(1)お誘い
朝、目覚めた時に覚えているのは
血だまりの中に佇むもう一人の自分と
父を殺した、あの感触――
/お誘い
「これ!これだよこれ!」
バッと、いきなり目の前に紙のようなものが広げられ、俺の視界は奪われた。
「……清水さん、前が見えません」
「部活もしばらく休みになったことだし?行くっきゃないっしょ!」
放課後、帰宅しようと廊下を歩いていると、目の前から同じクラスの清水霧香がスキップしながらやって来た。その時点でイヤな予感しかしなかったが、目の前を塞がれた時点でもう俺の有意義な放課後は消え去ったと確信した。
「とりあえず、なんだ?」
俺は目の前にある紙を奪い取る。それはどうやらチラシのようだった。いかにも女子が好きそうなケーキがずらりと写っている。
「ケーキ屋?」
「そ!最近できたカフェなんだけど、今ならカップル割引があるんだって!」
「だから?」
「行くっきゃないしょ!」
待て待て待て。
「お前と俺、カップルじゃねぇだろ」
「は?なに言ってんのあたりまえじゃん」
……日本語が繋がってねぇ。
「だから、俺達が行っても意味ないだろ?」
「なーに言ってんの!つまりは、男女二人で店に入ればいいんでしょーが」
なるほど。つまりカップルのフリ、彼氏のフリをしろと。
「この私と一時だけでも、カップル扱いされるだなんて、ホント利堂くんってばラッキー!感謝してよね!」
「いや普通に願い下げなんだけど」
つい本音を漏らすと、清水は案の定騒ぎ始めた。
「ええなんでー!こんなに可愛い私が、カップルのフリしてあげるって言ってるのに!何様のつもり!?」
「いやお前こそ何様のつもりだ」
「利堂くんが彼氏って考えるだけでも虫唾が走るのに、仕方なくっ……ケーキのためには仕方なく!」
「虫唾って……だったら他のやつに頼めばいいだろ」
「そんな!他の人には迷惑でしょ!」
「俺は!?」
こいつはいつもそうだ。どうやら俺は普通の人として扱われていないらしい。
「えーいいでしょー!今日の夕方までなんだってー!早く行かないと終わっちゃうよーいこーよー!どーせ暇でしょー」
そう言いながら、清水は子どもみたいに駄々をこね始めた。非常にうるさいことこの上ない。
「俺は行かないぞ。早く帰って寝たい」
そう結論付けて進もうとすると、清水はいきなり手で顔を覆って声を震わせた。
「もうっ…!なんでこんなに頼んでるのに行ってくれないの……!酷いよ……私、ケーキ食べたいのに……」
「はぁ!?ちょ、な、泣くなよ!」
廊下のど真ん中でしゃくり声を上げる清水。通りすがりのやつらが遠巻きに俺たちを見てヒソヒソなにかを話している。
うわぁやめろ!絶対俺が悪者になってる!
「分かった分かった!行きゃいいんだろ!行きゃ!」
俺がそういうと、清水はピタッと泣き止み、顔から手を離した。
「よし!じゃあ行こう!」
満面の笑みだった。
……ああ、殴りてぇ。
挙げる寸前だった俺の手は清水によって掴まれ、そのまま連行される形になった。
「ちょ、待てよ!やっぱ俺行かな」
「やー楽しみだなー。ケーキ♪ケーキ♪」
ああ、やっぱり俺はこいつが苦手だ。そうひしひしと感じた。




