第9話:患者の研究・前編
よく晴れた青空の下、全身打撲(主に姉のせい)で病院に入院中の司を見舞いに、雄二と芳樹は病院に向かっていた。
「何で俺まで」
「いいじゃない、兄ちゃん喜ぶよー」
雄二は放課後芳樹に捕まり、しぶしう病院へ自転車を走らせていた。
二人の行く手に、白い建物の大きな総合病院が見えてくる。
「あそこ?」
「そう、兄ちゃんが入院中」
駐輪場で自転車を止めた二人は、受け付けで司の部屋を聞いた。司の名前を出した時、受付のお姉さんの顔が引きつったような気がした。
二人はとりあえず場所を聞いて、そこへ向かうべく階段を昇った。
お見舞い品は、雄二が途中の青果店で買ったバナナ、芳樹は得体の知れない雑誌だった。
「まあ、あえて何かは聞かないけど、病院にそんな物持ってきて大丈夫なのか?」
「多分大丈夫じゃないかなあ。前の時は何とも無かったし」
「前?」
司は以前にも入信した事があるのだろうか。そう思った雄二は訊ねてみた。
「前というと、ここに入院するのは初めてじゃないのか」
「兄ちゃん? 二回目だよ」
「前はどんなのだったんだ?」
芳樹は病院の廊下を歩きながら、少し考え込んだ後口を開いた。
「うーん、確か6年か7年前に、学校の2階から落ちたんじゃなかったかな」
「2階? 何でそんな所から」
「女子の着替えを覗こうとして」
「そんな前からそんなのなのかあの人は。というか、その頃小学生だろ」
「僕の知ってる兄ちゃんはずっとそんなのだよ」
芳樹はさらっと言ってのけた。
そんな感じで歩きながら談笑していると、森本司のプレートの入った部屋についた。
「ここか。相部屋なんだな」
「前も相部屋だったけどね」
二人は部屋に入り司の姿を探す。
窓際のベッドに、あちこち包帯に覆われた司がぼんやりと外の風景を眺めていた。
「兄ちゃーん、見舞いにきたよー」
芳樹が司のベッドに駆け寄る。
「こら病院内で走るな」
雄二が突っ込みを入れながら歩く。
「おやいらっしゃい」
外を見ていた司がこちらに顔を向ける。今まで見えなかった方の顔が腫れ上がっていた。
「兄ちゃんどうしたのさその顔」
「ああこれ? 看護士さんに剃ってもらおうと脱いで待ってたらかすみちゃんが来てね」
「……」
沈黙する雄二をよそに、司は芳樹達の訪問を喜んでいるようだった。
「いやー、病院は退屈でねー。話し相手が欲しかったんだよ」
「はあ」
ニコニコと笑う司を見た雄二は、さっさと見舞いを済まそうとバナナを差し出した。
「これ、見舞いです」
「おお、バナナかー。ありがとう雄二君、これで君に悪戯しろという事だね?」
「違います」
妙にテンションの高い司とは対照的に、沈んでいく雄二。
「受付の人の反応がおかしかったんですけど、何かやったんですか?」
「雄二君、いくら僕でも入院中においたはしないよ」
片方が腫れ上がった顔でにっこりと笑う司。
「本当ですか?」
「本当だって。まあ、あえて言うならムダ毛の手入れを頼んだくらいかな」
「ムダ毛?」
雄二の言葉に、司は笑いながらズボンを下ろした。
「ここの毛」
「……」
すっと視線を外して数秒の沈黙の後、うつむいた雄二が絞り出すように声を出した。
「……それ、犯罪じゃないですか」
「えー、前の時はみんな笑ってくれたんだけどなあ」
「前というと、6、7年前の奴ですか」
雄二の言葉に、司は少し驚いたような表情を見せた。
「よく知ってるね。そうそう、当時10歳。もてもてだったよ」
「今は17歳ですよね」
「うん17歳」
うつむいた雄二が絞り出すように声を出した。
「……やっぱり犯罪じゃないですか」
「まあまあ雄二君、細かい事を気にしていると第二次性徴がこないよ」
「……もう来てます」
二人がショートコントを展開している間、芳樹は司のベッドの上に勝手に寝転んでいた。
「あ」
天井を見ていた芳樹が、何かを見つけて声を上げた。
「兄ちゃん、あのお守り……」
芳樹の声を聞いた司が、同じく天井を見上げる。視線の先で、カーテンのレールに少しぼろくなったお守りが吊るされていた。
「ああ、さっきかすみちゃんに持ってきてもらったんだ」
そのお守りを見つめる司の目に、いつもとは違う何かを感じた雄二は司の顔を見ながら訊ねた。
「あのお守りは……?」
雄二の言葉を聞いた司は、一瞬遠い目をした後、ベッドの端に座って語りだした。
「あのお守りはね、今から7年前。僕がこの病院に入院していた頃、友達にもらったんだ……」




