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わらい

作者: 高宮

男はにやりと笑った。うれしそうに笑った。男の手は震え、頬はゆるみっぱなしだった。右手にはシャーペンが握られていた。そしてその手は震えていた。

おちつけ、と男は自分に心の中で言い聞かせた。男の目の前にあるA4のコピー用紙には一人の女の子の顔の絵が描かれていた。今、男が描いているものであった。

なぜここまで男が自分の絵にほれぼれしているか、それは当人しかわからない事実であった。それは男が一人きりで絵を描いているからでもあり、また当人の認識のみでしかその感動を理解できないからでもあった。

男は思った。これは俺の絵柄ではない、と。まったく新しい絵柄を描くことができたと。

それは確かにそうであった。どこかふんわりとした顔つきのその絵は、いつも彼の手より生み出される絵の姿ではなかった。

その絵を見る彼の眼は歓びにあふれていた。彼自身、「殻」を一つ破った気になっていた。

慎重に描かねばならない、と、彼は彼自身に強く自戒した。この機を逃せば、成長できないかもしれないと、彼自身思ったのであった。

そして彼は絵の髪の毛やポーズを深く思案した。その絵の顔は正面を向いてしまっているため、静的な絵しか描けないものになっていた。しかしどうしても動的な絵にしたい彼は、あれやこれや線を引き線を消しまた線を引きそして消しを繰り返した。

やがてある程度イメージが彼の中で育っていった。やはりそれは静的な構図であった。

存外に彼はこのころになると、平常心を保ち始めていた。そして自分自身の絵をよりよいものにするため、より慎重になりはじめた。

まず、彼が始めたことは絵の手本を見つけることであった。いつもはイメージの進むままに必要最低限なにも見ないようにしていた彼だったが、今回はそうではなかった。

そしてその「手本」を探しだし、なめるように凝視した。あらゆる「手本」を見つめに見つめた。

そのうち彼は「手本」を見るうちに、自分が描こうとしている絵が、どうしようもない駄作にしか見えなくなり始めた。繊細さも構図も発せられる魅力も、何もかもがどうしようもないと、そう思い始めた。

彼は嗤った。自分自身を嗤った。

どこまで愚かなんだと、うぬぼれているのだと、そう思った。自分の絵の矮小さはまったくもって甚だしく見るに値しないどうしようもないものだと、そう思い嗤いに嗤った。

革新などは確かに俺の中では起こったのかもしれないが、しかしながらそれは、俺の中の話にすぎないのだなと、そう思うよりほかになかった。

朝はいつも以上に、妙に肌寒かった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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