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説教

レフィナが突っ込んだのは敵の溜まり場である。

どんなパーティーでも溜まり場は迂回する。

一匹に発見されれば、芋づる式に全てのゴーレムが反応するのだから。


仮にユイスが溜まり場の敵に発見されたとしよう。

その時は、躊躇いなく180度反転し、全力疾走で逃げるだろう。

例え熟練者でも、命の危機となりえる数が襲い掛かってくるのだから。


それはダンジョンに潜るなら知っていて当たり前、あまりに基本的なことだ。

そこに突っ込むお前は馬鹿だ。

馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。馬鹿野郎。


そんな感じの説教を続けるユイス。

また、流石に痛い目を見たレフィナも反省したのだろうか。

しゅーん、と項垂れて大人しく聞いていた。


しおらしい態度を見せるレフィナに、ユイスも慈悲の心を見せ、切り上げてやることにした。


「―――――。……分かったな?」


「………………」


しかしレフィナからの反応が無い。

項垂れたままだった。


「……?」


様子がおかしい。

ユイスが正座して項垂れているレフィナの顔を覗き込んだ。

涎が垂れていた。

とても幸せそうな寝顔だった。


「…………」


ユイスは立ち上がった。

そして膝をレフィナの顔面に叩き込んだ。

男にも、女の顔を蹴っていい時があるのだ。


「ぶげぇっ!!」


乙女らしかぬ呻き声を漏らし、レフィナがもんどりうって倒れた。


「……今俺が何を言ったか言ってみろ」


顔を抑えて悶え苦しむレフィナに、ユイスの冷徹な声が降りかかる。


「うぐぐぅ……。…………。あの、あんまり長いお話だとですね、覚えられないといいますかね?こう、意識がすーっっと……」


顔を抑えて苦しんでいたレフィナが顔を持ち上げ、申し訳なさそうに首を竦めた。

正直なのは大変よろしいことだ。

レフィナの美点とも言っていいだろう。


そうだ、レフィナは悪くは無い。

悪いのはレフィナを過信していたユイスなのだ。

ユイスは、遂にその事実を理解した。

真理に辿り着いたのだ。


ユイスは屈みこみ、両手でレフィナの頬を挟みこんだ。

パッチーン!と、非常に良い音が響いた。


「ぷぎゅぅっ!!」


レフィナが豚みたいな声を漏らした。


ユイスは、押しつぶされたぶちゃいくフェイスを見ながら、無表情を崩した。

少しだけ口元を歪める。

それは笑みだった。

それだけで、ユイスの顔が冷徹な殺し屋から、殺しを心底楽しむ猟奇殺人鬼に変化した。


ありありと恐怖を瞳に移すレフィナの顔に、ユイスの顔がじりじりと近づく。


「………………………」


鼻息が当たる距離まで近づいた。

キスシーンではなく、食い殺しそうなシーンに見える。


「ぶ、ぶひぃぃ…………」


レフィナが蒼白な顔でガタガタと震えながら呻いた。

目を逸らしたいが、目を逸らしたら殺られる。

本能がそう叫び、レフィナは震えることしか出ない。


ユイスの両手から力が抜け、むしろ優しげにレフィナの頬を撫でなわした。

レフィナの瞳から恐怖の涙が溢れだす。

カチカチと歯が打ち鳴らされる。


「……二度と突っ走るなよぉ?」


ユイスがネバつくような声で囁いた。

『お前の悲鳴を聞かせてくれぇ』とか言う幻聴が聞こえてきそうな声だった。


「は、は、はっ、はひぃ……」


レフィナは震える口を必死に動かした。

辛うじて、掠れた声が出てくれた。


その返事を受けたユイスが、レフィナから離れた。

途端にレフィナの金縛りが解け、今さらバックンバックンと鳴りはじめた心臓を押さえて恐怖に震え出した。

ゴーレムにタコ殴りにされていた時も恐怖は感じなかったが、今のは怖かった。

と言うか、気付いたら下着が濡れていた。

ちょっと漏らしていた。


「…………パンツ、替えてきます」


攻略に数日必要となるダンジョンもある。

着替えを持ってくるのは、ダンジョンに潜る時の鉄則だ。

レフィナは、濡れたメインパンツをサブパンツにチェンジするため、か細い声でユイスに報告して、レフィナは物陰に向かった。

羞恥心が発動した訳ではない。

恐怖心だ。


「…………」


とてもではないがユイスの顔は見れず、視線から逃れるために物陰に逃げ込んだ。

脱いだり拭いたり穿いた後、恐る恐る戻って来た時には、ユイスは普段通りの無表情に戻っていた。

相変わらず殺し屋みたいだが、さっきのアレよりは百倍はマシだと思った。


それからレフィナは走り出すことは無くなった。

レフィナはトラウマを得た代償に、一つ賢くなったのだ。




レフィナは理解してくれたようで、以降の道中では飛び出すことは無くなった。

すぐにテンションを復活させていたが、暴走はしない。


おつむの方ではあまり理解していないが、本能の方で理解したのだ。

レフィナは脳より脊髄の方が賢い説浮上。


以降、時間はかかったが問題なく探索が進んだ。


そして更に半日後。

ユイスたちはボスを発見した。


外見は今までと何ら変わりはないゴーレムだ。

しかし、サイズは今までの倍はあろうかという巨体である。

サイズに見合った広間に鎮座しているのを窺い、気付かれていないことを確認したユイスは少し距離を取った。

レフィナもユイスの後ろをひょこひょこと付いて来る。

犬。


「さて、ボスだが」


「はい!」


問題は無いと思うが、一応打ち合わせをしておくことにする。

いや、打ち合わせではない。

レフィナに意見など求めていない。

指示を出すだけだ。


ユイスは、まずレフィナの顔を見る。

やる気満々100%だ。

良く言いつけを守り飛び出さなかったことだと感心する。


「やりたいか?」


「はい!!」


案の定即答だ。

指示を出せば即座に突貫を仕掛けることであろう。


ユイスもレフィナを戦わせることに異論はない。

一度頷くと、注意点を伝えることにする。


「そこまで強くは無い。多少は攻撃力も上がっているだろうが問題は無いだろう」


「はい!!」


レフィナは元気な元気な返事をしている。

が、ユイスはレフィナの顔を見て即座に気付いた。

あ。あんまり理解していない顔だ、と。

恐らくこれ以上言葉を続けても、この馬鹿は「もっと短くしてください!」とか言い出すことだろう。


ユイスは口を閉じ、一度考えた。

そして、今までの敵と最も異なる点を、端的に述べた。


「……タフだ」


ボスと言えど、ここは初心者コースと呼ばれる場所だ。

レフィナに貸し与えている鎧さえあれば、ダメージは少ないだろう。

一番の問題は、その体力が通常の魔物の数倍どころか数十倍はある、と言う点だ。


どう頑張っても持久戦になる。

そして疲労で注意力が散漫になることこそが、ボス戦においての一番の死因であろう。


「なるほど!」


レフィナは凄く理解した顔で頷いた。

分かってくれたようで何よりだ。

これで伝わらなかったら、もうどうして良いのか分からない。


「まあ回復はしてやる」


「ありがとうございます!」


そんなことを言いながらも、レフィナはそわそわ、ちらちらとユイスを伺う。

許可をねだる犬の様だ。


「行け」


「はい!」


犬は元気よく飛び出していった。




ボス戦はユイスの想像通りだった。

レフィナはボスゴーレムの剛腕でぶん殴られながらも吹き飛ばされることも無く、地面に足をめり込ませながら踏みとどまる。

そのまま斧をぶん回し、ゴーレムの巨大な体に斧を叩き込み、少しずつ砕いて行く。

脳筋の見本の様な戦い方だ。


戦闘は十分程度で終了した。

広場に突っ込んでタコ殴りにされた時の方が、断然苦労しただろう。


「終わりましたーっ!!」


レフィナは斧を地面に刺し、一仕事終えた肉体労働者の様に『ふーっ』、と熱の籠った息を吐き出し、額を流れるいい汗を拭う。

やりきった感のあるとても眩しい笑顔だった。

これがレフィナでなければユイスも見惚れていたかもしれない。

しかし現実は残酷だ。

この目の前の女に見える物は『レフィナ』なのだ。

よって、ユイスがレフィナに見惚れることは無いのである。


「ご苦労」


しかし労いの心は大切である。

ユイスは慈悲深くもレフィナを労った。


そうしながら、心の中で行っていた今回の査定を終える。


まず馬鹿だ。

馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、想像を超越した馬鹿だった。

実力は思ったよりも随分高かった。

もう一度指示を聞かずに突っ込んでいれば解雇確実であったが、あれ以降は飛び出すことは無かった。

試用期間は継続してやろうと、寛大な心で考える。


それに、ユイスもぼっち(・・・)は寂しいのだ。

一人で十日以上も迷宮に籠り、無言でひたすら戦っているよりも、騒がしく考えなしであっても、賑やかに騒ぐ馬鹿が居ることの方が嬉しい。

大きく足さえ引っ張らなければ、それで良いのだ。


結果、レフィナは実にギリギリ崖っぷちのラインで解雇を免れた。


更に解雇を免れたもう一つの理由。

それは、おっぱいだ。

口さえ閉じて倒れていればレフィナも雌に見える。

正直昨晩の前半はレフィナの不思議発言ばかりで、萎えかけた。

溜まっていなければヤバかっただろう。

猿轡でも噛ませておけば、やる気が削がれることも無いだろう。

よし、布を買って帰ろう。


「んん~」


ユイスの思考がピンク色になっている最中、レフィナはキョロキョロと周囲を見回していた。

広場には先ほどまでは無かった魔法陣が出現している。

帰還用の魔法陣だ。

それ以外には、広場には何もない。


しかし、レフィナは未練がましく周囲を見回している。

何を期待し、探しているかはユイスには分かった。


「宝箱は出ていないぞ」


ボスを倒すと、時々出て来る宝箱。

レフィナはそれを見てみたかったのだろう。


宝箱は、ボスを倒す理由の大部分を占める物だ。

ユイスやレフィナが装備している武具は、そこから手に入れたものであり、非常に高性能な物。

ボスを倒せるようなパーティーは、宝箱を狙って、何度も何度も同じダンジョンに潜ると言う。

まあ装備が出てもここは初心者向け。

今レフィナが使っている物の方が高性能だ。


それに、残念ながら宝箱が出る確率は高くは無い。

人によっては千回周回しても出なかった、と言う話もあるほどだ。

例え一日一回潜ったとしても、三年間も出ていないと言うことになる。

非常に確率は低いらしい。


しかし、ユイスは良く宝箱を見つける。

流石に毎回毎回見つけている訳ではないが、二十回に一回は出ているだろう。

その為、何故周りが躍起になって宝箱を狙うのかは理解できないでいる。


「そうですか……」


レフィナはガックリと肩を落とした。

これからもダンジョンには潜るのだし、レフィナが解雇される前に出る可能性もあるだろう。

ユイスはダンジョンで拾い集めた魔石を纏め、魔法陣に入ろうとした。


「帰る、……前にだ」


途中で、何かを思い出したかのように足を止める。


「はい?」


ユイスの後に続き、魔法陣に入ろうとしていたレフィナが慌てて立ち止まった。


「お前は先に出て、家に帰っていろ」


ユイスはレフィナに道を譲った。


こいつと一緒に歩くと、また何か恥ずかしいことに巻き込まれる。

間違いない。

ならば時間差で帰還してしまえばいい。

恥をかくのはコイツ一人だし、レフィナはそれを恥とも思わぬだろう。

馬鹿だから。


そう言う思考から導き出された答えだ。


「?? はーい」


レフィナは首を傾げながら、一足先に脱出した。




ユイスはしばし待機した後に魔法陣を通った。

怯えられながら周囲を見回すが、レフィナの姿は無い。

言いつけ通り先に帰っているようだ。

ユイスは安心して、怯える商人に魔石を売り払った。


初心者コースとはいえ、中々の値段だ。

それも当然、初心者とはいえダンジョンに潜れるのはそれ相応の実力者になる。

また、普段は無視するような敵までレフィナが粉砕していったので、魔石の数が多いのだ。

加えて、普通は六人で分ける物を、二人で分ける。

既に金持ちのユイスは良いとして、レフィナの懐も温かくなるだろう。


何故か壁の一部の素材が真新しかったが、ユイスは特に気にすることなく外に出た。

人混みを割りながら足を進め、まず食材を買い求める。


レフィナのおかげで、数日分の食材が消え去った。

念のために普段の四倍は買い込み、特に携帯食をどっさりと購入した。


購入しながら、次にダンジョンに潜る際には、携帯食はあのバカにも持たせようかと考えたが、すぐに思い直し、止めておこうと考えた。

あいつなら即座に必ず貪り尽くす。

その確信があった。

ついでに猿轡用の布を購入し、ユイスは帰路についた。




ユイスは自宅のドアに手をかけた。


ガチャリッ


「……?」


鍵が閉まっている。

馬鹿に鍵は渡しておいたはずだが。

レフィナは、意外にも防犯意識を持っているのだろうか。

ユイスは予備の鍵を取り出し、扉を開いた。


中には人の気配は無かった。

一瞬、レフィナは既に寝ているのかとも考えた。

何と言ってもレフィナだ。

奴はユイスの予想など容易く覆す行動を取る。


しかし、二階に行っても気配は無かった。

一度帰って来てから外出でもしたのかと考えたが、そんな形跡も無さそうだ。


一瞬逃げたのかと考えた。

しかし、レフィナは奴隷だし無一文だろう。

そもそも、逃亡を考えているならあいつは口に出すだろう。

ではふと思い立って逃げ出したのだろうか?


そう考えたが、それよりも高い可能性のことを思いついた。

何かをやらかした可能性だ。

ありそうだ。

非常にありそうだ。


ユイスは食材を買いに行ったので、迂回して帰って来た。

レフィナは真っ直ぐ帰宅したことだろう。

ではその道中で、何かをやらかしているのでは?


奴は世界最高峰の馬鹿だ。

レフィナと歩くと恥をかくだろうが、放置しておくべきではなかった。

それよりも、人様に迷惑をかける可能性を考慮すべきだった。


凄く嫌な予感がしたユイスは、馬鹿を探しに行こうと決心した。

ユイスが玄関に向かった、その時。


こんこんと、ドアがノックされた。


この忙しいときに。

ユイスは苛立ちながらも、無表情にドアを開けた。


「はい?」


ノック直後に扉が開いたからだろうか、目の前に驚き、軽く仰け反った体勢の大柄な中年の男が立っていた。

男の姿を見て、ユイスも内心で首を傾げた。

見覚えのある顔だ。


ご近所に勤務する衛兵である。

何度も何度もユイスの家に訪れた結果、唯一と言っていいだろうか、ユイスの内面を理解してくれている人だ。

ユイス的にはソウルフレンド。親友である。


その彼が来たということは、また通報されてしまったのだろうか?

一体俺が何をした。


「……何か?」


しかし、衛兵の様子が何時もと様子が違う。

何時もであれば、彼も誤解と知って苦笑しながら訪ねて来る。

しかし今日この日は、非常に困った顔だ。


「迷子をお連れしました」


「……は?」


衛兵の言葉に、さしものユイスも呆気に取られた。

迷子って、そんな小さな子は家には居ないはずなのだが。


衛兵が振り返ると、背後に人が立っていた。

銀色の髪の、物理的に輝いている美女だ。

と言うかレフィナだった。

しゅーん、と不安げに肩を落とし、落ち着きなく周囲を見回している。

普通に涙目だ。


レフィナはユイスの顔を見た瞬間、パッ、と顔を輝かせた。


「ご主人様っ!!」


それを聞いた衛兵は一度頷いた。

そして、『ハイパーヤンチャ坊主を子供に持ち、困り果てている親』を見る目をユイスに送り、言った。


「この子、お宅さんのですよね?」


子供と言う歳ではない。

しかも昨晩大人になった。

名実ともに大人の女だ。

しかし、ユイスの奴隷だ。


「…………はい」


ユイスは馬鹿を受け取り、何度も何度もソウルフレンドに頭を下げた。


衛兵から聞いた話によると、まずは良い笑顔で『ご主人様のお家はどこでしょうか?』と聞いて来たそうだ。

『ご主人様の名前は?』と聞くと、ハッ!と目を見開いて、『知りません!』とぬかし、騒ぎ始めたとのこと。

幸い、つい先日に奴隷登録されたとうこともあり、そちら方面からすぐに所有者を割り出せたそうだ。


ソウルフレンドが帰ると、ユイスは即座にレフィナを問い詰めた。

もう怒る以前の問題だったので、幼児に質問するかのごとくゆっくりと、優しく。


やはりレフィナは、装備に夢中でユイスの名前を聞いていなかったそうだ。

しかも、ユイスといる時は『ご主人様』で問題なかったから疑問にも思わなかった。

更には、今朝はテンション上がり過ぎていて、道を全く覚えていなかったらしい。


「……そうか」


全てを聞いたユイスは、バッチーンとレフィナの両頬を挟みこみ、唇を歪めた。

ヒロイン「ぶひぃ」

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