、あまり不服そうな素振りではなかった。

 

 道端の街頭が光を放ち始める。その光が、薄暗い道を明るく照らし、俺達はそれぞれの家を目指す。

「あのさ、利堂」

 しばらくして、再び蔦漆は話しかけてきた。

「ん?」

「……その双子のこと以外にも、実は気になることが……あって」

「以外のこと?」

 そう問うと、蔦漆は足を止めた。俺もつられて立ち止まる。蔦漆はどこか不安そうに、視線を泳がせた。

「……だから……えっと、霧香の話……で、その……」

 普段物事をばっさり言う彼女にしてみれば、珍しく口篭っていた。

「なんだよ、早く言えよ」

 そう言うと、蔦漆はなにかを考えるように目を伏せ、やがて口を開いた。

「――やっぱいい。やめとくわ」

 は?なんだ?

「おい、最後まで言えよ。清水の話がなんだって?」

「もーいーの!あんたには関係ないわ」

 そう言って蔦漆は再び歩き始めた。

 ますます意味が分からない。自分で振っておいてそれかよ。女はよく分からんなぁ。

 俺も速度を上げて蔦漆に続く。すると、間もなくして分かれ道に差し掛かった。

「あ、あたしこっちだわ。あんたは?」

「俺はこのまま真っ直ぐだけど」

「そ。じゃあ、ここでお別れね」

 オレンジ色だった空は暗闇に覆われ始め、月がハッキリ見えてきた。もう少しで満月だ。空気の冷え込みは先ほどより一層増し、北からの風も強くなってきた。

「お前ん家まで送るよ。暗いし」

 しかし、蔦漆は首を横に振った。

「すぐそこなのよ。そんな送ってもらうほどではないわ」

「いや、でも危ないし……」

「大丈夫よ。……まだ真夜中じゃないし」

 そう言って蔦漆は道を曲がる。そして数歩行ったところでこちらを振り向いた。結んである髪がふわりと揺れる。

「あんたさ……今週の日曜とか……空いてたりするの?」

「は?空いてるけど」

 なんだ?藪から棒に。

「そう……。さっきは、ああ言っちゃったけど……」

 蔦漆は視線を逸らす。その顔はほんのり赤色に染まっていた。

「……ケーキ、食べたいんだったら、家来てもいいけど」

「え?」

 予想外の言葉に目を丸くする。すると、覆い被さるように蔦漆は続けた。

「さ、さっき励ましてくれたお礼よ!勘違いしないで!別にいらないなら、いいんだけど!」

 食べたいが、まさか蔦漆から誘われるとは思っていなかったので、呆気にとられてしまった。なかなか返事をしない俺に嫌気が差したのか、一気に詰め寄ってくる。

「もう!食べたいの?食べたくないの?ハッキリして!」

「たっ食べたいです!」

 勢いに押され、なぜか敬語になってしまった。

 すると、蔦漆は少し照れくさそうに、しかし勝気に笑った。

「そっ、そう。じゃあ仕方ないから日曜日作ってあげるわよ。……このこと、霧香や神奈に言ったら絶対許さないから!」

 そう言うと、俺の返事も待たずに「じゃあまた明日!」と、小走りで走り去ってしまった。だんだんと、その影が小さくなっていく。

 ……日曜、か。

 なんだかよく分からないが、日曜日がとても待ち遠しくなってきた。自然と笑みがこぼれる。

 料理はその人の性格が表れるとよく言ったものだが、いつもはキツく振る舞っている彼女がどんな甘いケーキを作ってくれるのか、今から楽しみだ。

 蔦漆の影が見えなくなった後、俺は急ぎ目に自分の帰路へと着いた。



 


 ――これが、まさか最後になるとは知らずに。



   

                          


 第一章  了


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