魂亡き今愛の在処とは
それは、龍にとっては瞬きのような、人間にとってはあまりに長い年月が過ぎた後のこと。
『血の契約』によって寿命を無理やり引き延ばされてきたシキの「器」が、ついに限界を迎えようとしていた。
アキの魔力は、シキの肉体を鋼よりも強固に保ってきた。しかし、人間の魂はその密度に耐えきれず、磨り減ったゼンマイのように、静かにその動きを止めようとしている。
「……シキ? 起きて。朝だよ。……お前の好きな、南の国の果実を獲ってきたんだ」
アキは寝台の横で、シキの手を握りしめていた。
だが、その手はもう、握り返してはくれない。
シキの瞳は開いたままだが、そこにはもうアキを映す光はなく、ただ虚空を見つめている。呼吸は、アキの魔力による強制的な肺の駆動によって、辛うじて維持されているだけ。
「……ねえ、返事をしてよ。……お前は私の所有物でしょう? 持ち主が話しかけているのに、無視するのは『欠陥』だよ」
アキの声には、怒りも悲しみもない。
ただ、壊れた機械を前にした子供のような、純粋で狂った拒絶だけがあった。
彼女は理解していた。シキの魂はもう、ここにはないことを。
しかし、アキという龍の執着は、死という絶対的な別離さえも「管理不足」として認めない。
「……あぁ、そうか。……お前、疲れちゃったんだね。……私の愛が重すぎて、魂が外に逃げ出しちゃったんだ」
アキはシキの額に優しく口づけを落とす。
その瞬間、彼女の背後から噴出した膨大な魔力が、工房のすべてを飲み込んだ。
「逃がさないよ、シキ。……魂がなくても、この『肉体』があればいい。……お前が動かないなら、私が永遠に動かしてあげる。……お前が喋らないなら、私が世界を静寂で満たしてあげる」
アキは禁忌の魔術を発動させた。
シキの肉体を、細胞一つ一つに至るまで「時間」から切り離し、永遠に朽ちない宝石へと変質させる。
同時に、アキは自分の心臓を、自らの手で抉り出した。
「私の命を、お前の空っぽの器に流し込む。……そうすれば、お前は死んでいるのに、生きているように笑ってくれるでしょう?」
黄金の血が、シキの蒼白な肌を染め上げていく。
数分後。
そこには、かつてのような「会話」は存在しなかった。
寝台の上には、完璧な美しさを保ったまま、人形のように横たわるシキ。
そしてその隣で、自らの命を糸のようにしてシキの体を操り、彼に食事を与え、彼に語りかけ、彼の死んだ瞳に接吻を繰り返すアキの姿があった。
「……ほら、シキ。今日の風は、お前の髪を乱さないように止めておいたよ。……幸せだね、シキ。……ずっと、ずっと、私の腕の中だ」
山頂の都から、一切の音が消えた。
アキはシキという「完璧な標本」を抱きしめ、永遠に明けない夜の中で、独り、幸せそうに喉を鳴らし続けた。
これこそが、龍の愛の終着点。
相手の意志も、命も、魂さえも必要としない。
ただ「そこにある」という事実だけを支配し続ける、最悪で、至高のバッドエンド。
これにて終了となります。ご高覧ありがとうございました。




