20話
「それで、なんでこのビッチが一緒に行くことになったのかしら?」
「母さん、これには海よりも深く山よりも高いのっぴきならない事情ってのがあるんだよ」
「はめられたのね」
「ぐふっ」
「今日からまたよろしくお願いします、お義母様」
「殺すわよ、クソビッチ」
母さんが鋭く睨んでもニヤニヤをやめないビッチ改め、クソビッチ。
だから間に挟まれているクソビッチの侍女さんが青い顔をしている。
本当にかわいそうだな、この人は……。
「あらあら、まあまあ、もしかしてギリスは私よりうちのマギーの方が好みなの? 確かにこの子はリシャ様みたいに」
「黙れ、クソビッチ」
「あのねぇ、私にはコレットってかわいい名前があるのよ、そっちで呼んでよね」
「……」
「ギリス様、すみません」
「ノルゥはなにも悪くないよ。あのクソビッチの策略にまんまとハマった俺が悪いんだ」
しょんぼりとしているノルゥにフォローを入れておく。
まさかノルゥも同情して助け舟を出したら、それが仇となって帰ってくるなんて夢にも思わないもんね。
だけど世の中ってのはだいたいみんな自分のことしか考えていないのだから、同情して助けたところでその時は感謝されたりしても時が経てば忘れられてしまったりするもんだよ。
まあ、あのビッチの場合は時すら経たずに忘れるというかたぶん初めから感謝など微塵もしていないんだろうけど……そもそもクラスメイトとしてノルゥが優しいことも計算に入れて作戦を立案して俺たちをハメてきた可能性すらあるからね……まったく油断も隙あったもんじゃないよ。
「私だってノルゥには感謝してるわよ。血も涙もないギリスとは違って優しいもの」
「よし、馬車を止めてそこのビッチは捨てて行こう」
「そうね、盗賊がよろこんで拾うわよ。アホとアホでお似合いだわ」
「ちょっ、ちょっ、待ちなさいよ」
「待たない」
「待たないわ」
「もう騙されませんよ」
俺たちが三人が満場一致でビッチの馬車からの追放を決めるとビッチが慌てた様子で、「悪かった、悪かったって」と謝る。
「本当に申し訳ありません。うちのお嬢様は謀がうまく行くとすぐに調子に乗ってしまうんです」
「なにを言ってんのよ。マギー」
「だって本当のことじゃないですか、私がバカだったのよ、とか言って泣いていたくせに……」
「うぐっ」
ビッチが大袈裟に胸を抑えるとマギーさんが、「お嬢様は頭がいいんだから、謀なんて考えないで真面目に生きればいいのに」とつぶやく。
まったくその通りだからもっと言ってやってほしい。
「君さ、本当にわかってんの? 結果を出さなかったらすぐに放り出すからね」
「わっ、わかってるわよ。私を誰だと思ってんの?」
「アバズレなビッチのアホでしょ?」
「ちがぁぁぁう。天才美少女魔導具師、コレットちゃんよ」
「あのさ、自分で天才とか美少女とかちゃんとか言ってて虚しくならないの?」
「ならないわよ。本当のことだし」
「さようですか」
非常に残念なことにゲームでは天才魔導具師だったし、本当に不本意なんだけど確かに顔だけはいいんだよ。
いちおうヒロインなんだし……ってかさ、やっぱりあのクソゲーは大丈夫なの?
こんなのがヒロインとか終わってるよね?
いや、そもそも終わってたね、クソほど不快にさせられたし。
「もういいからさっさと魔導回路とかいうのを考えなよ」
「じゃあ、見せてよ」
「っん?」
「あんたのスケルトン見せてって言ってんのよ」
「いや、普通に嫌だけど?」
「なんでよ」
ビッチが首をコテンとかしげたが本当にわからないならいよいよやばいね、こいつは……。
「普通に考えて敵に見せるわけないよね? やっぱりアホなんだね」
「アホアホうるさいのよ、アホ」
「じゃあ、言われないように少しは考えてからものを言いなよ、アホ」
「ぎぎぎぃ」
顔をしかめて歯軋りするビッチをマギーさんが、「お嬢様は行儀が悪いですよ」と諌めるが、こいつは行儀の問題じゃないと思うよ。
「ちゃんと見せてくれないと考えられるわけないじゃない」
「なんとかしなよ、天才ビッチ魔導具師なんでしょ」
「だから、ビッチじゃないわよ」
どの口が言ってんの?
はぁ、なんでこんなのにちょっとでも期待してしまったのか……まあ方向性はわかっているんだし、他の魔導具師を当たればいい話だね。
「ちょっと見せなさいよ」
「だから嫌だって言ってんの、なにが悲しくて自分の切り札を敵に見せなきゃいけないんだよ」
「そうよ、イチローちゃんたちが汚れるわ」
「イチローちゃん?」
「アイアンスケルトン家の真面目でしっかり者の長男よ」
「はぁ?」
ビッチが目を見開いて俺を見る。
「あんた、スケルトンに名前を付けてんの?」
「悪いか」
「友達いないもんね」
「うるさい、やい」
「あなただって友達と呼べる人なんていないのではないのですか?」
ノルゥが言うとビッチが顔をしかめた。
「そういえば、王女殿下とか公爵令嬢とか聖女とかいいの?」
「いいのよ。そもそもあの人たちは私のことなんて眼中外だったし、カインとのことがバレてからハブられてたし」
「おおぉ、そうなんだ、どんまい」
「同情するなっての」
「するわけないよね、ざまぁ」
俺が言うとビッチが、「ぐぬぬ」と悔しがり、マギーさんとノルゥが揃ってはぁとため息を吐く。
「ってか、そもそも王女殿下なんてハルトからも距離を取ってたよね」
「ああぁ、あれね。国王からの指示らしいわよ。ハルトってよりカインたちから距離を取ってるみたい」
「おいおい、うちの乗っ取りを王家が主導しているなんてこと誰でも知ってるよ」
「なんかソレっぽいねと間違いなくソレは話が違うでしょうが」
「まあ、そうか」
つまり王女殿下が自身で距離を取ったわけじゃないから、ほとぼりが冷めればまたハルトのところに戻るってことなんだろうね。
もしくはハルトがゲス野郎のカインたちから距離を取ればとか……というか、他のヒロインたちはどうしたんだ?
確かあのクソゲーだとこのビッチのあとは西部の女の子のストーリークエストに速やかに移行したはずなんだけど……。
いや、俺が知らないってだけで水面下でストーリーが動いている可能性もあるのかも。
「他の子はどうしたの? 他にも女の子たちがいたよね?」
「ああぁ、あの子たちはそのぉ」
「その?」
「あんたは知らないだろうけど、婚約者の家とゴタゴタしたのよ。それこそ婚約破棄の代わりにこれまで支援してきた金を返せ、みたいな話もあったらしくて」
「渋々離れたってこと?」
俺が聞くとビッチが目線を逸らして頬を掻く。
「いやぁ」
「いや?」
「ハルトが他の子にも君だけ的なことを言ってたらしくて」
「ああぁ、浮気男の常套句ね」
「それでぇ」
「それで?」
「言わせようとするんじゃないわよ」
「人に言えないようなことをしたのは君じゃないか」
「ぐぬぬ」
どうせ君だけとか言われていたのに裏でビッチとよろしくやっていたことがバレて、他の女の子たちは離れて行ったってことだろうね。
なんで浮気男ってのは簡単にバレるような嘘をつくのか……男同士だって仲間内であの子と出かけたとか話をするのに、女の子たちは話さないとでも思っているのだろうか?
「でもなんだって私からだったんだろ?」
「そんなのチョロそうだったからに決まってるでしょ」
「チョロ……」
「一番ザコから倒すのは戦いの基本だよね」
「ザコ」
「端からハルトは倒しやすそうなやつからさっさと片付けて、次に行くつもりだったんだよ」
「……」
「どうしたの?」
「いやぁ、わかってはいたんだけどね。やっぱりなんか少し期待してたっていうか……」
ビッチがうつむくから思わず笑いそうになったけどやめておいた。
ここはさすがに笑ったらダメだよな、本当ならざまぁって笑って言ってやりたいけどさ。
こいつは真剣にハルトのことが好きだったのかもしれないし、人の失恋を笑うのはちょっとゲスすぎる。
「なんかごめんね」
「なにが?」
「そのぉ、元婚約者からこういう話を聞くのは」
「ああぁ、全然大丈夫だよ、なんなら嫌いだからざまぁとしか思わないし……」
「……」
「っん?」
急に泣き出すから俺は首をかしげる。
「前のあんたはどう思ってたんだろうね」
「記憶がないからわからないけど……どうでもいいとは思ってなかったんじゃないの、怒ったりしてたんでしょ?」
「……うん」
「だけど君たちが殺したから知る由もないね」
「殺したって……」
ビッチが目を見開くから思わず苦笑いになった。
「あのさぁ、母さんやノルゥたちが受け入れてくれているからいいものの、今の俺と君の知ってるギリスが同じだとでも思ってんの?」
「それは……」
「残念だったね、唯一君を大事にしてくれたかもしれないやつなのに」
ビッチが両手で顔を覆って泣くとマギーさんだけが、「お嬢様」と声をかけた。
なに泣いてんの?
ギリスを殺したのは君たちだよ……。
休憩のために馬車が止まると泣いているビッチを落ち着かせるためにマギーさんがビッチを連れ出した。
二人が出て行って馬車の扉が閉まるとノルゥが、「あんなことになるとは思わなかったんだと思います」とつぶやいた。
「ノルゥ?」
「学園に入学してから私もコレットさんもずっと一人でした」
「それはやっぱりうちの寄子だからかしら?」
「はい、クラスには王女殿下とアリアンナ公爵令嬢がいたので」
ノルゥがぎゅっと顔をしかめた。
「私の家とコレットさんの家は共に王都に近くそれぞれにラグズリーフェルト領に繋がる大きな街道が通っているので、ライバルというかそんな間柄なんです。だから、私たちも一緒にいなかったのですが、こんなことになるなら私が……」
「それは違うわよ。ノルゥのせいじゃないの。もしそのことについて咎められるのだとしたら私たちラグズリーフェルトよ」
そうだろうね。
そもそもラグズリーフェルト伯爵家が王家や公爵家の面に泥を塗りさえしなければ、ノルゥやビッチが学園で一人になることなんてなかったはずだ。
そのことについて、ノルゥが気に病む必要はないね。
「それぞれ一人だった私たちに声をかけてきたのは、ハルトとカインでした。私はカインが言うギリス様に対する陰口が嫌で一緒に行動しなかったのですが」
「コレットは一緒に行動することにしたのね」
「そうだと思います、たぶんギリス様の婚約者でもあったので、私より、そのぉ」
「酷い扱いを受けていたんでしょうね」
目に浮かぶな、俺ことギリスだって次期伯爵の伯爵令息なのに学園を歩けば遠巻きにされて、ひそひそと陰口を叩かれるんだから、ギリスの婚約者で将来のラグズリーフェルト伯爵夫人となる子爵令嬢のビッチは露骨ではないにしろ、もっと酷い扱いを受けていたに違いない。
「実は決闘の前に考え直すように止めたんです」
「えっ?」
「だけど、コレットさんは、本当に婚約破棄をしたいわけじゃないのよ。だけど、ギリスが心を入れ替えてくれるきっかけになると思うって言ってました」
なんだよ、それ、それじゃあ、まるで……。
「じゃあ、なんでハルトってあの男爵令息に身を委ねたの?」
「噂でしかないのですが、君を愛しているから君のために命をかけて決闘までしたんだ、僕を信じて身を委ねて欲しい的なことを言われたらしいです」
「「はぁ?」」
「命なんてかけてないよね?」
「愛しているならなんでコレットの領地の盗賊たちの掃除にギリスが行くのよ。アホなのあの男爵令息は?」
「コレットさんも何度も頼んだらしいのですが、あのクズは今はいけないとしか答えなかったそうです」
どうせ、後ろ盾であるアリアンナとアリアンナの実家のハウゼンベルク公爵家から、あのビッチから距離を取れとか言われたんだろうとは思うけど……それにしてもさすがにそれはいくらなんでもないよね。
それで困ったポルグヤック子爵は王家に泣きつき、王家が俺に命じて俺が来ることになったって、どうかしてるね、ハルトは。




