(4)約束
/約束
「さっきは大声出してごめん。ちょっと取り乱しちゃって……」
「いや悪いのは私だよ!七夜ごめんね?色々変なこと言っちゃって……神奈も」
「ううん、大丈夫だよ」
俺達は、気まずくなった店を出て、大通りを歩いていた。清水はいつもの感じに戻り、蔦漆と梭鷺に必死に謝っている。
……本当に、さっきはなんだったのだろうか。
清水のいつもの笑顔が一転して――考えただけで背筋が震えた。
「最後はああなっちゃったけど……今日は楽しかったね。また、今度もどこか行こうか。――利堂君も」
急に梭鷺に話しかけられて我に返る。
「あ、ああそうだな」
梭鷺は薄く微笑んだ。
「じゃあ、私と神奈はこっちだね。それじゃあ七夜、利堂くん、また明日学校でねっ!バイバーイ!」
「じゃーな」
二人と別れた後、俺と蔦漆は特に会話をすることもなく、歩みを進めた。
空は一面オレンジ色に染まっていて、一番星が輝き始めている。徐々に冷え込み出した空気が、俺達の体に付きまとった。
もうすぐ夜がやってくる。
「……本当、ごめんなさいね」
ふと、小さく呟く声が聞こえた。
「え?」
「なんか、気まずくしちゃって」
普段の気の強そうな雰囲気は鳴りを潜め、少し俯き加減で蔦漆はそう続けた。
「いや、別にお前は悪くないだろ。……なんか清水、変だったし」
「霧香、なんでか分からないけど、あの事件にすごく執着があるっていうか……。でも、それだけだから。あんまり悪く思わないであげて」
「そう、だな……」
あいつのことは、ただうるさくてめんどうな奴としか思っていなかったが、もしかしたらそれは、あいつの沢山ある内の一面に過ぎないのかもしれない。
「……家の近所に、小学生の双子がいるの」
蔦漆は続けて話し始めた。
「悪戯好きだけど、可愛いわ。昔から暇があったらその子達と遊んで、結構仲が良かったんだけど……先月、その子達の両親が事件に合っちゃって」
「……ああ」
そういえば先月、夫婦が殺されたニュースがあった気がする。
「あんなに生意気だったのに、今はずっと引きこもったまま。あたしは何もしてあげることができない。……霧香の話聞いていたら、そのこと思い出しちゃって。」
彼女はどこか悲しそうに笑った。
「……なんか、お前らしくないな」
そう言うと、蔦漆は途端に不服そうな顔を見せた。
「はぁ?それってどういう意味よ」
「てっきり俺は、俺と帰り道が一緒だから、ずっと嫌がってんのかと思った」
「はぁ?」
「だっていつもなら、なんで帰りまで一緒なの?とか、あたしの隣歩かないでくれる?とか、わーわー言うだろお前。なのになんにも言わねーから、どーしたのかと思えば……」
「言わないわよそんなの!悪かったわね!」
蔦漆は、先ほどの憂いだ表情から打って変わり、キツく俺を睨む。こちらの方が、彼女らしい。
「冗談だよ」
「え?」
「お前、一人で色々抱え込み過ぎ。文化祭の時もそうだったけど」
「あれはあんたが非協力的だったからでしょ!」
おっと、地雷だった。俺も協力したではないか……片づけとか?
「いやそれはとりあえず置いといてだな……あまり気負うなよ」
「そんなのしてないわよ」
「してるよ。お前が優しいのは分かるけど、そこまで自分を責めなくていいんじゃないのか?辛いだけだよ」
「…………」
うーん、あまりこういうのは慣れていないから、なんて言ったらいいのかさっぱりだ。
「まあ……なんだ。とりあえず元気出せ」
「…………あんたってほんとムカつく」
そう言ってそっぽを向かれた。ムカつくって、ヘタでも励まそうとしたのになんだよそれ。
しかし、蔦漆は静かに言葉を続けた。
「そうやっていっつも最後は言いくるめちゃうんだから……ほんとムカつくわ」
言葉とは裏腹に、あまり不服そうな素振りではなかった。
道端の街頭が光を放ち始める。その光が、薄暗い道を明るく照らし、俺達はそれぞれの家を目指す。
「あのさ、利堂」
しばらくして、再び蔦漆は話しかけてきた。
「ん?」
「……その双子のこと以外にも、実は気になることが……あって」
「以外のこと?」
そう問うと、蔦漆は足を止めた。俺もつられて立ち止まる。蔦漆はどこか不安そうに、視線を泳がせた。
「……だから……えっと、霧香の話……で、その……」
普段物事をばっさり言う彼女にしてみれば、珍しく口篭っていた。
「なんだよ、早く言えよ」
そう言うと、蔦漆はなにかを考えるように目を伏せ、やがて口を開いた。
「――やっぱいい。やめとくわ」
は?なんだ?
「おい、最後まで言えよ。清水の話がなんだって?」
「もーいーの!あんたには関係ないわ」
そう言って蔦漆は再び歩き始めた。
ますます意味が分からない。自分で振っておいてそれかよ。女はよく分からんなぁ。
俺も速度を上げて蔦漆に続く。すると、間もなくして分かれ道に差し掛かった。
「あ、あたしこっちだわ。あんたは?」
「俺はこのまま真っ直ぐだけど」
「そ。じゃあ、ここでお別れね」
オレンジ色だった空は暗闇に覆われ始め、月がハッキリ見えてきた。もう少しで満月だ。空気の冷え込みは先ほどより一層増し、北からの風も強くなってきた。
「お前ん家まで送るよ。暗いし」
しかし、蔦漆は首を横に振った。
「すぐそこなのよ。そんな送ってもらうほどではないわ」
「いや、でも危ないし……」
「大丈夫よ。……まだ真夜中じゃないし」
そう言って蔦漆は道を曲がる。そして数歩行ったところでこちらを振り向いた。結んである髪がふわりと揺れる。
「あんたさ……今週の日曜とか……空いてたりするの?」
「は?空いてるけど」
なんだ?藪から棒に。
「そう……。さっきは、ああ言っちゃったけど……」
蔦漆は視線を逸らす。その顔はほんのり赤色に染まっていた。
「……ケーキ、食べたいんだったら、家来てもいいけど」
「え?」
予想外の言葉に目を丸くする。すると、覆い被さるように蔦漆は続けた。
「さ、さっき励ましてくれたお礼よ!勘違いしないで!別にいらないなら、いいんだけど!」
食べたいが、まさか蔦漆から誘われるとは思っていなかったので、呆気にとられてしまった。なかなか返事をしない俺に嫌気が差したのか、一気に詰め寄ってくる。
「もう!食べたいの?食べたくないの?ハッキリして!」
「たっ食べたいです!」
勢いに押され、なぜか敬語になってしまった。
すると、蔦漆は少し照れくさそうに、しかし勝気に笑った。
「そっ、そう。じゃあ仕方ないから日曜日作ってあげるわよ。……このこと、霧香や神奈に言ったら絶対許さないから!」
そう言うと、俺の返事も待たずに「じゃあまた明日!」と、小走りで走り去ってしまった。だんだんと、その影が小さくなっていく。
……日曜、か。
なんだかよく分からないが、日曜日がとても待ち遠しくなってきた。自然と笑みがこぼれる。
料理はその人の性格が表れるとよく言ったものだが、いつもはキツく振る舞っている彼女がどんな甘いケーキを作ってくれるのか、今から楽しみだ。
蔦漆の影が見えなくなった後、俺は急ぎ目に自分の帰路へと着いた。
――これが、まさか最後になるとは知らずに。
第一章 了




