(3)笑顔
/笑顔
「あーおいしかったー!満足満足♪」
ここに来てからどのくらい過ぎただろうか。テーブルの上はもうすっかり空になった皿だけとなっていた。
「じゃ、帰ろっか」
梭鷺がテーブルの上を片付けながら言った。俺と蔦漆も手早く片づけて、荷物をまとめ始める。
そんな中、清水は向かい側の席に座ってコーヒーを飲んでいる客をじっと見ていた。そしてその客が持っている新聞紙を見て、「あっ」と思い出したように声を上げた。
「霧ちゃん、どうしたの?」
「神奈、神奈の寮ってさ、一丁目にあるんだよね?」
「え?うんそうだけど?」
不思議そうな表情で梭鷺は清水を見る。
それを聞いた清水は、口の両端を上げて――にたあっ、と笑った。
「じゃあ、昨日の夜、フルートの音聞こえたんだ」
「……え?」
梭鷺は目を見開く。俺も蔦漆も手を止め、驚いて清水の方を見た。
いつもの笑顔と違った、清水の邪気のある笑顔が、そこにはあった。
「フルートって……」
「だからアレだよ。“出会ってしまったら出会ってしまったら――もう手遅れ。真夜中に奏でられる、鮮やかなフルートの音色に“――って」
今、町中で噂になっている、この町の者なら知らない人はいない、そんなセリフを口にする。
「……私は、そんなの聞こえてないよ」
梭鷺が不安そうに言う。俺は今朝、同じような会話を梭鷺としたことを思い出した。
「そう?じゃあやっぱりデマなのかな?……ほらぁ、私も部活でさ、フルート吹くじゃん?だからちょっと気になるんだよね」
清水は笑う――そういえば、こいつは吹奏楽部だったっけ。けどその部活は今日からしばらく様子見となっている。なぜなら……まあ、危ないからな。本当はこんな寄り道もしてはいけないのだ。
そして、清水は笑ったまま聞く。
「ねえ。死体とか……見た?」
「え……」
「ちょっと霧香!やめなさいって!」
蔦漆が抗議する。周りに気を遣い、小声で。
梭鷺は口を閉ざしたまま動かない。
「いやだなあ七夜。ちょっと聞いてみただけだよ?折角現場に近いんだし」
体を揺らし、口に手を当て笑う清水。
「おい……清水……?」
清水はよく笑う。いつでもどこでも楽しそうに、無邪気に笑う。
でも――でもこんな笑顔は、こんな正反対の笑顔は、今まで一度だって見たことない。
何が、一体どうしたっていうんだ。
「あの……霧ちゃん……。どうしたの?なんで、そんなこと……私に聞くの?」
梭鷺が言葉を途切れ途切れに繋いでいく。すると、清水は平然と、そしてはっきりとした口調で言う。
「だって、なんかおもしろいじゃない。この事件」
――半年も続く、この惨劇を“おもしろい”と。清水は笑って“おもしろい”……と。そう言ってのけた。
「犯人って、一体誰なのかな?私、すごく興味あるんだ。もしかしたら……意外と私達の近くに――」
「もうやめてっ!」
その叫び声で、俺達の席だけでなく、この店全体が静まり返った。机を叩いて声を荒げたのは蔦漆だった。
先ほど荒げた声とは違った、悲鳴ともとれる彼女らしくない声。
「……蔦漆?」
俺が呼びかけると、蔦漆は我に返ったように顔を上げた。そして、「すみません」と呟くと、再び席に座り直した。
客と店員の訝しんだ目がこちらに遠慮なく注がれる。が、三人とも、時が止まったかのように微動だにもしなかった。
「……とりあえずここ、出るぞ」
俺は席を立った。




