表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契り  作者: 月蝕刻
season2
14/19

重なれ鼓動、混ざれ体臭

「いい、シキ。絶対に扉に近づいてはダメ。窓の外を見てはいけない。もし不審な音がしたら、この私の鱗をすぐに噛み砕くんだ。……一時間。たった一時間だけど、私にとっては死に等しい空白よ」

工房の入り口で、アキはシキの両肩を掴み、今にも戦場へ赴くような悲壮な顔で言い聞かせていた。龍族の長老会からの緊急召集。無視すれば山一つ消し飛ばしかねないアキだが、シキに「たまには他の龍とも仲良くしなきゃダメだよ」と諭され、断腸の思いで外出を決めたのだ。

「大丈夫だよアキ。一時間なんて、本を一冊読んでたらすぐだよ」

「……本当に? 私がいなくても、寂しくて泣いたりしない?」

「あはは、子供じゃないんだから」

シキは笑ってアキを送り出した。アキは何度も振り返り、工房の周囲に物理・魔法・精神干渉を含む百重の結界を張り巡らせてから、ようやく翼を広げて飛び立った。

「……さて」

一人になった工房。シキは言われた通り、読みかけの本を開いた。

……だが、三ページも進まないうちに、シキの手が止まる。

「……静かすぎる」

いつもなら聞こえる、アキがパーツをいじる金属音。彼女の低い鼻歌。そして何より、自分を常に観察している熱い視線がない。

ほんの数分前まで「一時間くらい大丈夫」と思っていた心は、あっという間にアキという酸素を失って、窒息しそうなほどの孤独に塗り替えられていた。

本の内容が頭に入ってこない。シキはふらふらと寝室へ向かった。

そこにあるのは、アキがシキのために整えた、世界で一番柔らかい寝床。シキは吸い寄せられるようにその中へ潜り込み、アキの匂いが色濃く残る枕や毛布を抱きしめた。

「……アキの匂い。……あぁ、落ち着く……」

無意識だった。アキが過保護すぎるから自分は依存しているのだと思っていたが、事実は逆だ。シキ自身が、アキの支配と執着という「毒」なしでは、もはやまともな精神を保てないほど変質していた。

毛布に顔を埋め、深く、深くアキの残り香を吸い込む。

(……あと五十分もある。……長い。長すぎるよ、アキ……)

その時だった。

結界を文字通り「消滅」させて、嵐のような勢いで何かが工房へ突っ込んできた。

「シキ!! 無事!? どこ!? 怪我は!?」

予定を大幅に繰り上げ、三十分も経たずに戻ってきたアキだった。長老たちの話を力ずくで切り上げ、音速を超えて帰還した彼女は、寝室で自分の毛布にくるまっているシキの姿を見つけ、一瞬で凍りついた。

「アキ……」

毛布から顔を出したシキの瞳は、少し潤んでいる。

アキは強引にシキを引き寄せ、その細い体を壊さんばかりに抱きしめた。

「ごめん、やっぱり無理だった……。お前を一分一秒でも一人の不安に晒すなんて、私はどうかしていた。……怖かったね? 寂しかったよね?」

アキはシキの首筋に顔を埋め、野生の獣のように彼の匂いを貪欲に嗅ぐ。シキが自分なしでは生きていけないことを再確認し、彼女の独占欲は絶頂に達していた。

対するシキも、アキの胸に顔を押し当て、彼女特有の少し硬質な、けれど温かい匂いに包まれて、ようやく肺が正常に動くのを感じていた。

「……ううん。アキが、僕の自由を尊重してくれようとしたのは、嬉しいよ。……でも、ごめんね。僕、自分でも思ってたより……アキがいないとダメみたい」

シキがアキの背中に腕を回し、離れないようにぎゅっとしがみつく。

アキはその言葉に、歓喜で身震いした。

「……いいよ。もう、二度と尊重なんてしない。お前の意思なんて無視して、私のそばに鎖で繋いでおいてあげる。……それが、お前の望みなんだろう?」

「……うん。アキに繋がれてるのが、一番安心する」

お互いの匂いを嗅ぎ合い、混ざり合いながら、二人は深い安堵の中に沈んでいく。

外の世界がどれほど広かろうと、この二人にとっては、お互いの腕の中という狭い檻こそが、唯一呼吸を許された世界のすべてだった。

私は決して変態ではないです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ