管理上の欠陥:お前は一生歩かなくていい
「……アキ、これ。この前言ってた東の国の植物図鑑。やっぱり、気になるんだよね」
工房のソファで、拾ってきた古いチラシを眺めながらシキが呟いた。
作業机で魔導銃のバレルを覗き込んでいたアキの手が、ぴたりと止まる。
「……東の国の。植物図鑑」
アキは独り言のように復唱すると、手元の精密機械を音もなく置き、椅子から立ち上がった。その動作には、かつて戦場を蹂躙した時と同じ、無駄のない鋭さがある。
「分かった。今すぐ買いに行く。支度しなよ、シキ」
「えっ、今から? 明日でもいいのに」
「ダメ。欲しいと思った瞬間に手に入らないのは、管理上の欠陥。……ほら、手」
アキが差し出した手を、シキは慣れた様子で握り返す。
アキはシキの指の間に自分の指を深く滑り込ませ、完全に密着させた。それは恋人の繋ぎ方というより、獲物を逃さない鎖のようだった。
山頂から下界への険路。本来なら人間が数日かけて踏破する崖を、アキはシキを背負って数分で駆け下りる。背中に伝わるシキの体温と鼓動を確認しながら、アキは「これこそが私の世界の中心だ」と独りごちた。
街に入ると、アキの纏う空気が「日常」から「警戒」へと切り替わる。
繋いだ手はそのままに、彼女の黄金の瞳は周囲の通行人一人ひとりをミリ単位でスキャンしていた。
「……シキ、もっとこっち。左の男、歩き方が不安定。ぶつかる可能性がある」
「アキ、気にしすぎだよ……」
シキが苦笑して一歩引こうとするが、アキの繋いだ手には、逃げ出すことを許さない確かな力がこもっている。
本屋に到着すると、アキは店主に向かって金貨を一枚、無造作に叩きつけた。
「東の国の植物図鑑。一番装丁が綺麗で、保存状態が良いやつを持ってきて」
店主が震えながら差し出した本を、アキはまず自分で受け取り、パラパラと検品するようにめくる。ページに破れはないか、インクの匂いがシキの鼻を刺激しないか。
彼女にとって、シキに与えるものはすべて「完璧」でなければならない。
「……よし。シキ、これだろ。持っていてあげるから、帰ったらゆっくり読みな」
「ありがとう、アキ。……あ、あっちのチラシに載ってたお菓子も気になるな」
「全部買い占める。案内して」
「全部は食べきれない」とたしなめるシキを無視して、アキは次のお菓子屋へとシキを「誘導」していく。
道中、シキと一瞬目が合った通行人が、アキの放つ無言の殺圧に顔を青くして路地へ逃げ込んだが、シキはそれに気づかない。
「……アキといると、本当に何でも手に入るね」
「当たり前。お前は私の所有物なんだから。……お前が望むものを揃えるのは、持ち主としての義務」
アキはそう言って、シキの髪に付いた小さな埃を、宝物に触れるような手つきで払った。
シキは「所有物」という言葉に、恐怖ではなく、言いようのない安らぎを感じていた。アキが自分を見ている限り、この世界で自分が損なわれることは万に一つもないのだと。
「……ねえアキ。帰り、ちょっと足が疲れちゃった」
「最初からそう言いなよ。……ほら、乗りな」
アキは当然のように、街の真ん中でシキに背中を向けた。
街の人々の好奇の視線が突き刺さるが、アキはそれらを一瞥で射殺し、シキを軽々と背負い直す。
「……シキ。お前は、一生歩かなくてもいいんだよ。私がどこへでも連れて行ってあげるんだから」
帰り道の夕焼けの中、アキは背中に感じるシキの重みを噛み締める。
その独占欲は、もはや愛という言葉では収まりきらない、深い深い共依存の沼へと二人を沈めていった。
これから先ゆるーく投稿していきます。駄文ですがどうかお付き合いください。




