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アステリア組曲 ~微笑みは誰のための祝福か。時を越えた約束が、世界を奏で始める~  作者: 沙莉
裏切りの狂想曲(カプリチオ)

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第4話 マリーンブルーの瞳、意地悪な微笑

わたしを強く呼ぶ声。


わたしを誰かが揺すってる。


なあに? 眠いのに。


「……か、彩花!!」


「もう、何!? うるさいな!」


わたしは思わず大声を上げてしまった。


至近距離に、濡れた烏の羽のような黒髪と、同じ深い色の瞳。


長い睫に、流線を描いた眉。


「よよよよよよ、吉田くん!!」


わたしはびっくりしてしまって、手足をばたつかせた。


吉田くんは、声に出すほどの深い溜息をついて。

そして、わたしをぎゅっと抱きしめた。


真っ赤になってしまったわたしの髪に、顔を埋めて、耳元で小さく囁いた。


「良かった……終わったよ、彩花。怪我はない?」


「う、うん。吉田くんは?」


戸惑いながら聞くと、吉田くんはくすりと笑って、わたしから身体を離した。


「俺は大丈夫。ちょっと待って?」


そう言うや、向かいのビルの屋上あたりに目を向けた。


ああ、さっきから気にしていた、あのビルだ。


「ポワン、いるんだろう、降りて来い!」


えええ!? ポワン!?


わたしが目を見開いていると、我が家の愛犬……ならぬ。


わたしの使い魔ならしい、ポワンが姿を現した。


「まあまあまあ、彩花様、どこもお怪我はございません!? 途中までしか見ていませんでしたけれど、それは恐ろしい使い魔達でしたわねえ。アタシの美しさがますます際立ってしまうほどの醜さ。ティリシアの使い魔はグロいとは聞いていましたけれど、今日初めて見ましたわ。まあ何て恐ろしいこと」


そう弾丸トークで捲くし立てるポワンを、吉田くんはうんざりしたように抱き上げた。


「もういいよ。それで? 呼んできたのか」


呼んだ? 誰を?


わたしが首を傾げると、ポワンは困ったように、わたしと吉田くんを見比べた。


「ええ、だってラディは必要ないといつも言うけれど、アタシにとっては彩花様はそれは大事なお人ですもの。ましてや、あんなグロい使い魔に囲まれて……そうそう、ラディ、あんただって何気なくピンチだったじゃないの! それでアタシがただ見ているだけなんて、出来るわけ無いでしょ!?」


「……結局、間に合わなかったけどな。でも、呼んだのか……」


吉田くんは、喚き立てるポワンに、再び溜息をついた。


なになに?どういうことなの?


わたし一人が、状況を把握していない。ていうか、どうして由利ちゃんに勝ったのかも、よく分かってない。



……由利ちゃん……。



そうだ。


あの、由利ちゃんがわたしを狙ってた。王の座を欲しいからって。


信じてたのに。


大好きだったのに。


急激に、わたしの中で感情の波が押し寄せてきた。


「っ……う、ふぅ……っ」


声を出さないように、必死で我慢したのに。


吉田くんには、すぐにばれてしまった。


両手で顔を押さえて、泣き声を堪えていたわたしを、ポワンを下ろした吉田くんが抱きしめてくれた。


「我慢、しなくていいよ……」


耳に心地いい、低い声。


そうだね、吉田くん。


わたし、あなたを選んだ。


あなたに、わたしの傍にいて欲しかったんだ。


だから……でも……今だけ。


わたしはまるで子供のように、しゃくり上げて泣き出してしまった。


「彩花様……」


ポワンも涙混じりの声を出す。


何よ、あなたまで貰い泣きしなくてもいいのに。


でも、その優しさが嬉しくて。

吉田くんの胸が、広くてあったかくて。


わたしはひとしきり泣いてしまった。


「……口を挟むようで、申し訳ないのですが。あのティリシアの王女、死んでませんよ?」


……吉田くん?


わたしは顔を上げて、吉田くんを見上げると。

彼は、苦虫を潰したような表情を浮かべ、一箇所を見つめていた。


そちらに目を向けると、……外人さんだ。


ハニーブロンドが腰まで届き、後ろで緩やか一つに縛っている。


25歳くらいかな。涼やかな目元は、鮮やかなマリーンブルー。


ああ……この間、吉田くんにラディに戻ってもらって、見せてもらったあの青。あれに似てる。


そして、口元は、笑み一つ浮かべていなくて。無表情極まる、といった感じの人だった。


せっかくの美人さんなのにな。そう、この人、カッコいいというよりも、綺麗な美人だった。

男性に、美人ていうのって、失礼になるのかな……。


「シェニム……」


そう呟いた吉田くんは、素早くポワンを片手でつまみ上げ、その耳元に囁いた。


「お前! よりによって、どうしてシェニムなんかを!」


「だって、アステリア城で最初に会ったのが、シェニム様なんだもの!」


シェニム様? 誰、それ。


この人のこと?


ぽかんとしていたわたしに、金髪蒼目の男の人が近づく。


やだっ! 怖い!!


と怯えてしまうかと思っていたのに。

なぜか、全然怖くなかった。


じっとわたしを見下ろす彼の目線が、少し和らいだ。


「大きくなりましたね、レーリア」


「ええと……どちら様ですか?」


吉田くんの胸に抱かれての質問としては、あまりそぐわなかったかも。


男の人はそれに気付いて、白い手で、ぴしゃりと吉田くんの腕を叩いた。


「いつまで抱いているのです。もう、レーリアは泣いてはいませんよ」


吉田くんは眉を潜め、舌打ちでもしそうな表情で、わたしから手を離した。


知り合いらしい二人に挟まれ、わたしは戸惑うばかり。


「あの……吉田くん?」


わたしが彼を見上げると、吉田くんはわたしの髪を撫で、そして忌々しげに金髪の男性を紹介してくれた。


「彩花、彼は、シェニム・ケルトリング・テオドール・エルハラード・アステリア」


……長い。

最初のシェニム、だけ覚えればいいか。


っていうか、聞いたことある。


わたし、この名前を前に聞いて、覚えるのを挫折したんだ。


……エルハラード・アステリア……?


「きみの、下のお兄さんだ」


「久しぶりですね、レーリア。もっとも、私のことは覚えていないでしょうが」


シェニムさんは、わたしの手を取り、唇を寄せて。

そして僅かに唇を離して、わたしを見上げた。


真っ赤になってしまったわたしを見て、くすりと笑うその顔。


何だか、少し意地悪っぽい予感……。


「で。王女が生きてるって? 確信があっての言葉か?」


吉田くんはさりげなく、わたしをシェニムさんから引き離してくれた。


うう、シェニムさんは怖くはないけど、やっぱり吉田くんに触れられるほうが、まだいいかも。


シェニムさんは、軽く肩を竦めて頷いた。


その肩を竦める行為は、由利ちゃんのことなのか、吉田くんに対してなのか。

分からない。というか、知らない方がいいかも……。


「ティリシアに戻ったんでしょうね。気を引かれる感じを受けました。強制送還、といったところでしょうか」


「ティリシアは、今回の件は知らなかったということにするだろうな」


「そうでしょうね。表立ってしまえば、皇帝に対する反乱ですからね」


二人の会話の間に立たされ、わたしはきっと、自分のことなんだろうけど。


何だか居心地が悪い。


もぞもぞと身体を動かしていると、ふとシェニムさんはわたしを見下ろした。


「レーリアの魔力も、だいぶ外に出るようになってしまいましたね。さっきの力で、鍵が外れてしまったのかもしれないですね」


「そうだな……他の国に、気付かれる可能性もあるな」


吉田くんは、気遣わしそうにわたしを見つめてくれるけど。

わたし自身は、全然魔力なんて分かんない。


シェニムさんは、ポワンを摘みあげて、ぽんとわたしに放って寄越した。


「ギャー! なんて乱暴なんでしょ!! これでアステリアの皇子というんだから鼻でせせ笑ってしまいますわっ!!」


そう喚くポワンを無視し、シェニムさんは再び微笑を浮かべた。


……ちょっと怖い種類の笑みを浮かべるな、この人……。


「では、レーリア。一度アステリアに戻りますか」


「……はい?」


わたしは、後から考えたら、何て間抜けな返事をしてしまったのだろうと後悔した。


でも、この時は、こうとしか言えなかった。



戻る?


アステリアって……異世界に!?



目を見開くわたしに、シェニムさんは目で吉田くんに合図をしている。

合図っていうか……脅してる?


吉田くんは、それはもう、今日一番深い溜息を盛大に吐いた。


アステリアに、思いがけずに行くことになってしまったわたし。

そして拒否権は。わたしにも吉田くんにもないらしい。


ウソでしょ、怒涛の展開すぎるよ!


一体わたし、どうなるの!?

激闘の果てに救われた命。

涙とともに、わたしは「吉田くん」を、ラディを選んだ。


安堵するわたしの前に現れたのは、マリーンブルーの瞳を持つ美しき青年・シェニム。

「大きくなりましたね、レーリア」


語られる衝撃の事実と、強制的(?)な異世界への帰還命令。

拒否権なしの里帰りの先に待ち受けるのは、空飛ぶ竜と、新たな真実。


次回、新章「里帰りの小夜曲セレナーデ」開幕。

第1話「空飛ぶ竜と、秘密の手鏡」へ続きます。

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