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人々の研究  作者:
8/11

第8話:霊の研究・後編

「悪いけど、帰れないよ」

 千鶴の言葉に固まる雄二と司。

「どういう事?」

 険しい表情で香澄が訊ねる。

「今日、ここでやる事があるから、誰もここに入れないよう、何もここから出られないよう、界を結んで世界を分けた……んだけど、まさか人がいるとは思わなかった」

 雄二の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。

「どういう事?」

「あんた達をここにいる奴ごと閉じ込めたってこと」

 雄二の背中で司が青ざめた顔を千鶴に向ける。

「あのー、帰りたいんですけど」

「諦めて」

 冷たく言い放つ千鶴。

「あたしらどうなるんだい?」

 香澄が腕組みして千鶴を見下ろす。

「とりあえず私から離れないで。面倒だけど、確認しなかった私の所為でもあるし」

 雄二の背中で蒼白になった司の顔色がどんどん白に近づく。

「あのー、これからどちらへ?」

「職員室」

「はあ」

 さっさと歩き出す千鶴の後を、雄二達はとぼとぼと歩き出した。歩きながら芳樹は、雄二に負ぶさった司の背中をじっと見つめている。

 薄暗く埃っぽい廊下を5分も歩いただろうか。職員室らしき物が見えてきた。

「雄二君、おんぶはもういいよ。ありがとう」

 司はそういうと、雄二の背中から降りる。廊下に足をつけるとギイと軋む音がした。

「大丈夫ですか?」

「さすがに腰の抜けたのは治ったよ」

 青い顔でにやりと笑いながら話す司。

「さて」

 千鶴が職員室の扉の前で雄二達の方に振り返った。

「今から私はこの中に入るけど、あなた達はここでじっとしてて。いい?」

 それだけ言うと、千鶴は返事を待たずに職員室の扉を開けた。

≪オン・キリキリ・オン・キリウン・キャクウン!≫

 背後から強い声と壁のような何かがぶつかってきた。雄二達全員がまとめて職員室の中に倒れこむ。

「なななな何!」

 驚いて雄二が立ち上がろうとするも、何かに縛り付けられたように体が動かない。

「えっ、あれっ?」

「油断した……そこにいたのね徳井忠典」

 千鶴の言葉に扉の方を見ると、そこには司が一人立っていた。

≪ほう、儂の名を知っておるとは≫

 司の口からは、あの時の佐藤と同じ声が聞こえてくる。薄笑いを浮かべた司はゆっくりと雄二達の方に近づいてきた。

「いつ憑かれた? 私が気付かないはずは」

≪くっく、昨日だよ。こやつがここに来たのでな、贄集めに使わせてもらった≫

 司の背後から黒い陽炎のような物が立ち昇り、司の体を包む。するとボロボロの僧衣を着た僧形の男が現れた。

 雄二は目だけ動かして千鶴を見る。

「……贄って?」

「あなた達、いや私達のことね」

「……どうなるんですか」

「黙ってて、今考えてるから」

 千鶴は懸命に手を動かそうとするが、びくとも動かない。

≪無駄だ無駄だ、儂の不動縛呪を解こうな≫

「うらああああ!」

 言葉の途中で香澄が強引に立ち上がった。音はしないが、空間で何かがバキバキと壊れる感覚が伝わってくる。

 そのまま香澄は徳井に向かって大きく踏み込み右フック。まともに喰らった徳井は棒きれのように宙を舞い、石ころのように転がった。

「……呪が弱まった!」

 千鶴はどうにか胸の前で手を合わせた。

「ひふみよいむなやこと、ふるべゆらゆらと、ゆらかしたてまつる!」

 千鶴の声と共に全員の体を押さえつけていた何かが消えた。千鶴は鞄から、白い人型を細い木の棒にさした物を二つ取り出した。

「春は呼ぶ、夏は言う、秋は哭く、冬は呻く、急ぎ律令に従うべし!」

 声と共に投げつけられた御幣は、途中できりもみしながら見えなくなった。

 ようやく起き上がった徳井は、余裕の表情で千鶴を見据える。

≪くはは、式を使いおるか。だがその程度では儂をぶっ!≫

 千鶴に注意を向けた徳井に、死角から香澄の胴回し回転蹴りがヒット。床に叩きつけられた徳井は、派手にバウンドして壊れた人形のような格好で吹っ飛んだ。

 そんな超常対戦を呆然と見守る雄二と、池田さんファイトーと応援している芳樹の足元に、何枚もの人型が差されている木の棒が四つ投げられてきた。

「……?」

 二人が顔を見合わせていると、千鶴が徳井から視線を外さずに小さな声を出した。

「それを部屋の四隅に一つずつ置いてきて。気付かれないようにね」

 二人は御幣を二つずつ拾うと、中腰で音を立てずに歩いていった。

 その頃主戦場では、徳井が香澄の猛ラッシュと式神の攻撃に押されていた。

≪おのれ、こざかしい!≫

 徳井は香澄のラリアートを空に飛んでかわした。

≪くはは、ここまでは届くまい≫

 空中の徳井は両手で印を結んだ。

≪オン・バザラギニ・ハラチハタヤ・ソワカ≫

 徳井の前で、何かがぶつかって弾けた。折れ曲がった千鶴の御幣が下に落ちていく。

≪式など儂にとっては玩具に過ぎぐべっ!≫

 空中の徳井の顔面に、職員室の机がヒット。爆発したようないい音がした。

≪……まずはお前をどうにかせねばならんか≫

 鼻血を吹きながら徳井は両手で印を結んだ。

≪ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン!≫

 徳井の周囲に炎が渦巻き、香澄に向かって疾走する。千鶴が鞄から豪奢な御幣を取り出し香澄の足元に投げつけた。

「風は返りて北に吹く、急ぎ律令に従うべし」

 香澄の足元の御幣を中心につむじ風が吹き、その風に乗って炎が空中の徳井の元へ返っていく。

≪ぐおっ……呪詛返しかっ! 今の世に貴様のような使い手がのごっ!≫

 壁を経由した香澄の飛び蹴りが徳井のわき腹にヒット。徳井は綺麗なくの字の格好で向かいの壁に飛んでいった。

「全部置いたぞー」

「こっちも終わりー」

 雄二と芳樹の声が職員室の隅から聞こえてきた。

「よし、ちょっとの間持ちこたえて」

 千鶴はそう言うと、胸の前で二回手を打ち鳴らした。

「天清浄、地清浄、内外清浄、六根清浄と祓い給う」

 千鶴の声が職員室を覆っていく。

≪この部屋を浄化する気か……させぬ!≫

 千鶴に向かって手を伸ばした徳井に、香澄が大きくしゃがんで踏み込み、背中で体当たりを仕掛ける。

≪くっ≫

 間一髪でかわし、空中に逃げる徳井。

≪ええい、貴様にはこれをくれてやる!≫

 そう言って徳井は懐から細い管を取り出し、香澄に向かって投げつけた。

 香澄はその管を手で払う。管が地面に落ちると同時に、香澄の動きが止まった。

「くっ……」

≪くはは、管狐が憑いたな。さあ、我が下僕になるがいい≫

 胸を押さえていた香澄は、両足で床を踏みしめると、腕を胸の前で交差させ、大きく息を吸い込んだ。

「かあああああっ!!」

 香澄の声が職員室の空気と壁を震わせる。その後細く小さい獣の悲鳴がしてそのまま消えていった。

 徳井は笑いが貼りついた顔のまま止まっている。

≪気合だけで体の中の管狐を消しただと……?≫

 徳井の表情が歪む。

≪馬鹿か! おまえは!≫

 理不尽な状況に意味不明な台詞を吐いてしまう徳井。

「小男鹿の、八の御耳を、振立て聞しめせと申す!」

 千鶴の言葉が終わり、部屋の四隅に置かれた御幣から白い柱が立ち昇った。

≪しまった!≫

 そして白い柱の間に白い壁が現れ周囲を覆う。息苦しかった部屋の空気が明らかに変わった。

 徳井は糸の切れた人形のように膝から床に崩れ落ちる。床に倒れた徳井の姿が薄れていき、中から司が現れた。

≪くっくくく、まさかこれほどとはな≫

 倒れた司から徳井の声が聞こえてくる。

「四角四界……ここはもう聖域よ。あなたのような悪霊は存在出来ない」

 千鶴が片目の鋭い視線を倒れた司に注ぐ。

≪くはは、確かに霊の状態ならばひとたまりも無かったろうが……今儂はこいつに憑いておる≫

「諦めなさい。抵抗するなら無理矢理引きずり出す」

 千鶴が御幣を一つ掴む。

≪くはははは、儂は消えるわけにはいかん、いかんのだ≫

 いつの間にか、倒れた司の周囲に雄二たちが集まってきた。

≪そうだ、儂は消えるわけにはいかん。この世にブルマを復活させ、その全てを引き摺り下ろすまで≫

「……?」

 全員の顔にいぶかしげな表情が浮かぶ。

≪ブルマ? そんな事よりも脱ぎたてのスクール水着を絞ってコーヒーを淹れたら売れそうだ。何をいっとるのだ儂は≫

 千鶴の片目にあきらかな侮蔑の光が浮かぶ。

≪スクール水着とはなんだ! そんな事よりも、半ズボン少年の足の付け根の隙間を激写! 何だこの邪悪な光景は!≫

 雄二の顔にドン引きの文字が見える。

≪もう半ズボンは古い! これからはスパッツだ! なんだそれは!≫

 香澄は両手の拳をバキバキ言わせている。

≪おお、今日は『見た目はカレーライス』のDVDの発売日だ。何だこの知識は≫

「あ、それ延期になったよ」

 芳樹は訂正した。

≪何だ、何だこの記憶は、儂は誰だ、搾乳プレイ? 知らぬ! 儂はそんな名前ではない!≫

 司は顔を上げ、千鶴を見た。

≪おお、お前には首輪をして、後は白い靴下だけ履かせて(検閲削除)≫

 千鶴は表情を変えずに両の耳を手でふさいだ。司は次に雄二を見た。

≪お前は(検閲削除)便所で(検閲削除)拘束具で(検閲削除)最後に(検閲削除)≫

 雄二は後ろを向いてしゃがみ、両手で耳をふさいだ。

≪誰だ、儂は何だ、いやだ、消えたくない、飲まれる、黒い渦に飲まれる≫

 司は最後に細く小さい叫び声をあげた。

「……消えた」

 耳から手を離した千鶴が呟く。

「消えた?」

 ようやく振り返った雄二が千鶴の方を見る。

「依り代の人のドス黒い何かに飲まれた……多分」

 よく分からないうちに解決したようなので、皆は旧校舎の外に出る事にした。司は雄二が背中に乗せ、途中で回収した佐藤先生は香澄が肩に担いだ。

 旧校舎の門のところで、千鶴は両手をあわせて一回打ち、地面に刺してあった御幣を抜いた。

「これで出られるよ」

 外に出ると、すでに辺りは暗く、電灯があちこちについている。

「そういえば、あの徳井って人はなんなんですか?」

 司をおぶった雄二が千鶴に訊ねる。

「昔の拝み屋さんよ。たくさんの人を呪い殺して、あげくに自分が殺されちゃった人」

 風が吹いて千鶴の髪をかき乱す。

「あんまり恨みが強いから旧校舎が出来る前の場所に封じられていたんだけど……佐藤先生が解いたみたいね」

 千鶴は歩く方向を変えた。

「じゃあ、私はこの辺で。それからあの旧校舎はもう入らない方がいいよ」

 雄二達は、電灯の明かりに照らされて遠ざかっていく千鶴を静かに見送った。

 あと、実はボコボコにやられていた司(主な原因は姉)は即座に入院。一週間ほど生死の境をさまようことになった。

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