第6話:霊の研究・前編
雄二達が通う学校の裏手には、旧校舎と呼ばれる木造の古い建物があった。
昼間から薄暗く、いかにもな怪しげな雰囲気から、いろいろと噂が囁かれている。丑三つ時に中に入ると二度と出られない、2階の教室で平安朝の幽霊を見た、実は地下100階におよぶ巨大洞窟がある、などなど。
太陽が傾く黄昏時、180を越える巨体を筋肉に包んだ長女香澄、規格外の変態を美少年の殻に包んだ長男司、普通に見えてあまり普通でない中身を幼い見た目に包んだ末弟芳樹という森本家の三馬鹿と、主に被害者役をやっている安藤雄二はそんな旧校舎の入り口にきていた。
「……あの、司さん、本当にこの中に忘れ物を?」
「……うん、ごめん雄二君。君まで巻き込むつもりなんだけど許してね」
話は、司が昨日クラスの友人達と肝試しに旧校舎に入った事から始まる。昼休みに突入した司達は、まだ日が高いのに途中で逃走。その際司が大事な物を落としてしまったらしい。
取りに戻りたくても怖くて戻れない。しかも友人達は付き合ってくれない。しょうがないので、司が己の人脈をフル稼働させて人員を募った結果、このメンバーが集まった。
「ほとんど身内じゃないですか」
「いや、雄二君、自分でもびっくりしてるよ。他人は意外と冷たいね」
「あんたがヘタレだからそうなるのよ」
見上げるような上から香澄が言葉の暴力を叩きつけた。
「かすみちゃん、ここマジで怖いんだって」
「兄ちゃんかっこ悪い」
下の方から芳樹が言葉の暴力をソフトに叩きつけた。
「さすが芳樹はかすみちゃんに比べて思いやりがある」
「その比較に何の意味があるんですか」
雄二のコメントで天然コントは終了。いよいよ四人は旧校舎に向けて足を踏み出した。
崩れそうな木の扉を開くと、埃臭い空気が外に流れ出してくる。誰も何も喋らず、校舎内に侵入する四人。
廊下は歩くたびに不快な音を出して軋み、まだ日は差し込んでいるはずなのに思ったよりも暗い。
雄二が司の方を見ると、端正な顔は血の気を失って真っ青、動きも妙にギクシャクしていた。
「司さん、大丈夫ですか?」
「雄二君……手、つないでもいい?」
「……香澄さんにお願いしては」
「かすみちゃんと手をつなぐと、冗談抜きで握り潰されるし」
「……じゃあ芳樹と」
雄二の言葉の途中で、横を歩いていた芳樹が突然後ろに振り向いた。
「うおっ、なんだ芳樹」
驚いた雄二を無視して後ろを見つづける芳樹。
「……何か閉じ込められたような気がする」
「鍵でもかけられたか?」
「うーん、なんか違う」
「よく分から、ん?」
言葉の途中で、雄二は全身に鳥肌が立っているのに気付いた。司を見ると全身ガタガタと震えている。
「何だこの感じ……」
雄二の呟きと同時に芳樹が前に向き直る。
「うん? 前から白い煙みたいな人が来るよ」
「……は?」
「あそこ」
雄二は芳樹が指差した先を見るが、薄暗い廊下には空中を舞う埃しか見えない。
前を歩いていた香澄が足を止めた。
「嫌な感じだね。誰かに狙われているような」
「狙われた事あるんですか?」
雄二の問に香澄は苦笑しながら答えた。
「前、暴走族をボコボコにしたら恨みを買ってね、しばらく付け狙われたんだ」
雄二が引きつった笑いを顔に浮かべていると、また芳樹の声がした。
「煙の人五人に増えた」
相変わらず全く見えない。しかし悪寒は確実に強くなっている。これは確実にヤバイ、雄二の中の何かが全力で警報を出していた。
「姉ちゃんのすぐ前まで来た」
芳樹ののんびりした声とは裏腹に、雄二は喉の奥から叫び声をあげそうになっていた。
「そこにいる連中! すぐに下がりなさい!」
後ろから鋭い声があがる。司を除く全員が後ろに飛んだ。
風のような物が後ろから前へと吹き抜けていく。
「あ、煙の人消えた」
芳樹が間の抜けた声を出す。同時に雄二は鳥肌が消えているのに気付いた。
声のした方を見ると、雄二たちと同じ制服を着た女生徒が立っている。
一体何者だろうか。雄二はうつぶせにぶっ倒れた司の姿を横目で見ながら考えるのだった。