琥珀色の世界で一生、私の見せるものだけを見ていて
「……はい、着いたよ。シキ、目を開けて」
アキの声に促され、馬車の重厚な扉が開く。
そこは、大陸の最果て。雲よりも高い断崖の上に突き出した、天空の湖畔だった。
クリスタルのように透き通った水面が、沈みゆく夕日を反射して、世界が琥珀色の宝石の中に沈んだかのような錯覚を抱かせる。
「わあ……すごい。本当に、本の中にあったみたいだ……」
シキが感嘆の声を漏らし、馬車のステップを降りようとする。
だが、その足が地面に触れるより先に、アキの手がシキの腰を抱き寄せ、そのまま軽々と抱き上げた。
「アキ、もう大丈夫だよ。地面、平らだし」
「ダメ。ここの石は少し滑りやすい。……お前が転んで、その綺麗な景色を見る時間が台無しになるのは許さない」
結局、絶景の湖畔でもアキはシキを地面に下ろさなかった。
アキは岩場に腰を下ろすと、自分の膝の上にシキを座らせ、後ろから抱きしめる形で一緒に夕日を眺める。
「……シキ。旅、楽しかった?」
アキの問いかけは、どこかぶっきらぼうで、けれど確かな不安が混じっていた。
彼女にとって「旅」とは、不確定要素の塊であり、管理しきれないリスクの連続だった。シキを喜ばせるために全力を尽くしたが、同時に「自分の管理(檻)がシキにとって退屈ではないか」という、龍らしからぬ疑念が脳裏を掠めたのだ。
「うん、すごく楽しかった。アキがいてくれたから、僕はどこを見ても怖くなかったし……。こんなに綺麗なもの、一人じゃ絶対に見に来られなかったよ」
シキがアキの腕に手を重ね、優しく微笑む。
その言葉を聞いた瞬間、アキの心臓が、自分でも驚くほど大きく跳ねた。
彼女にとってのシキは、守るべき「所有物」であり、磨き上げるべき「最高傑作」だったはずだ。だが、今のこの胸の痛みにも似た熱は、精密機械のメンテナンスでは決して得られないものだった。
「……そう。なら、いい」
アキはシキの項に顔を埋め、深く息を吸い込む。
シキの匂い。シキの体温。シキの言葉。
それらすべてが、アキという孤独な龍の定義を、少しずつ、けれど決定的に書き換えていく。
「……シキ。お前が望むなら、またどこへでも連れて行ってあげる。……世界中の景色を、全部お前のものにしてあげる。……だから」
アキの腕に、ぎゅっと力がこもる。
「……一生、私のそばで、私の見せるものだけを見ていて。……いい?」
それは、甘い約束のようでいて、逃げ場のない呪いのようでもあった。
シキは、アキの胸の鼓動がいつもより少し早いことに気づき、自分もまた、彼女の腕の中で深く、深く頷いた。
「うん。約束するよ、アキ」
琥珀色の世界の中で、二人の影が一つに溶け合う。
読者が「お前ら、それもう完全に結婚してるだろ!」と突っ込む隙すら与えない、圧倒的な共依存の完成だった。
メタいですね。この頃からもう少しで受験という現実から目を背けはじめました




