第7話:霊の研究・中編
雄二達の前に突然現れた少女。
司を除く全員が背後の少女に注目する。芳樹とほぼ同じ背丈に、おかっぱの頭、冷たさを感じるつり目、右目は眼科で使われる白い眼帯に覆われている。
「……誰?」
雄二の呟きに、少女はじろりと視線を向けた。
「あなた達何やってるの?」
「いや、あの、忘れ物を取りに……」
香澄は腕を組んで立っているだけ、司はうつぶせに倒れているだけ、芳樹は明後日の方を見ているだけ。対外的な交渉は雄二の手に委ねられた。
「何でこんな時間に?」
「えーと、一緒に探してくれる人を探してたらこんな時間になったとか……」
少女は腰に手を当てると、深いため息をついた。
「誰もいないと思ったから、閉じたのに……」
「……?」
雄二が少女の言葉の意味を考えていると、芳樹がのんびりとした声を出した。
「壁からまた煙の人」
場にまた緊張が走る。少女の目が険しくなる。香澄が腕を解いて構えた。
「芳樹、どのあたり?」
「姉ちゃんの右斜め上すぐ」
「はぁっ!」
気合一閃、香澄の豪腕パンチが空を切る。音はしないが、何かが破裂したような感じが伝わってきた。
少女の目が驚きに見開かれている。
「……気合だけで霊を散らした? 嘘でしょう?」
少女が信じられない物を見る目で香澄を見つめている。
「姉ちゃん今度は左」
「うらあっ!」
香澄の回し蹴りがやっぱり空を切り、何かが破裂する。
「姉ちゃんの右斜め前」
「りゃあ!」
香澄の前蹴りが空を切る。
「姉ちゃん、左前方」
「せいっ!」
「ぶごおっ!」
香澄の正拳突きが突然現れた中年男性の顔面にヒットした。いい感じに吹っ飛んで床をすべる中年男性。
「いっ、いきなり何をするんだ!」
鼻血を吹きながら中年男性が非難の声をあげた。香澄が中年男性の顔を凝視する。
「どこかで見た顔と思ったら佐藤先生じゃない。こんな所で何を」
雄二が香澄の顔を見上げる。
「え、先生?」
「隣のクラスの担任だよ。まったく、芳樹、ちゃんと見ないと」
「え? 見てるよ」
芳樹は佐藤をじっと見ている。
「いたたた。こらおまえ達、こんな所にいないでさっさと帰れ」
佐藤は鼻を手で押さえて立ち上がると、こちらに向かって歩いてきた。
「待ちなさい」
背後から少女の冷たい声が響く。佐藤がぴたりと動きを止めた。
「あなたね、ここに封じられていたモノを解き放ったのは」
「何の話かな」
佐藤の顔から表情が消え、薄暗い雰囲気が立ち昇る。
「あなたの後ろにいる悪霊の話よ」
少女が鞄から、細い木の棒に人形の形に切り抜いた白い紙を刺した物を取り出した。
「ほう、御幣を使うのかね」
佐藤がじりじりと後退する。少女は佐藤を睨んだまま一歩前に踏み出す。
「おっと、こいつの命が惜しければ下手な真似はよすんだな」
そう言って佐藤は香澄の後ろに回った。
「その手に持っている物をゆっくりと地面におぐぶぅ!!」
スナップの効いた香澄の裏拳が佐藤の側頭部にクリーンヒット。佐藤は伸身で二回側転して廊下の壁に激突、トランポリンのようにバウンドして床でもバウンド。
常人ならそこで昏倒するはずが、佐藤は全身をまっすぐ伸ばした姿勢のまま立ち上がった。
≪役に立たぬ奴め≫
佐藤の口からは先ほどとは違う、暗く不快な声が発せられている。
「来たわね」
少女の片目に強い意志の力が浮かぶ。
≪誰かは知らぬが、死にたくなければ去れ≫
「却下」
少女は冷たく言い放つと、手に持っていた御幣を佐藤の足元に投げつけた。床に御幣が突き刺さり、少女は両手を胸の前で合わせる。
「臨める兵、闘う者、皆陣裂れて前に在り!」
少女の声と共に御幣を中心につむじ風が吹き、佐藤を包み込む。
風が止んだ後、佐藤は白目をむいたまま糸の切れた人形のように力無く床に倒れた。
「ふん、逃げたか……」
少女は倒れた佐藤の近くまで行くと、そばにある御幣を拾い上げた。
「よくわかんないけどあんたすごいね」
香澄が腕組みして感心している。
「かっこいいー」
芳樹が目をきらきら輝かせて少女を見ている。
雄二はとりあえず度肝を抜かれていた。
司は相変わらず。
「そういえば、あんた名前は?」
足元の司をガン無視して香澄が訊ねる。
「……池田、千鶴」
「池田さんかっこいいー」
芳樹はファンになったらしい。
「池田……さん?」
床から司がうめくように声を出した。
「司さん、起きてたんですか」
雄二が司のそばによってしゃがみこむ。
「ふふふ、実はずっと起きてたけど腰が抜けて動けないんだ。雄二君、おぶってくれないかな」
「……香澄さんに頼んだ方が」
「かすみちゃんに体をあずけると死ぬ」
なぜか真剣な顔で断定口調の司に押されて雄二は司をおぶさった。
「司さん、忘れ物もう諦めて帰りませんか?」
「うーん、どうしよう」
雄二と司の会話に千鶴が冷たい口調で割って入ってきた。
「悪いけど、帰れないよ」
「……え?」
木枠の窓から差し込む太陽はもう大分傾いていた。