第1話 異形の怪物とスーツと剣
「な、何、あれ……」
わたしは思わず、吉田くんの背中にしがみついた。
ゾンビもどきが、倒れこんだ通行人の男の人をまたぎ、わたし達に近づいてくる。
気持ち悪い!何か、液が垂れてるー!!
吉田くんは、低く舌打ちをすると、手を空に向けてかざした。
そして何かを呟くと、きぃぃん、と耳鳴りのような音が響き渡る。
すると、今までの喧騒が嘘のように、通行人たちが誰もいなくなってしまった。
「結界を張った。これで、地球人たちには危害は及ばない」
地球人!?結界??
何、それー!
「あの、あの、吉田くん……」
「藤森さん、ああ、あそこに隠れていて」
吉田くんが指差したのは、コーヒーショップの看板の奥。
わき道があって、向こうにいるゾンビもどき達からは死角になりそう。
「でも、吉田くんは!?」
わたしが戸惑ってしまって、吉田くんから手を離せずにいると、彼はわたしの手をぎゅっと握り、そして微笑んでくれた。
「大丈夫。きみは俺が、護るから」
どきん。わたしの心臓が、音を立てて高鳴ったような気がした。
吉田くんは、わたしの背中をぽんと押し、それを合図にわたしは全速力で、横道へ滑り込んだ。
そこから目だけを出して、吉田くんを伺った。
わたしが走り出したのを見て、安心したんだろう。吉田くんはわたしに背中を向けて、真横に手を上げた。
すると、何も無い空中から、一振りの剣が現れる。
……夢でも見ているのだろうか、わたしは。いや、夢の続きを見ているのか、わたし。
鞘をその場に置き、吉田くんは剣で襲い掛かるゾンビもどきをなぎ払った。
ゾンビもどきの首が……うぇ、もげた……のに、すぐにまた繋がってしまう。
腕や足を吉田くんの剣がなぎ払っても、同様にすぐに復活してしまうゾンビもどきに舌打ちし、吉田くんは目線を頭が牛で、背中に羽をつけている異形のものに目を向けた。
「ティリシアの者か!」
「くっくっく……そうだ。祝福の女神の居所を、やっと見つけたのでな。お迎えに上がったのだ」
「祝福の女神は……レーリアは渡さん!」
あの牛鳥、喋れるんだ……って、そんなことで驚いている場合じゃない。
祝福の女神? レーリア?
何のことなんだろう。
吉田くんは、紺色のスーツの上着を脱ぎ捨て、膝をぐっと曲げた。
「やああー!」
気合の入った声を上げ、吉田くんの体が軽々と宙を舞った!
振り上げた剣が、牛鳥の頭部を叩き割ろうとした、その時。
バチン!と激しい音がしたと思ったら、吉田くんの体が弾き飛ばされた。
何が起きたんだろう……!?
吉田くんは、そのままくるんと一回転し、華麗に着地をした。
すごい、猫みたい!
そして再び、勢いをつけて剣を振り上げる。
足は、襲い掛かるゾンビもどきに蹴りを入れつつ。
牛鳥は、自分の羽を一枚引き抜くと、それに息を吹きかけた。
すると、その羽が大きな斧に変わった。
吉田くんの剣を、斧の柄で受け止め、そのまま薙ぎ払う。
体勢を崩した吉田くんの頭上に、斧の刃が降りかかる……!
「危ない、吉田くん!!」
思わずわたしは、隠れていたのを忘れて、身を乗り出した。
僅かに身をよじり、その一閃を避けた吉田くんの向こうで、牛鳥がわたしに目を向けた。
「見つけた……」
牛鳥は、そう呟くや、にやぁーっと笑った。
ひぃ、怖い! 怖すぎる!!
吉田くんは、牛鳥がわたしに気をとられている隙に、剣を思い切り跳ね上げた。
宙を舞う斧が、わたしの方へと飛んでくる。
「ぎゃー!」
思わず上げた悲鳴に、牛鳥は見るからに動揺し、わたしに手を翳した。
わたしの前に薄い膜が張り、斧がわたしに激突する前に跳ね返った。
……わたし、牛鳥に助けられてしまった……?
吉田くんは、目を眇めてわたしが大丈夫なのを確認すると、手のひらを牛鳥に押し付けた。
「悪く思うなよ」
そう言って、何だか分からない言葉を短く呟くと、吉田くんの手から眩しい光が放たれた。
それはそのまま、牛鳥の腹部を貫通し……
牛鳥は、お腹に穴を開けたまま、ゆっくりと後ろに倒れていった。
牛鳥の眼差しは、最後の光が消える瞬間まで、わたしを見ていた。
そして口元は、僅かに緩んでいたように思えた。
ゾンビもどきは、牛鳥が倒れたと同時に、泥のように崩れ落ちた。
きっと、牛鳥がゾンビもどきを操っていたんだろう。
……終わった。怖かった……。
わたしはへなへなとその場に崩れ落ちてしまった。
吉田くんは持っていた剣を一振りし、血を払い落とすと、それを鞘に収めて宙に掲げる。
すると、不思議なことにそれがふと消えてしまった。
「大丈夫?藤森さん」
吉田くんは、上着を拾い上げて軽くはたき、わたしの元へと歩み寄ってきた。
その眼差しは、限りなく優しくて。
さっきまで、剣を持って振り回したり、何だか分からない魔法みたいなのを使って戦っていた人と思えない。
わたしは、きっとぽかんとした顔で吉田くんを見上げていたんだろう。
彼は、穏やかな笑みを浮かべて、片膝をついてわたしを覗き込んだ。
「怖かった?」
「う……うん……」
怖かった。確かに。
だけど、今、目の前にいる吉田くんも、少し怖い。
わたしを護って戦ってくれたのに、すごく失礼だけど。
でも、どうしても、男の人って苦手でしょうがない。
吉田くんは、端正な顔を、ずいとわたしに寄せた。
思わず、座り込んだまま、一歩下がってしまうわたし。
吉田くんは、少しだけ傷ついた表情を浮かべたけれど、でもすぐにそれを消して、再びにっこりと笑って両手を広げた。
「え?」
目の前に、真っ白なものが。
それに、何だか息苦しい。
「……えええー!?」
吉田くんが、何の前触れもなく、わたしをぎゅっと抱きしめたのだった。
「ちょちょちょ、ちょっと、吉田くん!?」
「……怪我はないか?」
耳に心地いい、低い穏やかな声。
わたしはきっと、顔を真っ赤にしてしまっただろう。慌てて手をばたつかせた。
「ない! ないから離して!」
「ごめん、もう少しだけ。やっと会えたんだ。だから……」
吉田くんは、腕の力を更に込めて。
苦しいよ。それに恥ずかしいし、……吉田くんの心臓の音が聞こえてきて、吉田くんの胸がわたしの顔に当たってて。
「ずっと、会いたかった……」
そう耳元で囁かれると、わたしはパニックを超えて、頭が真っ白になってしまった。
きっと意識を失ってしまったんだろう。
次に気がついた時は、自分の部屋の、わたしのベッドの上だった。




