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ユイス

思い付きが形になってしまった。

ユイス・ルドガーは悩んでいた。

見た目はいつも通りの無表情。

瞳に輝きは無く、何の感情も見せない。

そのおかげか、目さえ見なければなかなかの美形なのだが、人が寄り付くことは無い。


人が寄り付かない理由は外見だけでもない。

その職業にも問題があった。

外見9割だが。


魔石を生活の基盤とした世界で、その魔石を回収できるダンジョンに潜る人は多い。


そのダンジョンも不思議な物で、出入口は魔法陣となっている。

パーティーを組んでいても、七人以上メンバーが居るとダンジョンには入れない。

ならば中でパーティーを組み直せばいい、と考えるだろう。


実際、昔の偉い人もそのことは考えた。

しかし、出来なかった。

ほぼ同時にはいったパーティーが、ダンジョンの内部で発見できないのだ。

内装は全く同じ、しかしその実違う場所にいるのだろうという説が主流である。


そんな訳で、魔石を落とす魔物を倒す為にもパーティの六人は厳選される。

攻撃を耐えるタンカー。

範囲火力、瞬間火力、回復役。

それらの職に就いたものを選りすぐる必要があるのだが、ユイスの職業が微妙なのだ。


どれくらい微妙なのかを説明しよう。

タンクになれる程硬くは無い。

範囲攻撃は無い。

瞬間火力は無い。

回復はそこそこ。でも全体回復が無い。


『大体何でもできるが、他の職の方が優秀』


そう言う評価を受ける職なのだ。

これだけ聞けば、その職の必要意義が疑われるだろう。

ユイスの職にも、しっかりとした特性はある。


彼の職はエンチャント。

いわゆるバフ職だ。

パーティー全員の能力を向上させる。

そういうスキルを持つ。


しかしそれにこそ大きな問題があった。

スキルを発動させ続ける為に、常に集中しなければならないのだ。

戦いながらスキルを発動させ続ける。

そんな器用なこと出来る人は少ない。


その結果、スキルに集中していると『戦えよ』と言われ、戦っていると『バフはよ!』と言われる。


ドM御用達の職である。

そして世界にドMは少ない。

よって、ユイスの同業は少なく、一人で大抵のことが出来てしまうこともあり、同業者は孤高のソロリストばかりだ。


そんな不遇職に、ユイスは就いた。

先人たちと同じ洗礼を受け、ソロ一直線。

しかしユイスは諦めなかった。

戦いながらも、スキルを発動させ続ける訓練をし続けた。

ドMと言われても致し方ない苦行を、一人で延々と行い続けた。


そしてソロでいくつもダンジョンを走破し、金もたんまりと溜まった頃。

ユイスは戦いながらも、常にスキルを発動させることが可能となったのだ。


大事なのは『動じぬ心』。

いかなる状況でも慌てず騒がず、常に冷静沈着な自分を持つこと。

ユイスは成し遂げたのだ。


そしてその代償に。

目が死んだ。


感情を微塵も移さず、決して揺るがぬ眼光。

ユイスに見られた人は怯えながら語る。

『俺のことを虫を見るような目で見るんだ……!アリでも踏み潰すみたいに、俺のことを殺そうと……!』と。


かくして、『目が死んでる人』ユイスは偉業を成し遂げ、結局パーティーに誘われることは無かった。




ユイスは悩んだ。

本当に悩んだ。


「ひっ?!……何でこんなところに悪魔の像が……? んん? ああ! ご、ごめんなさい!!許してぇ!!」


通りすがりの人に像と間違えられるくらい微動だにせず悩んだ。


結論は一つだった。

誘われないなら、誘えばいい。

正直、一度パーティーを組めばバフの偉大さを理解してくれるだろう。

しかしこちらから声をかけても、パーティー面接で落とされる。


理由は『とても背中を任せられない』そうだ。

猛烈に抗議したいが、地獄の訓練の成果で、顔にはピクリとも現れない。

むしろ話せば話すだけ怯えられる。


よって、ユイスは最終手段を取ることにした。

奴隷を買う。

別にこき使う気は無い。

パーティメンバーとして一緒にダンジョンに潜り、売り上げもしっかり分配する。

奴隷となった者も、儲けをため込めば、自分で自分を買い取って、奴隷から解放されるだろう。

それまでには自分の職の魅力に気付いてくれるはずだ。

あわよくばそのままパーティーを組んでくれるだろう。いや、組むはずだ。




早速とばかりに、買いに行った。

店に入った瞬間、逞しい商人が精いっぱいの営業スマイルを浮かべてユイスを迎え入れ。


「いらっしゃ―――ッ?!」


途中で絶句し、シュバッ!とユイスから飛び離れた。

何故か青白い顔をして震えはじめる商人に、ユイスは内心傷つきながら声をかけた。


「奴隷を買いたい」


すると、商人は安堵の息を吐いた。


「あ、ああ、お客さんでしたか。こ、こちらへ……」


ユイスを奥に招き入れる商人が呟いた言葉を、ユイスはしっかり耳にしていた。


「殺し屋かと思った……」


彼は恨みでも買っているのだろうか。


「ええっと、どのような者をお探しで?」


商人は、まだ多少ビクビクしながらも引き攣った営業を浮かべた。

見上げた商魂である。


「ダンジョンに潜る。前衛が欲しい」


ユイスは端的に答えた。

すると商人は、恐る恐ると言った風にユイスの様子を伺った。


「ダンジョンに、ですか。その、かなり値が張りますが……」


「金はある」


「ッ!!では、こちらに!」


ユイスが懐から出した、金の詰まった袋を見て、商人は俊敏に動いた。

実に良い笑顔だった。


「前衛と言うことですね。シールド、ツイン、アクスがおります」


シールドはタンカー。

大盾を持ち、魔物の攻撃を耐えるマッスル。

ツインは二刀流で、火力重視のもやし。

アクスは文字通り斧を持ち、範囲攻撃のスキルがある、硬い脳筋だ。


揉み手をする商人に案内されながら、ユイスは少し考えた。

シールドは今のところ不要だろう。

無茶なダンジョンに向かうつもりは無いので、今はまず火力だ。


「ツインか、アクスで頼む」


「分かりました、こちらへ」


いくつかの部屋の前を通り過ぎたが、基本的に部屋の中に数人の気配を感じた。

しかし、商人が足を止めた部屋の中からは、気配は一つだけだった。


「こちらはツインです」


ダンジョンに潜れる奴隷は別格扱いなのだろう。

商人が明けた扉に入ると、中に居たのは壮年の男が一人。

壮年ながらも鍛え抜かれたと肉体と、油断ない眼光を持った男だった。


男は扉が開いた瞬間にはこちらを見ていた。


「ッ?!」


そしてユイスの顔を見て俊敏に立ち上がり、構えた。

場数を踏んでいるおっさんに、一目で警戒された。

何時ものこととはいえ、だいぶショックである。


しかしその鉄壁の面の皮に隠されて、そのショックは誰にも見えない。


「彼はかなりダンジョンにも潜ったことがあり、経験も随分と積んでおりますよ」


スラスラと営業トークを始める。

それを聞いて、壮年の男もユイスが敵ではないと察したのだろうか、構えを解いた。


ユイスはショックを受けながらも男を観察した。

実力はありそうだ。

しかし、もう結構な年だ。

もう後数年戦って引退というところだろう。


「ふむ。……一通り見せてくれ」


残念だが、この男は止めておこうと決めたユイスは、次を促した。




次の部屋も、中にある気配は一つだけだった。


「こちらがアクスです」


商人が扉を開けた。

その瞬間、中から驚愕の叫びが。


「なッ?!殺し屋か?!無手とはいえ、そう簡単には殺れると思うなよッ!!」


先ほどの男と全く同じ反応だった

今度は女だったが、普段は武器でも背負っていたのだろう、背中に一度手を伸ばして空を切った後、ギリリと歯を食いしばって威嚇して来た。

同じ様な反応だったが、むしろ口に出している分、こちらの方が酷い。

ユイスの心にダイレクトアタックだ。


「お客様だっ!!」


商人が叫び、恐ろしげにちらちらとユイスの顔色を伺った。

無論のこと、面の皮には一ミリも亀裂は無かった。


「えっ?!で、でも、もう百人ぐらい殺してそうな顔してますよ!?」


女は驚愕の顔を浮かべて叫び返した。

鬼だ。


「お前は黙ってろっ!」


商人が再び叫ぶと、女は口を噤んだ。

辛うじて構えは解いたが、警戒したままだ。


「……えー、大変申し訳ございません」


揺るがぬ無表情に、商人が平身低頭。


「ああ」


心の柔らかい部分をズタズタにされたユイスの口からは、しかし全く動じた様子の無い声が。

商人は、おほんおほんと咳をした後、ユイスの顔色を伺う様に恐る恐る話しかける。


「……こちらはそこそこダンジョンに潜ったことがあります。まだ若いので将来性はあると思いますが、その……」


「?」


言葉を濁す商人に、ユイスが疑問を投げかける。


「見ての通り、少々ココが」


商人が、頭をこんこんと叩いた。

『馬鹿』と言いたいのだろう。


「……そうか」


しかしツインよりは将来性がある。

しかも見れば美人だ。

ユイスとしても、おっさんよりも若い娘の方が側にいて嬉しい。

誤解はおいおい解けばいいのだ。


「一応、念のため、話させてくれ」


「は、はい……」


どちらにしても、ここが無理なら他の奴隷を探すだけである。


商人が席を外し、女もようやくユイスが殺し屋でないと理解できたようだ。


「えーっと、その、申し訳ありません」


ペコリと頭を下げて来る。


「いい。それより、なぜ奴隷になった?」


ユイスは女を観察しながら問いかけた。


造形は美形の一言だ。

翡翠の様な大きな瞳と形の整った鼻と唇。

とっても凛々しい美少女で、化粧によっては美女とも呼べる年齢の様だ。

おっぱいがでかい。

多少長い銀髪を短めの三つ編みに纏め、背中に流している。

身体も良く鍛えられているようだ。

実にしなやかな筋肉が付いている。

職業的に考えても、普通にユイスより腕力はあるだろう。

そしておっぱいがでかい。


しかし奴隷になったからには、それ相応のことをやらかした筈だ。

美人とパーティーを組むにしても、流石に犯罪者は勘弁したい。


「えー……。そのぉ、味方を敵ごとやっちゃいかけまして」


「…………」


女の言葉に、ユイスは絶句した。


「あの、普段はちゃんと注意してたんですよ?でも、熱中してくると、その……、つい?」


つまるところ脳筋だ。

見た目が良いだけにとても残念な感じである。

しかし、それだけでは奴隷にはならないだろう。


「いや、いい。それで、パーティーを抜けたんだろう。それから?」


ユイスは続きを促した。


「困ってたらですね、優しそうな人に助けてもらって。助かったーって思ったんですけど、実は悪い人だったみたいでして」


展開が読めた。

この女は騙されやすい性格なのだろう。

多分、思ったことを口に出さずにはいられない性分っぽいし。


「借金でも作らされたか」


「はい……。それで、体で返せって迫ってきたので、ぶっ飛ばしたら……」


手ごめにしようとして、それが出来ないと悟った悪い人が諦めて売り払ったと。


馬鹿っぽいが、悪人では無さそうだ。

第一段階はクリアーである。


「ダンジョンに潜る気はあるか?」


ユイスはズバリ本命を切り出した。


「あ、はい!勿論です!買って頂けたら頑張りますよ!」


女はパッと顔を輝かせた。

やる気もある。

素晴らしい。

ダンジョンで金を稼ぐのが奴隷解放への一番の近道であるから、当然だろう。


では次の問題。


「俺はエンチャントだが」


身を乗り出していた女が瞳を泳がせた。

瞳の奥の熱意が一瞬で消えうせたのが分かる。

実に分かりやすい。


「あ、あー……。あはははは……。ソ-デスカー。ソレハタイヘンデスネー」


もうお前黙ってろよ、と言いたくなるくらいの棒読みだった。

ユイスは、キョトキョトと虚空を見ながら、やけにうまい口笛を吹く女をしばし見つめた後、アイテムボックスを開いた。


「……こいつを見ろ」


ずるり、とあるものを取り出してやる。


「エー、ナンデスカーッッ?!」


やる気ゼロだった女の瞳が揺れた。

再び身を乗り出し、ユイスの持つ巨大な武器を見る。

それは両刃の大斧だった。

刃と刃の中心には青白い結晶が埋め込まれ、煌々と輝いている。


女の喉がごくりと鳴った。


「…………祝福付き、ですか?」


目は斧に釘付けのまま、女が震える唇を開いた。


「ああ」


『祝福付き』とは、一言でいえば特殊効果付き。

何故か、パーティーメンバーをすり抜けるのだ。

そしてその切れ味、頑強さも途轍もない。

前衛職、特にこのサイズの凶器を振り回すアクスにとっては、垂涎物の武器だ。

なんせ味方を気にせず、力いっぱい振り回せるのだから。


しかし、手に入るのはダンジョンだけ。

それも余程の幸運が無ければ手に取ることすら出来ないものである。

ひたすらソロでダンジョンに潜り続け、踏破していたユイスはそれを持っていた。


「…………」


女は頬を紅潮させ、鼻息も荒く斧を見つめている。

ぐいーん!!とやる気メーターが伸びたのが分かる。


次いで、女は悩み始めた。

祝福付きは使いたい。

しかし、エンチャントと同じパーティーになる。


ユイスはその葛藤を見て取った。

と言うか、誰もが分かるくらいに百面相を繰り広げているからもろバレである。


「こんなのもある」


「ッッ!!」


更にユイスが取り出したものを見て、女は固まった。

プレートメイル。

斧と同じく、青白い結晶が埋め込まれた、見るからに『祝福付き』である全身鎧だ。

効果は単純に、防御能力の強化と重量軽減。

しかも斧と同じ迷宮で手に入れた、お揃いの鎧。

共鳴効果もあるだろう。


ユイスは女にそう説明してやった。


迷宮一式。

熟練したパーティーですら手に入らない物を目にして、女の目がギラギラと輝いている。


「俺には装備できないからな。どうしようか悩んでいる。……やはり売るか」


如何に軽くなるからと言って、エンチャントのユイスでは装備しては俊敏に動けない。

アクスやシールド等の職で得られる身体能力強化スキルがあって、初めて実用に耐えうるものだ。

しかし逆に、アクスにとっては軽い物だ。

特に不都合も無く、思う存分武器を振り回せる。


顔を真っ赤にしている女の顔をちらりと見て、ユイスは装備を仕舞おうとした。


「おっ、お待ちくださいぃぃいいっ!!」


そこで、女がスライディング土下座でユイスの眼前に滑り込んできた。

この女、堕ちた。


「どうした」


「わ、私結構お買い得じゃないですか!?若いし!美人だし!ほら、おっぱいも大きいし!!」


女は必死に縋り付いて来た。

しかし前衛として、そのアピールはどうよ。

普通はこう、前衛として「~~~が出来ます」とかいう物じゃないの?


「……」


呆れるユイス(無表情)に、脈が薄いと判断したのだろうか、女はうぞうぞとユイスの足元から這い登って捲し立てて来る。


「力!力持ちです!魔物五体を纏めてミンチにしたことがありますっ!!ま、巻き込んだ人も片手だけだったからっ!!」


とんでもねぇ女だった。


「ほぉ」


ユイスは、「あ、この女は止めておこうかな」、と思った。

己の命は大事なのだ。

いや、しかし『祝福付き』ならば巻き込まれることは無いか。


「どうですかご主人様!?もぉー私何でもしますよ!?ねっ!ねっ!だから、そ、その装備をぉぉ……」


『ご主人様』呼ばわりをしながらも、うぞうぞ腰にまで這い登って来る女。

このままでは上半身も侵食されてしまう。

美人が縋り付いている絵面なのだが、異常に粘着力の高いスライムにまとまり付かれているようで気持ち悪い。

人とはここまでプライドを投げ捨てることが出来るのだろうか。


「そこまで言うなら少し様子を見てやろう」


試用期間を設け、あんまりにアレならまた売っぱらおう。

そう決めたユイスはシッシッ!と女を追い払いながら宣言した。


「ははーっ!!ありがとうございますぅぅ!!」


途端に女は、ガバッ!と足元に土下座して、足にずりずりと額を擦りつけて来た。

何故だろう、気持ち悪い。

例えるなら大きなナメクジが足を這っているような……。


そしてふと、自己紹介すらしていないことに気が付いた。


「……そういえば、名は何という?」


「レフィナでございます!!ご主人様っ!!」


この後ユイスも名乗ったが、涎を垂らしながら、うっとりと斧に頬ずりするレフィナが聞いていたかは定かではない。

とっても高価な斧が汚されちゃった……。




「しばらくあいつで様子を見ることにする」


ユイスが商人に金を払いながら言った。

商人は金を受け取りつつ、プレートメイルに頭を突っ込んで悶えているレフィナを見た。


「……毎度あり」


すぐ帰ってくるかもしれない。

商人は冷静に、そう思った。

基本はこういうノリが続くと思います。

書きためしていないので、ゆっくり更新していきまする

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