表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人々の研究  作者:
1/11

第1話:始まりの研究

 とある高校。入学式からまだ間もない教室。

 まだ慣れていない生徒同士の、誰か喋れよ、というよく意味のわからないプレッシャーで誰も喋らない教室。

 授業中はもちろん、休み時間も静か。

 そんな状況をどうにかしようと、立ち上がった人間がいた。

 身長は170弱、短髪できりっとした眉と目が活発そうな印象を人に与えている。

 名を安藤雄二という。出席番号一番だ。

 雄二としては、休み時間に少し騒がしいくらいの喧騒が欲しかった。クラス全員が次の授業の準備をして、自分の席に座ったまま喋らずじっとしている今の状態は耐えがたい。

 まず自分が誰かに話し掛けたことをきっかけにして、クラスに会話を定着させる。そういう計画の元、話し掛けやすそうな相手を探した。

 雄二の目にとまったのは、自分の席で何かの本を読んでいる生徒だった。

 身長は160弱、ふわっとした髪とくりくりした目が幼い印象を与えている。へたすると中一でも通るかもしれない。

 その生徒の名を森本芳樹という。

 話し掛けるにあたって雄二は、綿密なシミュレートを行った。


 1.まず読んでいる本の題名を尋ねる。(つかみはOK)

 2.それから本の内容について聞く。(話のきっかけを作る)

 3.本の内容について少し語り合う(ここはアドリブで)

 4.駄目元で本を貸してくれと言ってみる。(これで次回の会話をキープ)


 完璧だ。さっそく雄二は次の休み時間に計画を実行する事にした。

 退屈な授業が終わり、沈黙に包まれる教室。雄二は一回の深呼吸と共に行動に移った。

 ギクシャクとした動きで芳樹の席の前に向かう雄二。休み時間にトイレ以外に移動する人間が珍しいため、教室中の注目を浴びてしまっている。教室を包む妙なプレッシャーは、雄二の精神と肉体に微妙な緊張を強いていた。

 どうにか芳樹の席の前に来た雄二。本を読んでいた芳樹は、机の前に来た誰かに気付いて顔を上げた。

 今がチャンス。教室が二人に注目している中、雄二の計画が始まる。

「あ、あのさ、なんていう本を読んでるの?」

「これ? 若奥様の蜜壺」

 雄二の脳内に最大級の緊急警報が鳴り響く。すみやかに話題を変えて軌道修正するべき所だが、微妙に緊張している今の雄二はうまく対応できない。

「へ、へー、どんな事が書いてあるの?」

「えーと、若い人妻の淡いヘアをかきわけたら蜜のあふれる」

 引き続き雄二の脳内に最大級の緊急警報が鳴り響く。というか、さっきよりも激しい。いくらなんでもこれ以上この会話を続けるのは自殺行為だ。しかし、焦りと混乱は予定以外の行動を許してくれない。

「その、人妻、好きなんだ?」

「いや、別に。むしろうちの兄ちゃんが今人妻ブームで、時代は熟女、それも40代後半が」

 よく分からないが地雷を踏んだらしい。ただ静かなだけだった教室も、今では冷気さえ感じる事が出来た。

「う……え? えーと、さすがに40代後半は無理だなあ」

「僕も無理だよ。大体人妻はそんなに好きじゃないし」

 雄二は、自分がなんとなく人妻好きの方に向かわされている気がしてきた。断じてそんな趣味は無いが、今の会話だと若い人妻ならいいと誤解されかねない。とりあえず、これ以上社会的ダメージを受ける前に、早急に会話を終了させる事にした。

「あ、あのさ、その本貸してくれない?」

「いいよ、僕はこっちのくノ一淫魔地獄を読むから」

 本を手渡されると同時に次の授業の始まりを知らせるチャイムが教室に響く。雄二は若奥様の蜜壺を手にふらふらと自分の席に戻った。

 とんでもない大失敗に、雄二は頭を抱えてしまった。どのくらいショックが大きかったかというと、授業中に教科書36ページを読めといわれて

「俊夫の指が久美子の秘められた花園を……」

 と、ごく普通に朗読して怒られたくらい。ついでに若奥様の蜜壺は教師に没収されてしまった。

 次の休み時間、雄二は行きたくは無かったがまた芳樹の席に向かった。

「ごめん。借りてた本、没収された……」

 芳樹はクスクス笑いながら雄二を見ていた。

「いや、別にいいよ。兄ちゃん似たようなのたくさん持ってるし。それにしても、授業中に読むほど人妻好きなんだね」

 それは断じて違うと雄二が抗議しようとした時、芳樹の隣の男子が話し掛けてきた。

「お前すげえよ。俺授業中笑うの我慢するの大変だった」

 また別の男子が寄って来た。

「俺もちょっと鼻水吹いちまった」

 いつの間にか、芳樹の席を中心に何人か男子が集まってきていた。

「他にどんなのがあるの?」

「淫乱姉妹報復の館とか」

「なんか親父臭いな」

「じゃあこっちの妖魔戦隊エレクチオンはどう?」

「おー、こんなんがあるんだ」

 そこには雄二の望んでいたけど望んでいない風景が広がっていた。

 ふと雄二は気付いた。ひょっとして自分も仲間と思われているのだろうか。

 これ以上誤解を受けると、正常な高校生活が送れなくなる、そう思った雄二が自分の席に戻ろうとした時、芳樹の声が聞こえてきた。

「あー、人妻好きの人、もう一つ人妻物があったからこれ貸してあげるよ」

 差し出された芳樹の手には、なんというか邪悪な書物が乗っている。クラス全員が注目する中、雄二は決断を迫られた。

 なんとなくいい感じになってきた雰囲気を無視して本を床に叩きつけるか、おとなしく受け取るという二重の意味で大人の対応をするか。

「……ありがとう」

 雄二は心で泣きながら大人になった。

 クラスはこれをきっかけに段々と打ち解けていき、休み時間にあちこちで談笑する光景がみられるようになった。

 雄二の願いはかなえられた。いろいろと微妙な犠牲をはらったが、より良い学生生活のためならば

「お、雄二。人妻螺旋地獄のDVD見た? あれすげーよな」

「……見てない」

「え? 見てないの?」

 すっかり人妻マニアと思われてしまっている。ひどい誤解だ。

「雄二、これ読む?」

 芳樹がニコニコと笑いながら、見るからに黒い瘴気が立ち昇りそうな書物を差し出す。

 あれから芳樹と仲良くなってしまった。雄二はさらに誤解が加速しているような気がしていた。

 だが、いつか誤解は解けるはず。雄二は希望と黒い瘴気が立ち昇る本を手に、輝ける未来へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ