第五話 救いの言葉
あの後。ぐったり地面に大の字で伸びてた僕を置いて、カガリはフラリと姿を消した。
かと思ったらウサギを二羽捕ってあっという間に帰ってきた。
ナイフの代わりに刀なんて使って手早く処理してる彼に地面に伸びたまま訊ねる。
「何してるのさ」
「昼飯用意してんの」
「君は食べないんじゃなかったっけ」
「お前のだっつの。とにかく食って胃を広げろ、ゼル」
「これ以上食べたら吐いちゃうよ……」
流石にちょっと弱音を吐かせてもらう。これ以上詰め込んだらほんとにもどす。
「じゃあ夕飯」
「もうほんとに食べれない。一日分の食事を摂った気分だ」
「それこそ消化器の時進めりゃいいじゃねえか。消化して無理にでも食え。これからお前の食事は俺が管理してやる」
僕はようやく地面から体を起こした。
カガリはとっくにウサギの調理を終えてて、いつの間に取り出したのか鍋でスープを煮込んでた。
固形調味料なんて貴重なものも放り込んでグツグツ煮込む。辺りにいい匂いが広がった。
「ったく、まだまだまだまだガキのくせにジリ貧食生活しやがって。そりゃ成長もできるわけねえっつの。成人も無事に迎えられるか分かったもんじゃねえ」
彼はまだ怒ってるようでブツクサと文句を言い続けてる。
「しょうがないじゃないか。さっきも言ったけど……反乱軍はいつだって食糧に困窮してたし、一日二食食べれたらいい方さ。なのに僕達幹部は二食きっちり出されるし量も多いんだ」
お腹が苦しいから膝を抱えられなくて胡座をかいた。カガリは黙って聞いてる。
「時の力は万能じゃない。食糧の時を留めて保存はできるけど、巻き戻したら食べた人のお腹の中の物も消える。
僕よりずっと小さな子供がお腹空かせて泣いてたんだ。効率重視。幹部一人分の食事でも難民に回したら……
「それ以上うだうだ続けたら激アツスープを流し込むぞ。この阿呆」
カガリが鍋を掻き混ぜながら怖いこと言い出した。
今、彼が言うと冗談に聞こえない。
「幹部や戦闘員に食糧が回されるのは当然だろうが。先陣切って戦うお前らがガリヒョロでへたってちゃ何も守れやしねえ。それをお前って奴は……」
またブツクサと彼のお小言が兼文句始まる。
それを聞いててちょっと気付いた。さっき怒られてなんで泣いたのか。
彼は僕を心配して怒ってたからだ。
——『お前を救うために俺がいるんだろうがっ!!』
……国民を、国を、世界を救うことだけ考えてきた。カガリに協力を仰いだのも、アルメリア、ひいては南に残された世界を救う為にだった。
だけど、その彼が初めて怒鳴ったのは僕を救うと言う言葉だった。
十七代目の面影が重なるからだろうけど、本気で僕を大切にしようとしてくれてる。それが、なんだか無性に嬉しかった。
あの涙は嬉し涙だった。
いい加減苦しいから阿呆らしいけど力を使って消化を進める。膝をついて立ち上がった。
「ちょっと顔洗ってくる」
「おう」
この近くには小川が流れてる。茂みを掻き分けて進んで河原へ。膝をついて涙でぐしゃぐしゃになってた顔を洗う。
冷たい水で洗ってさっぱりすると気持ちの整理もついた。
反乱軍の惨状をカガリに語っても仕方がない。僕の愚痴みたいなものだ。
彼に会ってほんの半日程度なのに甘えすぎだ。弱音を吐いた。怒りをぶつけた。ただでさえアルメリアの責務に彼を巻き込んでるんだ。しっかりしろ。
もう一度顔を冷たい水で洗って気を引き締める。顔を拭って小川を見下ろした。
綺麗な水だ。この森も緑豊かで動植物で賑わってる。
一万と数千年昔。帝国に真っ先に飲み込まれた山脈沿いのこの土地は、他の王族の力も借りて長い時をかけて命を吹き返した。
生きてる土地だ。
この地をまた、死に追いやったらいけない。
守らなきゃ。
厚い雲に覆われた空を見上げる。
時の鍵を閉めて、闇を追い払ったら、約束の為に食われて死ぬ訳じゃなかった。
生きてまた、青く澄んだ空が見れる——それでいいじゃないか。
カガリの隣に立って微笑み続けて見せればいい。僕に誰を重ねてようと、協力してくれた彼が満足するならそれでいい。
世界を守る代償としてはお安いもんさ。お買い得もいい所。
そっと立ち上がったその時。僕の耳が足音を拾った。距離にして数百メトル。即座に世界の時を止めて音がした方向へ駆け出した。
嫌な予感がする。
竜人王族のカガリ程じゃないけど、一応僕も歴代最強王族。身体能力はかなり高い。
足音の出所に辿り着く。万が一を考えて木陰に身を隠しながら覗くと黒ずくめの集団がいた——帝国軍だ。
僕は即座に身を翻した。カガリの元まで大急ぎで戻る。
「えらい時間かかったな。そんな慌ててどうした?やっと腹でも減ってきたのかよ、ゼル」
彼の周囲は対象外に指定してる。異変にまだ気付いてない。
「カガリ、帝国兵だ! 今すぐここから離れよう! 」
時を巻き戻して彼の炎を消し、焚き火の跡も消し去る。空気の流れだけ解除して匂いを逃した。カガリが処理したウサギの残骸は草地に放り込んで時を進め、土に還した。
「多分、昨日の伝達魔法が探知に引っかかったんだ! それで様子見に探索兵を出してきた。アジトへ行こう! あそこにはもう、誰も居ないから」
「あんなの斬っちまえばいいじゃねえか」
血の痕も土に還るまで時を進めてるとカガリが呑気なことを言い出した。
「ダメだ! 」
手早く荷物を片付けて僕は彼の手を引いた。
「王都の配備されてるのは高等な秘術が使われた人形兵だ危害を加えると信号発信術を対象に付与してくる!!」
「それってこっちに何の害があんだよ?」
「移動するにも何するにも常に『ここに居るぞ』って大声で言いふらして回ることになるも同然さ! 時封じの儀を終えるまで……いや、せめて城に侵入するまでは密かに行動しなきゃ! 」
渋々荷物を片付けて背負ったカガリの手を引いて駆け出す。
「音が何もしねえ」
「世界の時を止めてるんだ。君の周囲だけ対象外にしてた」
「……通りでなんか変な感じがしたと思ったぜ」
「異変を感じたんならなんで呑気に鍋なんて混ぜてたんだよ!」
「いや、なんか危険じゃなさそうだなって」
「君に比べたらそりゃ帝国兵も危険じゃないだろね! 」
ちょっと進んでカガリが立ち止まった。
「何してるんだよっ!」
「なあ、ソイツら危害を加えず時間稼ぎに使った方がいいんじゃね?」
「そう、時間を稼ぐのが重要だから……って、えっ?」
カガリの言葉に目を瞬いて振り返る。すると彼は口角を上げてちょっと邪悪な笑みを浮かべた。
「俺に考えがある」
————世界の時が止まった中。しゅる、と蔦や草花、木の枝が静かに伸びる。
伸ばしたそれらで高等人形兵達の手足を巻き取り、口や頭もとまで全てすっぽり覆ってしまう。
「時の力でもこんな使い方があったなんて……」
僕は草木の時を操りながら人形兵の内部まで侵食し、一体ずつ機能不全に陥らせていってた。
「時の進め方で進行方向を変えてやりゃ大概のもんは操れるようになるだろ。多分」
「多分ってなんだよ。多分って!確証も無しにこんなことさせたのか。危険極まりないなっ!」
僕が目を吊り上げてもカガリは涼しい顔のまま。そして
「もしなんかあったら時止めたまま燃やしゃいいじゃねえか。それに時の力持ってないもん、俺。推察、推察」
余計な一言を付け加えてきた。
何が『もん』だ。あ、今のは結構カチンときたぞ。
「なんなら君にも生やしてあげるよ」
「フツーに燃えるだけだぞそれ」
低い声で脅しても正攻法で対処してこようとする。
腹の立つ竜人だなあ、もう!
「こんなもんかな……『土の王族』でもないのに植物が操れるなんて思いもしなかったよ……」
僕は自分が今し方操った時の感覚を馴染ませるように両手を見つめた。時の力はノーアクションで行使できるけど手で指示すればより正確に強力になる。まあ僕がそうすることはほとんどないんだけど。
「ゼル」
カガリが呼び掛けてくる。振り仰ぐとぽんと頭に手が置かれた。
「今の感覚は覚えとけよ。いつか絶対使う時が来るから」
僕はにっと笑って見せた。
「言われなくても。一度使った感覚は忘れないんだよ、僕」
「そりゃお利口なこって」
「今の馬鹿にしただろ」
そんなことを言い合いながら朽ちた人形兵を置いて街へ駆ける。昨日はじっくり見る暇もなかったけど、どの家も随分荒れてる。随分前から人が住んでる気配がない。
あれほど賑やかだった王都の惨状に僕は歯噛みした。
「全部終わったらまた戻ってくんだろ」
カガリが手を繋いできてすり、と甲を摩った。
「……うん」
手から伝わる温もりに伏せてた目を上げた。
郊外の空き家の床下へ滑り込む。カガリを先に押し込んで隠し扉をきっちり閉めた。時を解除する。
静かにハシゴを降りてやっと緊張が解けた。世界を止めてる時はいつだって緊張状態だ。動くものがないと言っても例外はある。
先に降りて突っ立ってたカガリを見て僕は呆れた。
「なんでまだ鍋抱えてるんだよ! 」
「いや、お前の大事な飯だし」
「そんな場合じゃなかっただろ! しかも素手で持ってさ! 火傷するじゃないか! 」
「竜人は熱に強いって言ったろ。こんくらい屁でもねえよ」
どこまでも呑気な彼に頭を抱える。
こんな出入り口で言い争っててもしょうがない。僕は彼の背を押してアジトへ進んだ。
「へえ、地下にこんなもん作ってたのか」
「そうだよ。ああ、そこは踏まないで欲しいな。通気口があるんだ」
「ご苦労なこって……」
カガリは興味深げにキョロキョロとアジト内を見回し、フラフラと何処かへ行こうとする。僕は彼の上着の裾を引っ張った。
「頼むから一人でフラフラしないでくれ! 迷子になったらどうするんだ! 」
「お前の居るとこにならいつでも帰って来れるって」
「そう言う人こそ決まって迷子になるんだ! 」
「いやいや比喩じゃねえよ。ほんとだって」
彼はくるりと振り向くと僕の頭を撫でてそのまま頸に手をやった。
「コレがある限りいつでも何処でもお前の元に辿り着けんだよ」
彼の温かい手が離れると僕も頸に手をやった。
この歯型にそんな役目があるなら尚更取れって言えなくなるじゃないか。
じとりとした目で彼を見上げる。
「しっかしまあお前ったらボッサボサになっちまって……」
「誰かさんが無理やり押さえつけたからだろ」
「お前が暴れんのが悪い。まあ、結んでやるから後ろ向けよ」
そう言ってカガリが僕を地面に座らせる。そして自分も腰を下ろして長い脚で僕を挟んだ。
どうしていつもこうなるかな。
「偵察隊で少し猶予が出来たとはいえ、帝国が伝達魔法を感知してたなら時間がない。なるべく早く、侵入しなきゃ。街の方まで彼らが来ると厄介だ」
「城をド派手に吹き飛ばしゃいいじゃねえか」
「ダメだ。城は時の間が閉ざされてる限りそんな簡単に壊れない。それに、時封じの儀は時間がかかる。舞を踊って鍵を回すまで、僕は時の力を使えなくなるんだ。揺動で遠くを爆破して少しでもそっちに帝国兵を割く。その隙をついてこっそり侵入して塔を目指そう」
本音を言えば王都を壊したくなんてない。変わり果てても生まれ育った街だ。でも人が居ないなら丁度いい。使える物はなんでも使ってやる。
「どうやって距離あるとこまで爆破さすんだよ? 」
「簡単だ。まずは火薬を少量入れた瓶の時を止める。次に君の炎を詰め込んで、それをまた止めればいい。タイミングを見て解除したら大爆発する。時限式の火炎瓶の完成だ。最大火力で頼むよ」
「エラい物騒だな。はい、できたぞ」
「ありがと」
また三つ編みに纏められてる。まあいいか。
僕は立ち上がるとありったけの瓶を集めた。勿体無いけど中身が入ってる物も全て捨てて空にする。
「今は火薬を詰める下準備だけ済まそう」
「あん?意外に悠長だな」
「悠長にしてるんじゃなくて使えないんだよ」
カバンから火薬を大量に出して小分けにしていく。濡れてた瓶は中身の時を勧めて乾かした。
「時を停止させるとその倍の時間。解除後にインターバルができてその対象に停止が使えなくなる」
「ほおん?」
適当な相槌を打ってくるカガリにも分けた火薬を渡して二人で瓶に詰めてく。
「時の力は、停止、加速、減速、遅滞、推進、巻き戻し……。大雑把に分けるとこんな感じで、どれも世界の理から外れる物だ。その中でも停止と巻き戻しは外れる所か反するものだから使い勝手が悪いように出来てるんだよ」
コトリ、と瓶を置く。
「それでも歴代最強の力を持ってるからか……僕はそのインターバルにも干渉できる。さっきのあいだにインターバルを推進させて半分以上減らしたから。今日の夜にはもう、停止が使えるようになるはずさ」
目が熱を持って痛みが疾る。手で押さえると真っ赤に染まってた。
「おい」
カガリが僕の手を掴んで顔を覗き込んできた。
「心配いらないよ。理の内側、インターバルに干渉するとちょっとね。流石に負担が大きいんだ。仁王族は力の容量をオーバーすると目にダメージを食らうからさ。今の内に少しでも目を休ませて備えなきゃ」
ぐい、と手を引かれてカガリの胸にすっぽりとおさまってしまった。抱きしめられる。
「ちょっ、」
「何が心配いらない、だ。無茶しやがって。時の力ってのは厄介だな」
咄嗟に押しやろうとしたけどこの行動が心配からくるものだって分かって、カガリが温かくって、つい力が抜けてしまった。
「当たり前だろ。五種の中で一番面倒くさい力なんだからそれなりに効果はあるさ」
「ばあか、ちげえよ。初動がねえから無茶を止めらんねえって話だっての」
僕は目を瞬いた。そんな意味での厄介なんて聞いたの初めてだ。
抱きしめられた温かい体温で冷たい空気に晒されてた鼻がツンとした。
「ノーアクションで使えるのは利点だよ」
「それじゃ何しようとしてんのか分かんねえだろ。もし、取り返しの付かねえような事だって出来ちまうじゃねえか」
カガリが少し体を離す。
「頼むから……無茶してくれんなよ」
虹を帯びた真紅の瞳は心の底から『心配だ』って言ってるみたいだ。
「うん……分かった」
ありがとう。という言葉は言えない。だってこの先にはもっと酷い無茶が待ってる。
カガリはそっと僕の目を手で覆った。
温かいなあ……
「目え休ませんのは冷やすのか?温めんのか?」
「いつもは冷やしてるよ。熱を持つから……でも、今は……このままがいいや」
カガリの温かい手が心地いい。目の痛みが和らぐ気がする。
「んじゃ、少し横んなっとけ」
彼に膝枕してもらって、目を手当てしてもらって……ちょっと幸せな気分になる。
いいよね。ほんの少しくらい。この温もりに幸せを感じても。




