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第七話 裏切り

 苦悶の表情を浮かべる顔、顔、顔……兄上、姉上、母上、伯母上、伯父上、叔母上、そして、父上。

 石を削った彫り物じゃない。本物だ。どうやってだか石膏化された彼ら、『時の王族』の遺体が塔の入り口、いや、奥までぎっしり詰め込まれてる。


「ぅ、おえっ」


 僕は体をくの字に折って思わず胃の中のものを吐いた。膝をつく。


 なんて、事をしてくれたんだ。人を、何だと思ってるんだ。

 命を奪っておいて、こんな風に弄んで、おもちゃみたいに詰め込んで……これは、いつか必ず戻ってくる僕への当てつけなのか?

 それだとしてもあんまりだ。仮にも血の繋がった家族だぞ。彼、彼女達は。どうしてこんな非道なことができるんだ。

叔父上……貴方は一体……


 体の震えが止まらない。芯から凍えて動けない。冷たい、冷たい、寒い、寒い……


「──ル、ゼル! おい、ゼル!! 」


 低くよく透る声に名前を呼ばれたかと思うと温もりに包まれた。温かい……


「カ、ガリ……」


 しばらく温められて僕はようやく声を絞り出した。

 揺れる視界で見上げるといつの間にかカガリに抱き抱えられてたみたいだ。僕が吐いた痕は彼が焼いてくれたらしい。


「もう、大丈夫、大丈夫だ。下ろして……」


「大丈夫じゃねえだろその顔色は。真っ青じゃねえか」


「こんなもの見たら誰でも青くなるさ」


 体の震えは治った。けど、頭の中は冷えに冷えて逆に冴え渡ってる。甘えてちゃだめだ。立たなきゃ。


「もう大丈夫だよ。立てる。ありがと」


 カガリの胸を押して無理やり立ち上がる。彼はそれでも寄り添って立つのを支えてくれた。


 確証を得なきゃ次に進めない。

 一番手前に押し出されてる父上の頬を包み込む。額を付けて、()()()()を遡った。


 ああ、やっぱりだ。叔父上はみんなが息絶えた後。帝国の死者兵の要領で蘇らせたんだ。


 死者兵と戦う時の何が嫌かって。彼らを傷つけると苦悶の表情と声を上げる。まるで生きてた頃みたいに。反乱軍の精神を削る、とびっきりのアイデアだ。


 眼窩がぽっかり空いた父上の記憶を覗くと、コトの経緯は大体把握できた。


 叔父上は死んだ父上から銀眼をくり抜いた。帝国の秘術を使って移植したけど、力は宿らなかった。そこで死者として蘇らせてもう片眼を移植し直した。それでも時の力を得ることができなかった彼は非常に焦って家族にその怒りをぶつけた。親族全員を蘇らせて片っ端から目を奪って試した。


 ああ、酷いな。

 死者となっても目を奪われたみんなの顔が苦悶の表情で染まってる。


 叔父上は帝国兵を使ってみんなを鍵の間から引き摺り出すと、『石化の秘術』なんて物を掛けたんだ。


 死んで、蘇らされて、弔うこともされず、土に還ることも許されないで……ここに、僕が帰って来るまでずっと、()()()()()()()


「ただいま。十年も、待たせてごめん」


 僕は一言そう言うと、彼らの時を一気に進めた。


 チクタク。


 頭の中で、時計の進む音がする。


 しばらくすると遺体で作られた石膏像にヒビが入った。そして——


 パサッ


 何とも呆気なく軽い音を立てて、彼らは一斉に塵になって崩れ落ちた。


「ゼル……」


 カガリの優しい声がする。


「怪我を治せるのはあと九回だ。余分に使ったから」


 僕は振り向かずにそれだけ告げた。衣擦れの音がして温かい腕に抱き込まれる。


 やめてくれないかな。今こんなことされたら……ますます寄り掛かりたくなっちゃうじゃないか。


 カガリは僕を片腕に抱き直すと、手のひらにオレンジ色の炎を生み出した。腕を振って放つ。炎は僕の家族だった塵を舞い上げて燃やした。


「弔い火だ」


 彼は静かにそう言った。


 その気持ちだけで十分だ。


「ありがとう」


 僕は短くお礼を言った。


 目が熱いのはきっと、余分に力を使ったせいだ。

 僕の家族は解放された。十年もの時を経て。

これでいい。これが正解。もうみんな苦しくない。苦悶に満ちた時に留まる必要はない。

 頬が濡れてるなんてきっと、気のせいだ。

 泣いてなんか、ない。


 カガリが僕を抱きしめる腕に力がこもった。


「大丈夫。行こう」


 僕はぽんぽん、とカガリの腕を叩くと顔を拭って階段へ踏み出した。オレンジ色の炎が静かに燃える階段へ。


 下から数えて三十段目。右から三番目の側面を三回蹴る。そこから真っ直ぐ辿って上から数えて三個目。大きな横石を押す。すると僅かな振動と共に壁がずれて時の間へ続く道が現れた。


「変わってねえ。千年前から一つも変わってねえな」


「もう山脈の中だからね。ここでは君の炎がほとんど使えない。時の鍵がある限りこの山脈の時は進まないから。空間自体が止まってしまってるんだ。時封じの儀は山脈の()()()()()を巻き戻す。その為の特別な舞なんだ」


 辿り着いた時の間で、隠し棚を開いて溜息を吐いた。儀式用の衣も道具も何もない。あれらは時封じの儀で使うを力軽減できる大事な補助道具だったのに……


 叔父上が始末してしまったんだろうな。仕方ない。


 棚を閉めてカガリを振り向く。


「ちょっと余分に力を使うけどこのまま踊るよ。傷を直せるのはあと五回って思って欲しいな」


 ブーツを脱いで裸足になる。ズボンの裾を巻いて膝下まで上げた。


「いいかい? これから時を解除する。いつ、帝国兵が湧き出てくるか分からない。塔の入り口も……開けてしまったから、きっとすぐ異変に気付かれる。叔父上が来るのも時間の問題だ。舞に掛かる時間は一時間。けど歴代最強の僕なら半分くらいに短縮できる」


 突っ立って聞いてるカガリの手を取る。


「三十分だ、カガリ。三十分時間を稼いで欲しい。長い、激しい戦いになる。ここに来るまで止めてたのは()()()()()()だ。解いたらインターバルのせいで停止の力が効かなくなる。万が一危険が及んでも止めてあげられない」


 彼は虹を帯びた真紅の瞳で僕を見つめた。


「舞いの間、僕は()()()()に全ての力を注がなきゃならない。万が一のことがあって舞を止めたら一からやり直しだ。そしたら敵は更に増える」


 僕は彼に抱きついた。カガリも僕を抱き返してくれる。


 温かい、温かいな……


「僕の全てを君に預けるよ、カガリ。君だけが頼りだ。時封じの儀が成功するか、全ては僕達に掛かってる。巻き込んでごめん、頼ってばかりでごめん、でも、時の王族はもう、僕しかいない。何がなんでも鍵を閉めなきゃいけない」


 抱きしめる腕に力を込めた。


「君も王族なら、記憶を継承してるだろ?

『時封じの儀』は仁王族から……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()時を巻き戻す儀式だ。王族が居なくて仁族も半分くらいに減った今、大半の時間は()()寿()()で補うことになる」


 カガリの腕にも力がこもった。


「僕は歴代最強の王族だ。元々の寿命が長い。だから……」


 顔を上げる。


「君への『対価』の役割も、きちんと果たして見せるから。食い逃げみたいな真似はしないさ。何千年と生きる君にとっちゃ物足りない所の話じゃないかもだけど……」


 僕は()()()()()()()()()()


()()()()()()()()けどさ。君の『お嫁さん』して見せるから、よろしく頼むよ」


 ぼんぽん、と軽い調子で彼の背中を叩いた。もう一度ギュウと抱きつく。


 温かいなあ……カガリに愛されてた十七代目が羨ましいよ。


「それじゃあ、準備はいいかい? 解除するよ」


 大規模な停止だったから解除されるまで少し時間がある。だから、もうちょっとだけカガリにくっ付いてたかった。


 ほんの少しの静寂の後、空気が動く気配がした。時が、動き始めた。


「じゃあ舞うから防御をよろしく」


 手を下ろして彼から離れようとした。けど……


「カガリ……?」


 彼が、放してくれない。


「ちょっ、と! 放してくれないかな! 早く時封じの儀を始めなきゃ!! 」


 カガリは背中から僕を抱き込んで放そうとしない。


「さっき言っただろ! ただでさえ時間がないんだ!! 今回ばかりは君のマイペースに付き合ってられない! 放してくれ!! 」


 彼の胸をドンと叩くけど微塵も動く気配がない。


「感じないのかい!? もう時は動き出してる!! 放せっ! 放せって!! なんとか言えよ! カガリ!! 」


 僕は声を荒げに荒げた。


「お前が舞う必要なんてねえんだよ」


 カガリはようやく口を開いた。


「何言ってるんだ!! 君は馬鹿なのか!! 僕が舞わないで誰が舞うんだよ!! このっ! 放せ、放せっ!! 」


 暴れる僕を押さえ込む様にしてカガリは耳元で囁いた。


「時封じの儀はもう()()()()。俺は鍵を()()()()()お前をここに連れて来たんだ、ゼル」

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