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散財

次にユイスは、今度は大通りを曲がらず、真っ直ぐに突っ切った。

暫く歩くと、目に見えて店の数が増え始める。


「ここらで服や装備が買える」


どこかで曲がる必要も無く、家から一直線である。

これならば悩むまでも無。

レフィナでも容易く覚えることは出来るだろう。


しかし、何時も阿吽の呼吸で返って来ていた快活な返事が返ってこなかった。


「……」


ユイスが様子を伺うと、レフィナはキョロキョロと周囲を見回していた。


「レフィナ」


「あ、はい!」


名前を呼ぶと、レフィナは慌てた様子で視線をユイスに向けた。

しかし、その視線はちら、ちらりとお店に向けられている。


「聞いていたか?見ての通り、ここらで服や装備が買える」


ユイスは念のため繰り返した。

この辺りでは衣服しか売っていないが、奥に行くにつれて装備品も扱い始める。


ユイスの説明を聞いて、レフィナは頷いた。


「分かりました!……パンツと、上着と、ズボンと……」


更に考えていることが漏れ出ている。

レフィナは食べ物だけに執着しているのかと思っていたのだが、自分は女だと抗議しているつもりなのだろうか。


「一本向こうに食い物は売っている」


すぐ隣の通りに入れば、そこは食材の宝庫。

正直言えば、こっちがレフィナにとってのメインだろうと考えていた。


「ッ!はい!!……お肉」


やはりレフィナはレフィナだった。

すぐに隣の通りにあるはずの食べ物と言う物に、意識を一瞬で持っていかれていた。


「肉……パンツ……でもお肉……パンツも……」


いや、しかし、ちらちらと服屋も見ている。

レフィナもファッションに興味があると認めざるを得ないと言うことだろうか。


ユイスは割と衝撃を受けたが、冷静に考えると別にどっちでも良いことだとすぐに気付いた。

それよりも、道を覚えさせることが大事だ。


「一度帰るぞ。家まで行けたら後は自由行動だ」


ちゃんと餌も与えてやる。

これが終われば好きに出来ると考えれば、レフィナも頑張ろうとしてくれるだろう。


「分かりました!!」


果たしてその通りだった。

頑張ろうとして気が急いているのか、早足になっているくらいだった。


とは言っても、ただ一直線の道である。

レフィナはしっかりと家を覚えていて、普通に家に着いた。

ユイスは大いに安心した。

迷ったらどうしようかとも考えていたのだ。

レフィナなら、その可能性も0ではないと考えていた。


しかし、これで馬鹿が衛兵さんのお世話になることはあるまい。


「後は好きにしろ」


期待に燃えるレフィナに、自由行動の許可を与えた。


「はーい!!パンツ食べてきます!」


良かった。

レフィナはレフィナだった。

恐らく、『パンツ買う+ご飯食べる=パンツ食べる』だろう。

慣れて来たユイスにとって、解読はあまりにも容易かった。


たまたま周囲に居た住人の、愕然とした視線を浴びながらも、レフィナは喜び勇んで駆け出して行った。


「気をつけてな」


最早突っ込むことも無く、ユイスは背中を見送った。

そしてユイスは家に戻った。

馬鹿が居なくて静かなうちにやっておきたいことがあるのだ。


「……」


そして、テーブルの上に置いてある、見覚えのある財布に気付いた

昨晩見た。

レフィナの財布である。

何で持っていないの、あの馬鹿は?

ユイスは馬鹿の財布を持って、家を飛び出した。

下手すると金を払う前に食い物に手を付けるかもしれない。

あいつならば、あり得る。


幸いにして、レフィナがパンツを喰う前に追いつくことが出来た。

危ういところであった。




あの調子ならばしばらく帰って来ることは無いだろう。

帰宅したユイスは、落ち着いた気持ちで装備の手入れを始めた。


迷宮で手に入れた高価な装備の数々。

ユイスやレフィナが使えないような装備も多々あるが、全てを手入れしていく。

その中には、レフィナが装備している物よりも高性能な装備まである。

しかし、まだ苦戦などしていないのでレフィナに与える気は無い。

与えると、またテンションが上がって体液だらけにするに違いないし。

渡すのは、本採用が決まってからだ。


「ただいま帰りました!!」


全ての手入れが終わり、軽く部屋の掃除をしていたらレフィナが帰って来た。

ユイスは装備全てを片付け、特にプレート系は迅速に隠した。

ふと我に返って外を見ると、陽も暮れはじめていた。

そろそろ夕食の時間である。


レフィナはたらふく食べて来たであろうが、それでもなおユイスより食べる様な気がする。

どれくらい食べるのだろうか、と考えながら部屋を出て、レフィナを見てユイスは停止した。


「……」


レフィナは荷物を満載していた。

満載どころではない。

よくまあそれだけ持てるな、と言いたいくらいだ。

明らかに買いすぎである。


「……買ったな」


ユイスが思わず呟くくらいの量だ。


「はい!たくさん買いました!!」


ドサドサと袋を降ろし、更にアイテムボックスからも取り出している。

なんかもう、あれなくらいの量だ。

ユイスが幾つか覗き見るが、どれも品質がよさそうな物ばかりだ。

どれも高いのだろう。

それが、これだけの量。


「……金は足りたのか?」


「はい!!丁度でした!!」


丁度?

使い切ったの?


「…………」


ユイスは衝撃に揺れた。


自分買いとる気が無いのかよ。

ずっと奴隷でいるつもりなのだろうか、この馬鹿。

いやいやそんなまさか。

ユイスがそんなことありえないだろうと考えて、首を振った。


しかし、そのまさかである。

レフィナは奴隷を止めるつもりが無かった。

なんせ食事は出る。

三食しっかり食べられて、装備を借りられて、ダンジョンへ潜れるのだ。

全く何の不満も無かった。

よって、すべての金を一日で使い切った。

溜めておくなんて、そんな女々しいことは考えもしなかった。

恐ろしい生物である。


ふんふふ~ん、と鼻歌を歌いながら服を並べていくレフィナは、最後に布を取り出した。


「ご主人様、これを!」


まさかプレゼントだろうか。

レフィナがそんな殊勝なことをするのか?

思わず手を伸ばし、受け取ったユイスはそれを見て首を傾げた。


「……なんだこれは?」


黒い布。

布だが。

何に使えと?


「はい、ご主人様の目が怖いので!今朝、寝起きに見たら漏らしそうでしたので、これをつけてください!」


んまぁー正直さん。

これで目を隠せと。

そうおっしゃるのですね。


「お前がつけろ」


ユイスはレフィナの目に装着した。

ユイスの目を隠すのではなく、レフィナの視界を隠せば問題なかろうが。

この野郎。


「なるほど!!」


視界をおおわれたレフィナは、目を覆われたまま頷いた。

いいのかよそれで。

もう何なんだよお前は。


そしてその日の夜のことである。

目隠し、猿轡をしたレフィナが居た。

既に剥いて、ベッドに倒れている。

ヤバい。

何か分からないが、とにかくヤバい気がする。

とてもそういう気分になって参るでござる。




翌朝、三番の中級コースに行った。

ユイスが言った通り、ゴーレムが多少強くなっている程度であり、全く問題はなかった。


「早く行きましょう!!」


レフィナは速く、違った敵と戦いたいようで、先を急かしてくる。

とは言っても、どんな場所でも油断は禁物だ。


「慌てるな」


レフィナを諌めながら、しかし、その期待に添える様にユイスも戦闘に参加し、ペースを上げてやった。

それでもダンジョンは長い。

やはり半日ほどの時間がかかり、ようやく半分程踏破した。


「飯にするぞ」


これから先の敵が、変わる。

それを知っているユイスは、敵の姿を見せる前に休憩を取ることにした。

どうせ敵を見たらテンションが上がり、休憩中もそわそわと落ち着かず、休憩にはならないだろうと考えたからだ。


「……はーい」


何も知らぬレフィナは多少残念そうだが、すぐに腹が減って来たのだろう。

きゅーっ、と腹を鳴らし始めた。


「手伝えよ」


調理の準備をしながら、レフィナにも手伝う様に指示を出した。




「新しい敵が楽しみですねー!」


レフィナはやはり、間違った量の肉を貪りながらも楽しみな様だ。

先ほどから上機嫌が止まらない。

歌い出しかねないテンションだ。


「俺は知っているからな」


楽しみにしているところを悪いが、同意できない。

ユイスは戦う敵を知っているのだから。


「あ、そうですね!お肉美味しい」


そしてすぐに変わる話題。


「そうか」


レフィナに会話の主導権を渡すと、すぐこれだ。

話題がコロコロと変わっていく。

思いついたことをそのまま口に出しているのだから、仕方あるまい。


「バフって思ったよりも凄いんですね!」


またしても話題が飛んだ。

正に一瞬だ。

脈絡など欠片も無い。

コイツの頭の中はどうなっているのだろうか。


しかし、発言内容はユイス的には大変よろしいものだ。


「そうだろう」


ユイスは心なしか胸を張った。

バフの偉大さを知るが良いのだ。


「はい!これで目が普通なら完璧でした!!」


五月蠅い黙れ。




休憩を終えて少し歩くと、敵を発見した。

想定通り、今までのゴーレムではない。


「あれだ」


身体の材質は相変わらず岩である。

岩ではあるのだが、今まで戦っていたゴーレムとは、明らかに違った。


「おお、おおおお!」


レフィナもそれを見て、感動の声をあげた。


「ガーゴイルだな」


そこに居たのはガーゴイル。

全身磨かれた様に滑らかであり、岩の羽を持つ。

手足の造形もしっかりとしており、とりわけその手の爪は鋭利に尖り、強烈な殺意を体現していた。

石であることに変わりはないが、今まで岩を集めて貼り付けた様なゴーレムとは全然違った。


ユイスはレフィナの様子を伺った。

目がキラキラしていらっしゃる。

岩でも見た目が違えばいいのだろうか。

たぶん、良いのだろう。


「まあやることは変わらん」


ゴーレムからガーゴイルに変わったところで、結局レフィナがやることは変わらない。


「行って来い」


アドバイスにもならないアドバイスを送ったユイスは、期待に胸を膨らませる馬鹿に許可を与えた。


「はい!!」


レフィナは喜び勇んで飛び出した。


ガーゴイルは即座にレフィナを発見した。

岩の翼を広げ、宙に舞う。

その翼を羽ばたかせ、高速でレフィナに突撃する。

重量は支えられているのだろうかといつも疑問になる。


ガーゴイルを睨みながら駆けるレフィナは、ガーゴイルが間合いに入る直前、ズシンと最後の一歩を踏み締め、斧を上体ごとぎりぎりと振り絞った。

そこにガーゴイルが襲い掛かる。

レフィナの顔に突き立てんと、その鋭い爪を煌めかせる。


それを、レフィナは避けなかった。

鎧とバフの効果で、その爪自体がレフィナの顔を切り裂くことは無かった。

それでも激突の衝撃はあろう。


しかし、レフィナは全く怯まなかった。


「だああぁぁぁあっ!!」


攻撃を喰らいながらも、全力で斧を振り切った。

ボッゴォーン!と轟音が響く。

一撃で砕けはしないが、巨大な斧がガーゴイルのどてっ腹にめり込み、弾き飛ばす。


ガーゴイルは二度、三度と地面を弾む。

四度目に地面に落ちた時には地面を擦りながらも踏みとどまった。

しかし、その動きは明らかに鈍くなっていた。


のろのろと起き上ろうとするガーゴイル。

そこに、レフィナが駆けこんでいた。


「やっ!!」


駆けこんだ勢いそのままに、斧をスウィング。

狙い通りにガーゴイルの顔面に直撃し、立ち上がろうとしていたガーゴイルがまた吹き飛び、地面に叩き付けられる。

更にレフィナは、ダンッ!!と地面を蹴り跳んだ。

斧を背中まで振り上げながら。


「やっ、ああああああっ!!」


気合と共に筋力を振り絞り、また斧の重量も存分に乗せた一撃を振り下ろした。

その攻撃が止めとなった。

ガーゴイルの体は砕け散った。

無残なことに、爆裂四散と言う状態である。


「終わりましたー!」


見れば分かる。

粉微塵だから。


「ご苦労」




レフィナは戦い慣れていない敵と戦いたがるようだ。

『自分一人で戦いたい』オーラを出し、チラチラ見て来るのだから一目瞭然だった。


「もうちょっと私だけで戦ってみたいな……」


いや、口に出していた。

しかし本人は口に出していないつもりっぽい。

ユイスは胸に広がるとても優しい感情のまま、そうさせてやることにした。


そして結局、レフィナは延々と戦い続けた。

本当に延々と。

スルーできるようなガーゴイルにも態々襲い掛かり、粉砕していく。

流石に溜まり場はスルーさせたが、それ以外は本当に一匹も残さず平らげていた。

魔物的視点で見ると、レフィナは悪魔では無かろうか。


更に半日程歩くと、ボスを発見した。

ボスは巨大なガーゴイル。

全く変わり映えのしない敵である。


しかしタフガイになっているのだ。

レフィナ一人で戦わせると時間がかかる。


「行くぞ」


有無を言わさず、ユイスも参戦することにする。


「はい!」


レフィナも文句は無さそうだ。


ユイスがガーゴイルの攻撃を流し、的確に反撃。

レフィナは相変わらず防御など微塵も考えず、一撃一撃に渾身の力を込めて斧を叩き込む。

タンクの役割が逆な気がしないでもないが、何せユイスはタイマン性能に特化しているのだ。

直撃などあろうはずもなく、例え喰らっても一発程度問題はない。

こちらの方が、回復の手間がかからずに楽なのだから仕方がない。


二人がかりの攻撃に、ボスはそう時間もかからず砕け散った。

全く問題はない。

残念ながらまた宝箱は出なかったが、このペースでダンジョンに潜っていればいずれは見れることだろう。

宝箱が出ても、ユイスの持っている装備の方が性能が良いので、気分の問題でしかないが、レフィナはやはり残念そうだった。

男らしい!

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