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アステリア組曲 ~微笑みは誰のための祝福か。時を越えた約束が、世界を奏で始める~  作者: 沙莉
混乱への序曲(オーバーチュア)

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第1話  異世界名の初めまして

「俺は、地球人じゃない。吉田拓哉も偽名だ。本当の名は、ラナディート・エルハラードという」


唐突に始まった、吉田くんの自己紹介。


わたしの目をじっと見つめて、彼は淡々と話続けた。


「地球とは違う空間にある、アステリアという世界から来た。その世界は、4つの領地に分かれている。

全てを束ねているのが、アステリア皇帝ハルバーシュタット・カーロス・ロベール・エルハラード・アステリア陛下。きみの父上だ」


……どうしよう。

また、頭が真っ白になってきてしまった。


目の前の、めちゃくちゃかっこいい人が、唇を動かしているのは分かるんだけど。


その言葉が、全然頭に入ってこない。


「アステリア皇室は、代々男系で女子は生まれない。だが、数百年に一度だけ、女子が誕生するんだ。その子は、類まれな魔力と知力を持ち、その微笑を得られた者には未来永劫の幸福が約束される。

だから、アステリア皇室の血を受け継いだ女性は、『祝福の女神』と言われる……ここまでは大丈夫?」


吉田くんは、わたしを覗き込んで確認してくれるけど。


……っ! いつの間に隣に!!


わたしは弾かれたように、立ち上がって机の方へ逃げてしまった。

そして吉田くんの困ったような顔を見つめて、顔を引きつらせてしまった。


「あのさ、吉田くん、ゲームのやりすぎとか、漫画の読みすぎとかじゃない?」


「……藤森さん」


そうわたしを呼んだ吉田くんは、ゆっくりと立ち上がってわたしの前に立った。


近い! 近いから!


だけど、怯えたわたしに触れず、吉田くんはわたしをじっと見下ろした。


「本当は、きみの名前を呼びたい。レーリア……レーリア・チュニス・エルハラード・アステリア。それが、きみの名だよ」


「レーリア……?」


わたしが繰り返すと、吉田くんは何とも言えないあったかい微笑で頷いた。


「そう、レーリア。さっきの連中を見ただろう?あいつらは、アステリア内の国の一つ、ティリシア国の者だ」


「ティリシア……」


そういえば、そんな名前を吉田くんが戦っている時に言っていたような気もする。


でも、でも。

現実だと言われ、受け止められる!?


わたしは実は、地球人じゃありませんでした。


アステリアとかいう国の、何とも珍しいお姫様でした。


有り得ないって!


「あのさ、吉田くん……」


「レーリア、いや。その呼び名はまだ早いかな。彩花って呼ばせて。彩花、今だけでもいいから、俺の名を呼んでくれないか」


わたしが言葉を紡ごうとしたのを止め、吉田くんは笑みを消して、真剣な眼差しを向けた。


だから、吉田くんって、呼んでて……


「ラナディート……それが、俺の本当の名だよ。幼い頃のように、ラディ、そう呼んで欲しいんだ」


吉田くんのわたしを見下ろす視線が、あまりにも真面目で、とても冗談を言っているように思えなくて。


それに、目の前で繰り広げられたあの非現実的な戦いに、お母さんに施した催眠術みたいな魔法。


わたしは、自分で意識しないうちに声を出していた。


「ラディ……?」


「レーリア……!」


吉田くん……いや。ラディは、感無量な面持ちでわたしの頬に手を当て、わたしがびくりと体を強張らせるのを見て、

少し切なそうな表情を浮かべたけれど。


でも、そのままわたしの頬をずっと撫でていた。


「ゆっくりと、説明していくから。だから、俺の存在を認めて。今はまだ、『藤森彩花』のままでいい。そのままで、とりあえずは『吉田拓哉』を受け入れて欲しいんだ」


これは、告白されたのだろうか。

そんな、まさか。こんな男性に対して臆病な、わたしに限って。


よく分からないけれど、今のわたしは、頷くしか出来なくて。

そんなわたしを、何とも言えない瞳の色で見つめたラディは、すごく嬉しそうだった。


わたしの両親と食事をしているときは、あんなににこやかだった吉田くんことラディは、次の日会社に行くや、仏頂面を絵に描いたような人になってしまった。


道を歩けば、これだけ格好いい人だもの。顔を赤らめた女性社員に声を掛けられるけれど。

必要最小限の返事しかしない。


「吉田くん、今日コンパあるの。ぜひ参加してくれない?」


「すみませんが、そういうのは苦手なので」


「ねえ、拓哉くん、お昼ごはん一緒に食べない?」


「営業に回りながら済ませますので」


にべもない、とは正にこのこと。


だけど、吉田くん(面倒くさいから、会社でのことはこう呼ぶことにする)は、わたしを見るときにはいつも微笑を湛えてて。


わたし、男の人苦手なのに。


なのに、さりげなくエスコートされたりとか、通りすがり際に優しく髪を撫でられたりすると。


どきどきして、止まらなくなる……。



何だか仕事にならない仕事をしつつ、外回りをしていたわたしと吉田くん。


お昼を大分過ぎてしまった時間に、ファミレスでランチを取った。

何も聞かずに、ドリンクバーでわたしにアイスコーヒーを持って来てくれた吉田くんに礼を言いつつ、疑問をぶつけてみることにした。


「ねえ、色々聞きたいことがあるの」


わたしの前に座った吉田くんは、にっこりと笑って促してくれた。


ううーん。笑うとこんなに素敵なのに。

なんで普段はあんなに無愛想なんだろう……。


まあいいや。とにかく、質問してみよう。


「あのね、ラナディートが本名なんだよね? 吉田拓哉は偽名だよね?」


吉田くんは、オレンジジュースをストローでくるくると掻き混ぜながら頷いた。


オレンジジュース……そうなんだ……。


「なんでその名前を選んだの?」


「……まずは聞きたいのが、それなんだ」


吉田くんは苦笑するけれど。

だってだって、吉田拓哉って、どっかで聞いたことあるような名前なんだもん!


吉田くんは、一口ジュースを啜ってから、簡潔に答えてくれた。


「彩花のお父さんの好きな歌手から頂いた」


「……えっ、ま、まさか」


吉田くんは、笑みを深めて頷いた。


「そう。吉田拓郎。いい曲ばかりだよね。彩花も好きだろう? アルバムが部屋にある」


「何で知ってるのー!?」


「彩花のことなら、何でも知っていると言っただろう?」


吉田くん……そうなんだ、そんな簡単に名前を決めてしまったのね……は、嬉しそうに笑って、


「他には? 何でも答えるけど」


そう正面から言われると、質問てしづらいよね……。


「何で突然、こっちの世界に来たの? だって、今までずっと、こっちに来なかったんじゃないの? わたしに突然興味が出てきたとか?」


「それは違う」


わたしの言葉を、吉田くんは真っ向から否定した。


そして、テーブルの上に置かれたわたしの手を、ぎゅっと握り締めた。


包まれる、大きな手に。

心臓が、どくんどくんと早く鼓動する。


手を引っ込めたいのに、それを許さない力強さ。


……やっぱり、男の子って、怖い……。


吉田くんは、指先でわたしの手を撫で、首を傾げるようにして、わたしを覗き込んだ。


「ずっと彩花のことを見てきたよ。きみの存在を知っていたのは、俺と、きみの父上である皇帝陛下、それにきみの兄上達だけだった」


「え、わたしお兄ちゃんいるの?」


「ああ、二人ね。それだけだったのに。きみに掛けられた封印の力が、少しずつ弱まってきたんだ」


「ふういん……」


「そう。その髪、地毛だろう?」


吉田くんのもう片方の手が、わたしの髪にそっと触れた。

思わずビクリと震えると、吉田くんは笑みを少し寂しそうなものに変えて、髪から手を離した。


そう、わたしの髪は吉田くんのように真っ黒じゃない。明るい茶色で、まるで染めたよう。

実は、去年あたりから、真っ黒だった髪が、自然に茶色くなってきてしまったのだ。


染めていると誤魔化しているけれど、本当はどうしてなのか分からなかった。


瞳の色も、以前は漆黒だったのに。今は焦げ茶色になってしまっている。


「このまま封印の力が弱まっていけば、以前のレーリアの髪と瞳の色に戻るだろう。……そして、封印していた魔力も、段々外へと漏れ出しているんだ。それにアステリアの各国が気づいてきた」


元の、わたしの髪と瞳の色……どんな色だったんだろう。


聞くのが、少し怖い。


吉田くんは、ふと笑みを消してわたしから手を離した。


ランチが運ばれてきたからだ。


わたしが頼んだのは、チキンのグリル。吉田くんは、ランチハンバーグ。


店員さんが、吉田くんを見て頬を染めて、そっと料理を置いてくれるけれど、吉田くんはふいと窓の外を見たっきり。

愛想が無いったらない。


「ねえ、少しは微笑んであげるとかしないの?」


こっそりそう聞くと、吉田くんは驚いたようにわたしを見た。


「何で、そんな面倒なことを」


面倒なんだ……。


そして、その後吉田くんの口から、すごい発言が。


「俺が地球へ来たのは、友達を作りたいためじゃない。ただ、彩花を護るためにきたんだ。他のために使う労力は無いよ」


それを聞いて、わたしは何だかとてつもなく恥ずかしくなってしまって。


思わず、


「あんなにプレゼンも営業も上手なのに。地球でも充分やっていけるよ」


そう言ってしまったら。吉田くんは、ふわりと暖かい微笑を浮かべた。


「彩花のためだから。彩花の力になれるなら、俺はどんなことでもするよ」


どうしよう。


恥ずかしいのに。


まだ、触れられたり、側に来られると怖いのに。



心臓のどきどきが止まらない。



吉田くんの、この微笑が、わたしだけのものだと知ってしまったわたしは。


これから彼とどう付き合っていけばいいのか、分からなくなってしまっていた。


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