第3話 祈りの光、守護の刃
全く、気付かなかった。
やられた、完全にやられた。
まさか、あの宮下さんが……ティリシアの王女だったなんて。
そして、ここ数日、俺たちを襲ってきた使い魔を、宮下さんが操っていたなんて。
俺は、彩花を救うべく、何体もの下級使い魔を切って捨てていた。
その間に、上級使い魔も、斧を振るって俺に襲い掛かる。
数が、多すぎる。
俺から、彩花の姿が消えて無くなりそうになる。
宮下さん……いや。
ユリシーダに捕らわれた彩花と俺の前に、使い魔が溢れかえる。
これだけの使い魔を操るとなれば、ユリシーダの魔力は相当なものだろう。
いや……さっきの魔法陣を見れば、それはとても俺が敵うものではないと分かる。
ならば。
俺の残りの魔力全てを、ユリシーダに向けて放ち、捨て身で彩花だけでも救うか。
そう決断しかけた俺の耳に、つんざくような、大きな悲鳴のような声が流れ込んだ。
「ラディ―――!!」
彩花だ。
俺を、呼んでる。
助けを、求めてくれるのか。
人前で、呼ぶのを恥ずかしがった、その名で、俺を……。
彩花の声が響き渡った瞬間、目の前にいた、彩花が言う「ゾンビもどき」が全て崩れ去っていった。
何が……起きたんだ。
目の前に広がるのは、動きを止めた上級使い魔達の隙間から、蹲る彩花の姿が見えた。
彩花の後ろにいた、ユリシーダが、呆然と彩花を見下ろしている。
俺も、目を瞠った……彩花の身体は、眩い黄金の光に包まれていた。
眩いけれど、柔らかい光。
それが、今、怯えて震えて……恐らく、混乱の極みにいるだろう彩花の身体を包んでいる。
「レーリア!!」
思わず、彩花と呼ばずに……レーリアと呼んでしまった。
彩花は、びくりと俺の声に反応した。
必ず、助ける。
俺の命に代えても。
きみが俺の名を呼んでくれた。
それが、俺の力になる。
俺は、剣を両手持ちに変えて構えた。
怖くて……怖い。でも、それだけじゃない。
一番は、きっと悲しくて。
あんなに信頼していた、大好きな由利ちゃんが、わたしを『レーリア』として求めていた。
そのために、わたしに近づいた。
もう、やだよ。
どうして、わたしなの?
普通でいちゃ、駄目なの?
もう、元の生活には戻れないの?
助けて。
お願い。お願い……
ふわふわとした場所に、わたしは漂っていた。
さっきまでの喧騒は、嘘のよう。
真っ白な世界。
牛鳥も、ゾンビもどきも。
吉田くんも、由利ちゃんもいない。
ただ、わたし一人が漂っていた。
『まだ、怖い?』
誰かがわたしに声を掛ける。
「怖いよ。逃げ出したいよ。早く、家に帰りたい……」
『そうね……。だけど、もう少し頑張ってみない? ほら、あなたの大切な人のために』
「大切な……ひと……」
『そうよ。あなたのために、命を賭して、戦ってくれている人。今、あなたの……いいえ。わたし達の力が必要なのよ。だから、勇気を出して?』
「ラディを……吉田くんを……わたしが助けてあげられるの?」
『ええ、そう。これからも、一緒にいたいでしょう?』
いたい。
傍に、いて欲しい。
暖かい眼差しで、わたしを見ていて欲しい。
まだ、この想いが恋なのか、分からない。
でも……怖くないの。
吉田くんに触れられても、もう怖くない。
『方法は、簡単よ。あの人のことを、思い浮かべて。そして、心の中で、抱きしめてあげるのよ。……微笑を、浮かべてね』
その声は、消え去るようにわたしの中へと吸い込まれていった。
何度か、あなたに抱きしめられた。
その、感触を思い出して。
吉田くん。
わたしの傍から、いなくなったら嫌なの。
だから……わたしの力、受け止めて……。
蹲ったまま、ぴくりとも動かなくなった彩花を、ユリシーダは呆然と見つめていた。
今や、もう上級使い魔も、大きくなっていく、彩花を包む光に触れ、全て姿を消していた。
「何て……強い魔力……これが、祝福の女神の力なのね……」
ユリシーダは、いっそ恍惚としたような表情を浮かべていた。
支配という力の恋に落ちた、ユリシーダ。
お前に、彩花を渡すわけにはいかない。
俺は、全ての魔力を指先に込め、それを剣に当てようとした。
ここで、俺の命が消えようとも構わない。
彩花を……レーリアを救うためならば。
だが、次の瞬間、彩花が立ち上がり、身体を大きくのけぞらせた。
彼女を包み込む、眩い光が彼女と溶け合い、交じり合い……そして一つの大きな球体になった。
それが、まっすぐに俺へと迸るように飛んでくる。否、俺の剣へ。
「まさか……! 微笑みの……!!」
ユリシーダの言葉は、俺には最後まで聞き取ることは出来なかった。
彩花の光の球は、勢いよく俺の剣へと激突し、その波動を受け止めるのに必死だった。
暴れる剣を押さえつけ、俺の腰は低く落とされ、何とか両手で支えている状態だった。
「くっ……!!」
あまりに強い、エネルギー。
だが、これなら。
「ユリシーダ!!」
俺は力の限り叫び、振り上げた剣を、ゆっくりと俺に顔を向けたユリシーダに振り下ろした。
先ほどの球どころじゃない。
剣から、膨張する光が、ユリシーダを襲った。
「きゃあああああぁぁぁ!!!!」
悲鳴を上げながら、ユリシーダは咄嗟に障壁を張った。
だが、それを突き破り、光は彼女全てを覆いつくした。
皮膚が焼ける、嫌な香りが漂う。
燃やされている。
眩い光は、ユリシーダを焼き尽くそうとしていた。
「レ……レーリア……さま……」
くすぶる手を突き出し、ユリシーダは目を宙に浮かせたままの彩花に触れようとした。
だが、俺が咄嗟に彼女の身体を引き寄せた。
ユリシーダは、悶え苦しみながらも、あの美しい顔に恍惚とした微笑を浮かべた。
「何て……素晴らしいの……」
そして、次の瞬間。
光が突如、消えてなくなった。
その渦中にいた、ユリシーダ共々。
斃した……のか?
レーリアの、力を借りて。
確証はないが、とにかく危機は逃れた。
俺は抱きとめたままの彩花の肩を、少し乱暴だが揺すった。
その目は、焦点が定まっていない。表情も、強張ったままだった。
「彩花、しっかりしろ、彩花!!」
戻ってきてくれ、彩花。
終わったんだ。
きみのお陰で、助かったんだよ。
彩花、もう一度その瞳に俺を映して。そして、俺の名を呼んで。
吉田くんでも、構わないから。
少しはにかんだような、きみの。
早く、きみの笑顔が見たい。




