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アステリア組曲 ~微笑みは誰のための祝福か。時を越えた約束が、世界を奏で始める~  作者: 沙莉
裏切りの狂想曲(カプリチオ)

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第1話 救いの手、裏切りの微笑

次の日。吉田くんの看病のおかげで、すっかり熱が下がった。


そして無事に、午前中の営業会議を済ませ、外回りに出た、わたしと吉田くん。


昨日のことがあるから、何だか怖かった。


だけど、こちらも何事も無く、無事平穏に帰社の時間を迎えた。


「よかった。今日は牛鳥、出ないみたい」


そうわたしが溜息を付くと、吉田くんはビルの上を眺めながら、小さく頷いた。


「そうだね。このまま終わればいいけど」


低い、耳に心地いい声で、何ていうことを言うの!


わたしは何だか背筋がぞっとして、自分の身を抱きしめてしまった。


もう、嫌。


牛鳥の、あの無機質な声も、涎を垂らしての笑みも怖いけど。


何が一番嫌って、ゾンビもどきよ!


得体の知れない液を垂らして、よたよたと歩いて。

手を前に突き出して、わたしに掴みかかろうとする、あの仕草が怖くて仕方がない。


わたしは、割とB級ホラーとか大丈夫だったのに。


やっぱり本物には敵わない。


もう二度と、ホラー映画なんか見るもんか。


「さて、帰って今日の報告書を出せば、終わりだな」


じっとビルの上を見ていた吉田くんは、わたしに視線を落として微笑みかけてきた。


どんな手入れをしているのか、艶やかな黒髪はさらさらしていて、風に靡いてる。

切れ長の目は、無表情でいると冷たそうな印象を与えるけれど、今はこんなにも暖かい笑みを刻んでる……。


この人と、キスしたんだ。


ふと思い出し、わたしは思わず吉田くんから目を逸らした。


恥ずかしい。


顔から火が出そう。真っ赤になってるのが、自分でも分かる。


「彩花……?」


会社では、藤森さんていう約束なのを忘れて、吉田くんは首を傾げた。


あれから、吉田くんはあの瞬間のこと……キスしたことに、一切触れなかった。


わたしが恥ずかしがるからかな。


それとも、わたしが覚えていないと思っているのかな。


あの瞬間、確かにわたしの中で、レーリアの記憶が少しだけ戻っていた。


だから、吉田くんも、わたしのことを「レーリア」って呼んだ。


いつもは、あまり好きじゃないその呼び名も、あの時は嫌じゃなかった……ううん。

むしろ、嬉しかったのかもしれない。


よく、分からない……。


「今日の報告書は、わたしが作るから。だから、吉田くん直帰してもいいよ?」


思わず照れ隠しでそう言うと、吉田くんは綺麗に流線を描いた眉を潜めた。


「俺が一人で? 帰れる訳なんかないだろ。俺が何のために、地球に来たと思ってるんだ?」


「えっと……」


困った。


何だか墓穴を掘ってしまったような気がする。


「彩花?」


促されてしまった。


見上げれば、吉田くんは真剣な顔で、わたしを見つめてる。


うう、そんな眼差しで見つめないで。困る。恥ずかしすぎて、困ってしまう。


「ええっと……わたしを、護ってくれるため……」


言わないと、何だか許してもらえなさそうで。


やっとの思いでそう言うと、吉田くんはほっとしたようにわたしの頭をぽんぽんと撫でた。

何だか子供扱いだなあ……。


「よく出来ました。じゃあ、とっとと済ませて帰ろう。明日は休日だし……」


言いかけた吉田くんの言葉が止まる。


もう一度、吉田くんを見上げれば、その眼差しは優しいものではなく。

きつく眇めて、前方を睨むように見据えていた。


こういう時の吉田くんは、身に纏う雰囲気すら変わっていってしまっているようで、

今、隣に立つわたしは、その緊迫した空気に、身を縮めた。


……ちょっと待って。


吉田くんが、こんな顔をして、こんなにピリピリしてるってことは……。


彼の眼差しの向こうには、ファーストフードがある。


その大きな看板の前辺りで、そこだけ空間がおかしい。


歪んでる。


「吉田くん、まさかとは思うけど……」


「うん、そのまさかだ。彩花、結界張るから、俺の傍にいて」


やだー! 連続で、あのゾンビもどきとご対面……! 勘弁して欲しい!


だけど、そんなわたしの気持ちなんて、絶対ティリシアの人は分かってくれるはずもなく。


耳鳴りのような音が響いたと思ったら、空間が切り取られたかのように歪み、割れ、

そこから牛鳥がのっそりと出てきた。


手には、早くも斧が握られてる。ええー!? もう、戦闘態勢!?


「レーリア様……我が主の下へお越しください……」


ああああ、この声!凄く癇に障る。


無機質なだけじゃない。無感情で、ただ文字を羅列しただけのものが、耳から脳内に入っていくようだ。


しかも、それは一つの音だけじゃなくて……え!?


「……相当の術者か……」


吉田くんの、舌打ち混じりの声が聞こえる。


だって!


牛鳥、今まで一頭ずつのお出ましだったのに。空間から出て来る出て来る……


うじゃうじゃと、30頭はいるだろうか。


低めに空を飛ぶ牛鳥。持っていた斧を構える牛鳥。それぞれの牛鳥が、思い思いの動きをしながら、わたしと吉田くんを中心に、包囲網を築いていった。


わたしは吉田くんの背中に、思わずしがみ付いてしまった。


「どうする!? どうすんの、こんな大勢!」


「……やるしか、ないか。彩花、今回は逃げる場所がない。俺の背中におぶさって」


うそ!?


この年で、おんぶ?じゃない、驚くポイントはそこじゃなくて!


「わたしをおんぶしたら、戦えないでしょ!?」


「でも、他に方法が……」


背中を狙われないように、どうするか……なんて呟きながら、吉田くんは少し膝を曲げた。


わたしがおぶさりやすいように、屈んでくれている。


でも、でも……!


わたしが迷っているうちに、牛鳥の前の地面が蠢いた。


何だか嫌な予感がする。


その予感は的中。地面が少しずつ迫り上がり、そこから茶色というのか、粘土色というのか……


何かが腐ったような色の、髪のない頭部が持ち上がってくる。


「ゾっ……ゾンビもどきっ!」


わたしは数歩下がろうとしたけれど、でもそこにもゾンビもどきが!


牛鳥の内側を囲むように、恐らく牛鳥の数だけのゾンビもどきが現れた。



まずい、失神しそう!



なぜなら、そのゾンビもどき達が、一斉に両手を垂直に上げ、ゆっくりと身体を揺らしながら、わたしに迫ってきたのだ。


その背後では、まるで何かの呪文のように、牛鳥達の声が響く。


「レーリア様……我が主の下へ……」


わたしはきっと、顔面蒼白だっただろう。

あまりの現実味離れた恐怖で、悲鳴を上げることすら出来ずに、口をただぱくぱくと動かしてしまっていた。


吉田くんはわたしを庇いながら、片手を横へ差し出した。


ふわりと空中に、あの剣が浮かび上がる。


それを受け取りつつ、鞘を薙ぎ払って、吉田くんは一番近くまで迫ったゾンビもどきに剣を振り下ろした。


その瞬間だけ、わたしから手を離した吉田くん。


仕方ない、うん、仕方ないよ。


でも、その時、わたしの手を、ゾンビもどきが引っ張った!


うわー!! ヌルヌルしてる、気持ち悪い!!


「ぎゃー!! 離して、離せ、いやだー!!」


「レーリア様……レーリア様……」


「やめて、やだー!」


わたしの声に、もうゾンビもどきに一人囲まれてしまったわたしを助けようと、吉田くんが、片っ端からやつ等を切り伏せていく。


だけど、ゾンビもどきは倒れても、首がもげそうになっても。


再び立ち上がり、ゆらゆらとわたしに迫ってくる。


「怖い、来ないで! やだやだやだー!!」


わたしが絶叫を張り上げると、その場にそぐわない、歌うような声が耳に流れてきた。


「……見かけで判断しちゃ、駄目だって言ったでしょう?」


わたしの絶叫は、わたし自身もうるさいほどなのに。


その声は、ダイレクトに脳に響いてくる。


思わずわたしは声を止め、無闇に振っていた腕も足も動きを止めて。


まるで呼び寄せられるかのように、一箇所に顔を向けた。


吉田くんも、剣を振るっていた手を止めて、その隙にわたしの手を引っ張ろうとする。



だけど……



瞬間早く、わたしは細い指先に手首を握られていた。


「……っ、しまっ……!」


吉田くんの、聞いたこともない焦燥した声が聞こえる。

そして、ぐいとゾンビの山から救出してくれたのは、見慣れた美貌に、美しいプロポーション。


吉田くんの、前のわたしのパートナーだった……私の大好きな先輩であり、私が社内で一番心を許しているひと。


―――由利ちゃんだった。

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