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きみのこえはきこえない  作者: 菜胡
第一章
4/8

(3)笑顔

/笑顔


「あーおいしかったー!満足満足♪」

 ここに来てからどのくらい過ぎただろうか。テーブルの上はもうすっかり空になった皿だけとなっていた。

「じゃ、帰ろっか」

 梭鷺がテーブルの上を片付けながら言った。俺と蔦漆も手早く片づけて、荷物をまとめ始める。

 そんな中、清水は向かい側の席に座ってコーヒーを飲んでいる客をじっと見ていた。そしてその客が持っている新聞紙を見て、「あっ」と思い出したように声を上げた。

「霧ちゃん、どうしたの?」

「神奈、神奈の寮ってさ、一丁目にあるんだよね?」

「え?うんそうだけど?」

 不思議そうな表情で梭鷺は清水を見る。


 それを聞いた清水は、口の両端を上げて――にたあっ、と笑った。


「じゃあ、昨日の夜、フルートの音聞こえたんだ」

「……え?」

 梭鷺は目を見開く。俺も蔦漆も手を止め、驚いて清水の方を見た。

 いつもの笑顔と違った、清水の邪気のある笑顔が、そこにはあった。

「フルートって……」

「だからアレだよ。“出会ってしまったら出会ってしまったら――もう手遅れ。真夜中に奏でられる、鮮やかなフルートの音色に“――って」

 今、町中で噂になっている、この町の者なら知らない人はいない、そんなセリフを口にする。

「……私は、そんなの聞こえてないよ」

 梭鷺が不安そうに言う。俺は今朝、同じような会話を梭鷺としたことを思い出した。

「そう?じゃあやっぱりデマなのかな?……ほらぁ、私も部活でさ、フルート吹くじゃん?だからちょっと気になるんだよね」

 清水は笑う――そういえば、こいつは吹奏楽部だったっけ。けどその部活は今日からしばらく様子見となっている。なぜなら……まあ、危ないからな。本当はこんな寄り道もしてはいけないのだ。

 そして、清水は笑ったまま聞く。

「ねえ。死体とか……見た?」

「え……」

「ちょっと霧香!やめなさいって!」

 蔦漆が抗議する。周りに気を遣い、小声で。

 梭鷺は口を閉ざしたまま動かない。

「いやだなあ七夜。ちょっと聞いてみただけだよ?折角現場に近いんだし」

 体を揺らし、口に手を当て笑う清水。

「おい……清水……?」

 清水はよく笑う。いつでもどこでも楽しそうに、無邪気に笑う。

でも――でもこんな笑顔は、こんな正反対の笑顔は、今まで一度だって見たことない。

何が、一体どうしたっていうんだ。

「あの……霧ちゃん……。どうしたの?なんで、そんなこと……私に聞くの?」

 梭鷺が言葉を途切れ途切れに繋いでいく。すると、清水は平然と、そしてはっきりとした口調で言う。

「だって、なんかおもしろいじゃない。この事件」

 ――半年も続く、この惨劇を“おもしろい”と。清水は笑って“おもしろい”……と。そう言ってのけた。

「犯人って、一体誰なのかな?私、すごく興味あるんだ。もしかしたら……意外と私達の近くに――」

「もうやめてっ!」

 その叫び声で、俺達の席だけでなく、この店全体が静まり返った。机を叩いて声を荒げたのは蔦漆だった。

 先ほど荒げた声とは違った、悲鳴ともとれる彼女らしくない声。

「……蔦漆?」

 俺が呼びかけると、蔦漆は我に返ったように顔を上げた。そして、「すみません」と呟くと、再び席に座り直した。

 客と店員の訝しんだ目がこちらに遠慮なく注がれる。が、三人とも、時が止まったかのように微動だにもしなかった。

「……とりあえずここ、出るぞ」

 俺は席を立った。


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