消えゆく理性のハイライト
割れたガラスがアキの魔術で瞬時に修復され、工房には再び、何事もなかったかのような静寂と紅茶の香りが戻った。
だが、アキの心は先ほどのレオンの言葉――「君は洗脳されている」「愛ではなく管理だ」という指摘に、わずかな、本当にわずかな毒を注がれていた。
(……管理。所有。そうだよ。それが私の愛だ。何が悪い)
アキは無表情でシキの髪を梳いていたが、その手つきはいつもより少しだけ強引で、焦りを含んでいる。彼女は確認したくてたまらなかった。シキが自分の檻の中に「閉じ込められている」のではなく、「自ら望んで沈んでいる」という証拠を。
その時、アキの膝に頭を預けていたシキが、ふっと窓の外の遠い空を見上げて呟いた。
「……ねえ、アキ。さっきの人のこと考えてたんだけどさ」
アキの手が止まる。黄金の瞳に、鋭い警戒の光が宿った。
「……何。あのゴミの言ったことが、正しかったとでも言いたいの?」
「ううん、逆。……もし、あの人が言うみたいに、僕がここから無理やり連れ出されたらどうなるのかなって。……想像してみたんだ」
シキは視線をアキに向け、困ったように、けれどどこか愛おしそうに目を細めた。
「アキがいない世界で、知らない誰かに『これが自由だよ』って言われて放り出される……。……想像しただけで、怖くて心臓が止まりそうになっちゃった。たぶん僕、アキがいない世界じゃ、空気を吸い込むことすら忘れて死んじゃうと思う」
「…………っ」
アキの喉の奥から、くぐもった、獣のような鳴き声が漏れた。
歓喜。いや、それはもはや「狂喜」だった。
シキは、ただの感想のつもりで言ったのだ。アキに「大好きだよ」と伝えるくらいの、日常的な愛の言葉の延長として。
だが、アキにとってそれは、数世紀を生きる龍の理性を粉々に砕くのに十分な破壊力を持っていた。
「……そう。死んじゃうんだ。……私がいなきゃ、シキは死ぬんだね」
アキの瞳からハイライトが消え、どろりとした黄金の光だけが残る。
彼女はシキを床に押し倒すようにして組み伏せ、その細い首筋に顔を埋めた。人化の術が解けかかり、背後で巨大な影が暴力的なまでの質量を持って蠢く。
「……あぁ、嬉しい。たまらなく嬉しいよ、シキ。なら、死なせない。死なせないし、一秒だってお前の視界から『私』を消してあげない」
「アキ……? ちょっと、苦しいよ」
「苦しくていい。その苦しさで、私がいることを実感して。……もっと私に依存して。私なしでは指先一つ動かせない、無力なシキになって……」
アキの独占欲が、ついに「完璧な管理」の枠を超え、シキの生存そのものを支配しようと牙を剥く。
彼女はシキの手首を掴み、魔術で不可視の「重圧」をかけた。シキが自分の意志で立ち上がることすら困難にする、甘い足枷。
だが、シキは怯えなかった。
むしろ、自分を押し潰さんとするアキの熱量に、うっとりと頬を染める。
「……うん。いいよ、アキ。僕のこと、もっと動けなくして。アキがいないと何もできないって、僕の全部に教えて……」
シキがアキの首に腕を回し、その耳元で甘く囁く。
アキを甘やかしているのは、実はシキの方だった。
アキの異常な執着を、シキが「全肯定」という猛毒でさらに増幅させる。
アキはシキのその態度に当てられ、さらに深く、暗い愛の深淵へと転落していく。
「……逃がさない。死ぬまで、死んだ後も。お前の魂のひとかけらまで、私が管理してあげる……」
工房の温度が異常に上昇し、二人の吐息が白く混ざり合う。
シキが無自覚に放つ「重い愛」がアキを狂わせ、狂ったアキがさらにシキを縛り上げる。
そこには、救いなどどこにもない。
ただ、甘い地獄の底へと、二人は仲良く、どこまでも沈んでいくのだった。
そろそろネタ切れてきましたよ…




