過去編:完璧(おもちゃ)を壊したゴミの末路
龍族にとって、幼少期は「自分の宝」を見つけるための期間だ。
ある者は強大な魔力を、ある者は山のような金銀財宝を、ある者は広大な領土を。
けれど、幼いアキだけは、何に対しても興味を示さなかった。
「……アキ、お前は何が欲しい? 宝石か? 敵の首か?」
バルガスら年長の龍たちが尋ねても、幼いアキは冷めた瞳で、自分の爪を見つめるだけだった。
宝石は砕ければゴミになり、敵は殺せば動かなくなる。彼女にとって、この世の全ては「いつか損なわれる、不完全なもの」にしか見えなかったのだ。
そんな彼女が初めて「執着」を知ったのは、ある日、自分が作った小さな魔導具の部品が、ほんの少しの湿気で錆び、動かなくなった時だった。
「……どうして」
アキは、動かなくなった鉄の塊をじっと見つめた。
昨日まで完璧に噛み合っていた歯車が、今は不快な音を立てて止まっている。
その時、幼いアキの中に、龍としての本能を凌駕するほどの「激しい嫌悪」と「支配欲」が芽生えた。
(私が認めたものは、一瞬の劣化も、一ミリの変質も許さない。私が完璧に、永遠に、維持し続けなければならない)
それ以来、アキは狂ったように「保存」と「メンテナンス」の技術を磨き始めた。
彼女にとっての「愛」とは、相手を自由にさせることではなく、「対象を完璧な状態で固定し、自分の管理下で不変の存在にすること」へと歪んでいった。
そんなある日、アキは人間の村の近くで、一人の人間の赤ん坊が、冷たい雨の中で捨てられているのを見つけた。
龍から見れば、羽虫よりも脆く、放っておけば数時間で「壊れる」命。
「……脆い。あまりにも不完全だ」
アキは鼻で笑い、通り過ぎようとした。
けれど、その赤ん坊が、凍える手でアキの黄金の鱗を、ほんの一筋、ぎゅっと掴んだのだ。
その瞬間、アキの脳内に未知の衝撃が走った。
壊れそうで、温かくて、けれど自分を必死に求めてくる、その小さな「脈動」。
「……これだ」
アキは赤ん坊を拾い上げた。
今まで磨いてきた宝石よりも、どんな魔導銃のパーツよりも、圧倒的に「管理しがいのある、脆くて美しい最高傑作」。
「お前は、私が壊させない。お前の体温も、鼓動も、その瞳に映る光も……全部私が管理して、一粒の埃も付けさせない。……私が、お前を完璧にしてあげる」
その赤ん坊が、後のシキ……ではなく、アキにとっての「初めてのシキ(人間という種への執着の原点)」だったのかもしれないし、あるいはその時からの長い長い、種族を超えた「予行演習」だったのかもしれない。
だが、やはり、幼い頃から、アキは他の龍とは一線を画していた。
金銀財宝にも、領土拡大にも興味を示さず、ひたすら工房に籠もり、複雑な魔導具を設計・製作・維持することに没頭していたのだ。
彼女の宝物庫は、煌びやかな財宝ではなく、精巧な機構を持つ魔導人形や、自ら編み出した保存魔術を施した希少な鉱物で満たされていた。
どれもこれも、アキが「完璧な状態を保つ」ことに執着して作り上げた、唯一無二の「作品」たちだ。
「……また、こんなガラクタを作っているのか、アキ。もっと強い龍の証を見せてみろ」
ある日、粗暴な若い龍、ガルムがアキの工房に押し入ってきた。
ガルムはアキが磨き上げ、完璧な平衡を保つ魔術を施していたガラス細工の魔導人形を、何の気なしに掴み上げ、床に叩きつけた。
「……くだらねぇ。こんな脆いモンに何の意味がある」
ガラス細工は砕け散り、内部の複雑な魔導回路がむき出しになる。
アキが数年かけて、一日の誤差もなく時を刻むように調整した「完璧な時間」が、そこで永遠に止まった。
その瞬間、工房の空気が凍りついた。
今まで、何に対しても感情を表に出さなかったアキが、まるで魂を抜き取られたかのように、砕け散ったガラス細工を呆然と見つめている。
「……おい、アキ。どうした? 面白くねぇ顔だな」
ガルムは嘲るように笑った。
次の瞬間、彼の笑い声は絶叫に変わった。
「……私の、玩具を」
アキの瞳から、一瞬にして感情が消え失せる。
黄金の瞳は、まるで深海の底から沸き立つマグマのように、禍々しい輝きを放ち始めた。
ガルムの周囲を、膨大な魔力が歪め始める。それは、これまでどんな龍も見たことのない、純粋な破壊衝動の奔流だった。
アキの魔力は、ガルムの四肢を無慈悲に、しかし精密に捻じ曲げ、骨を砕き、肉を寸断していく。彼の叫び声は、血泡を吐く音へと変わった。
「私が完璧に維持していたものを、お前は……壊した。……二度と、元に戻せないように」
アキは、まるで憎悪の化身のような顔で、ガルムの顔を掴み上げた。
彼女の指先から放たれる魔力が、ガルムの脳を直接焼く。彼は全身の神経を焼かれる激痛にのたうち回り、命乞いの言葉すら発せない。
「……なぜ。なぜ、私の宝物を壊した。……お前に、二度と誰の宝物も壊せないように、永遠にその手を奪ってやる」
アキはガルムの四肢を完全に引きちぎり、脳を焼き尽くす寸前で止めた。
瀕死のガルムは、泡を吹きながら、ただアキの足元でひきつる肉塊と化した。
その光景を見ていた他の龍たちは、恐怖と戦慄で凍りついた。
「……あれが、アキの怒り……」
「コイツはヤベぇわ。あいつは、自分の『完璧』を壊されることだけは絶対に許さない。……龍の価値観じゃねえ」
バルガスも、青ざめた顔で震えていた。
アキの愛は、ただ重いだけではない。
「完璧な維持」を阻むものへの、絶対的な排除と破壊。
その歪んだ愛の片鱗を、龍族全体が理解した瞬間だった。




