第三話 寄りかかる
ここ、北の山脈沿いの冬は殊更寒い。
奥深いこの森の中なら帝国兵の目も届かないだろうとのことで、カガリが枝に向けてフッと小さな炎を吹いた。積んだ薪に焚べるとあっという間に燃え上がり小さな焚き火が出来上がる。
竜人王族は自身が生み出した炎を自在に操れるらしい。威力も範囲も対象も指定できるとか。戦闘では攻防両用、日常生活でも役に立ちそうだ。細々と小難しい事を考えて使わなきゃならない時の力と比べるとやっぱり羨ましいなと思う。
焚き火に当たりながら僕達は情報交換した。僕からはコトの発端と今までの経緯、この国の現状。カガリからは国外の様子と入国、王都に至るまでの経緯。そしてお互いの能力について。これから協力していく上で何ができるのか共有するのは大切だ。
「世界単位の時の停止に同時行使、細かい調整……それも複数。大したもんだ。世界規模の停止を長時間維持できるヤツが過去に何人いたか……」
「これでも一応歴代最強だからね。次期国王は僕が指名される筈だった」
「生物の巻き戻しに制限ねえ。ま、『魂』にゃどの力も通用しねえからな」
「進めるのは自然案外楽だけど巻き戻すのは自然の理に反するから結構力がいるんだ。生物にも適用できるけどより複雑な構造をした人を巻き戻そうとしたら力の消費は激しくなるんだよ」
「それでも個人の努力ありきだろ」
「それよりこっちの方が驚いてるよ。竜人族が竜の姿を取れるなんて知らなかった。君の種族ってちょっと謎が多すぎるんじゃないかい? 」
国境が闇の結界に阻まれてることに気づいたカガリは竜の姿を取って空から僅かな隙間を見つけて入国したらしい。
彼はケラケラと笑った。
「その方が神秘的でいいだろ?」
「君に神秘って言葉死ぬほど似合わないけど……」
話す内に軽口を叩ける程度にはカガリとも打ち解けた。打ち解けはしたけど……
「なあ……」
「なにさ」
「遠くね?」
僕はカガリから十メトル以上距離を取って毛布に包まっていた。
「焚き火届かねえだろ」
「届かなくて結構! 寒いのには慣れてる」
本音を言えば焚き火に当たりたいさ。正直言って毛布一枚じゃ凍えそうだ。でもさ……
「貞操狙われてるってのにホイホイ近づける訳ないだろ! 」
僕はじとりと彼を睨んだ。
頸には歯型がまだ残ってる。王族は力量値相応の身体能力が備わってて治癒力も同様。けどこの『番の証』は彼がその気にならなきゃ取れないとか。
やってらんないよ。
「にしても阿呆だな」
カガリは頭を掻きながら次の話題に移った。
「うん、叔父上は大馬鹿だ」
一緒になって罵る。
焚き火を遠くから見つめながら思い耽った。
叔父上がなんであんな事をしでかしたのか。戦場で合間見えた時に何度も口にしてた皇帝と共に世界を治めるという野望……。何か抜け落ちている気がしてならない。それに、行動を起こす前兆があった筈。誰か一人でもそれに気づいてれば、特に、僕は……
突如、毛布が剥ぎ取られた。
「くよくよ考えんのは止めろ。過ぎた事は仕方ねえ」
いつの間にかカガリが横に来てた。さっきまで彼が包まってた大きな毛布を投げて寄越す。
「何するん、ぶっ!」
僕はそれを顔で受け止める羽目になった。その隙にひょいと抱え上げられる。
「下せって!」
「ったく冷え切ってんじゃねえか。火に当たれ、火に。今は何もしやしねえっての」
ジタバタしてた僕を焚き火の側に下ろすとカガリは満足気に後ろから抱え込んできた。そして自身も毛布に包まってより密着する。
温かい……
少しだけ、鼻の奥がツンとした。
「もうこの行動自体が怪しいじゃないか。離れろって」
少し目頭が熱くなったのを誤魔化すように彼を押しやって脱出を試みる。ビクともしない。
「寒いしいいじゃねえか」
「いや、火を吹く竜が何言ってるんだ。君の体温の方がよっぽど高いじゃないか。僕で暖を取らないでくれるかな」
「逆だっつの。冷えきった大事な嫁を温めてんの」
「僕は君の好きだった『ゼル』とは別人だし、嫁になるなんてまだ一言も言ってないよ」
「お前が言ってなくても変わんねえよ」
終わりも勝ち目も見えない言い合いを諦めて大袈裟に溜息を吐いてみせる。カガリは始終ご機嫌な様子で鼻唄まで歌い出した。
十七代目の面影を重ねて、偶然とはいえ同じ愛称で呼んで、時折懐かしそうに愛おしそうに見つめて……勝手にお気に入りにするのは止めてくれないかな。
僕は僕だ。生きれるんだったら自分の人生を歩んで普通に恋愛してみたいじゃないか。
もう一度溜息を吐く。
僕には十七代目を恨む権利があるんじゃないだろうか……。
ぼーっと焚き火を見つめていると、カガリが勝手に髪を解いて梳き始めた。
「何してるんだよ」
「いや? 綺麗な髪だなって思って? 」
「人の髪を勝手にいじくるのは止めて欲しいな」
そう言いはしたものの誰かに髪を梳かれるのは初めてだ。悪い気持ちじゃない所か、ちょっと心地良かったりする。
焚き火が爆ぜる音と、カガリの鼻唄を聞いてると眠くなりそうだ。彼の言う通り確かに温かくて居心地いい現状がちょっと悔しい。
「寝ててもいいぜ?」
勝手に髪を梳いては焚き火に翳して眺めてたカガリが声を掛けてきた。
ここ数時間で大体把握したけど彼はとんでもなく気配に聡い。口に出してない事でも言い当ててくる。
「こんな体勢じゃ寝れないよ」
カガリと一緒になって焚き火の明かりに照らされた自分の髪をぼーっと眺める。
光が透ける銀色。碌な手入れもしないまま伸ばしてるにしては確かに綺麗な方かな。
「俺に寄っかかればいいじゃねえか」
眠気で耳に入る言葉が曖昧になってくる。
誰かに寄りかかる……。寄り、かかる……?
ずっと、一人で立ってきた。
ジーク団長や反乱軍のみんなと肩を並べて戦ってきた。
でも一歩。線を引いてきた。
前戦では唯一の生き残り王族として、軍を率いて鼓舞して見せた。
戦いの後は時の力を使って傷の回復をして回った。
柔らかい笑顔を見せて、みんなが、安心できるように。
だけど、何にせよ近い内に死ぬと思って生きてきたから。
せめてみんなの心の支えで、拠り所であるままそっと消えるつもりだった。
僕が死んだと知れたらみんなが希望を失ってしまう。立ち上がれなくなる。潰れてしまう。
だから。
何処かで生きてる。何処かで戦ってる。何処かで助けてる。
神出鬼没。
みんながそう思えるように普段は変装しておいて、戦う時には素の姿で、いつでもどこでも駆けつけられるように無茶な移動法を編み出した。
そしたらほんとに僕が死んでも。
しばらくは気づかれない。立ち直る時間ができる。戦える。希望が潰えない。
生きてる温かい人が好きだ。
七歳の時。冷たくなってく家族に何も出来なくて絶望した。冷たい手をして僕を見送った父上を忘れられない。
もう、失いたくない。
僕は、僕が……支えなきゃ。しっかり立ってないでどうする。誰かに寄りかかって甘えてなんていられない。誰かに、寄りかかって……
優しく肩を引かれてトン、何かに寄りかけられた。
なんて温かいんだろ……
「おやすみ、ゼル。安心しろ、俺が見といてやるから」
低く優しい声がする。温かい……温かい……
心地いい温もりに包まれて、何かが一筋、頬を伝って落ちてった。
————ようやく寝落ちたか。よっぽど気を張ってたんだろうな。随分前から眠たそうだったのに寝やしない。頑固なとこも似てやがる。
それとは別に、緩く柔らかい話し方をしちゃいるが一歩。線を引いて入らせねえ。
何か、深い……葛藤のようなものを抱えてる。
歯型付けたホントの理由はコイツを保護するためだ。これさえありゃ何処にいても駆けつけられる。
『俺ら』が待ち望んでいた、漸く現れた『歴代最強の時の王族』。……偶然、アゼルトの……面影も、引き継いだリゼルト。
胸元に寄り掛かって寝息を立てるゼルを見る。流れた涙を拭ってやると頬を擦り寄せてきた。
まだ、子供だ。
仁族はたったの十八歳で成人を迎える。けどそれは慣例のようなもんだ。
まだまだ未熟。成長も続く。肉体も精神も大人になり切るのは二十半ば過ぎてもまだ早い。
竜人族の成人なんて千年超えてからなのに王族じゃねえ仁族はその間に何代分もの生涯を終えちまう。
時を操る仁族は皮肉なことに五種族の中で一番寿命が短い。
『俺ら』の十分の一、百分の一程度で死んじまう……だからこそ気が逸る。
アゼルトが死んで数千年待った。代が変わる毎に様子を見に来た。
一目見て分かった。アゼルトの生き写しだ。時を巻き戻して生き返ったんじゃねえかとすら思った。
アゼルトのことは産まれた時から見てきた。いつの間にかガキになって、デカくなるのはあっという間だった。好いた女ができるのも、国王になるのも、死ぬまでも。
クソ生意気なガキだったが成長して快活で朗らかな性格に。情に厚く懐も広く温かく人を包む力がアイツにはあった。誰もが恐れる竜人族を一つも怖がりゃしねえ。常に人が集まるアイツの側は居心地よかった。離れ難かった。アルメリアの国王にするのが惜しかった。番にして共に生きたかった。
けどアイツはこの山脈沿いの国を愛してた。常に国を、民を、未来を想って行動してた。仁王族には使命がある。そして俺にも——。
アイツと連れ添うのは無理だと思ったから諦めた。
首を振って気を取り直す。
透けるような銀髪に長いまつ毛。女に間違えそうな綺麗で優しげな面立ちの中にどこか凛々しさを感じさせる顔……の、どれも幼い版。
俺がコイツを気に入ったのはアゼルトの生き写しだからなだけじゃねえ。
震えてたのに自分じゃ気づかなかったんだろうな。
協力を願う声は強い意志を感じさせた。真っ直ぐ見上げてきた虹を帯びたどこまでも深く、鮮やかな虹を帯びた銀色の瞳には決意を乗せてた。だけど上げていた手は、握った拳は、微かに震えてた。死の恐怖ってもんだろ。
まあ無理もねえ。王族喰らいだと思われてたんだ。
でもコイツは死にに来た訳じゃなかった。他を生かすためにたった一人でここまで来た。
時々。不意に遠くを見つめる顔は心の底から国や世界を憂うものだった。
ちっせえ頃から戦場に立って国の為、民の為の心の拠り所になろうとしてたんだろ。
ひとりぼっちで踏ん張って立ち続けて。
守られるはずの立場に居たのに守ろうと必死だったのが見て取れる。
アゼルトにゃなかった。今まで見てきたどんなヤツにもなかったガンギマリの覚悟決めてたその心意気が気に入った。
守ってやるべきだという庇護欲と共に、早く、自分のものにしたいという気の逸りが湧き上がり、せめぎ合う。
頬にかかった髪をそっと払ってやるとリゼルトはまつ毛を震わせて身動ぎした。
番にしてやればその寿命も身体能力も強靭さも大幅に伸びる。成人前なら尚更だ。後たったの半年で成人。
まだ早い。でも共に生きてく番にするなら今すぐにでも。
……たった十年の間にアルメリアがここまで酷い惨状になってたとは思わなかった。もっと早く訪れるべきだった。
コイツも仁族も疲弊しまくって、より困難な状況に置かれてる。幾ら準備を整えてきてたってつってもコイツらよりずっと寿命の長い『俺ら』は悠長にし過ぎた。
胸元で丸くなったリゼルトのあどけない寝顔をもう一度見る。
今は、まだ、もう少しだけ……待っててやろう。コイツの気持ちが追いつくまで。
……敢えて訂正はしてねえ。コイツ、俺が完全にアゼルトと重ねて見てるだけだって勘違いしてやがる。
お前がアゼルトと別人だってこた分かってるつもりだ、ゼル。確かにアイツの面影を追ってた。けどちゃんと惚れ直して選んだんだお前を。
ただ——まだ明かせねえ。『俺ら』の本当の目的を。
『時の間』は仁王族が自ら望まなきゃ開けねえ。
見つめてるだけで心が満たされる。これがほんとの番に向ける感情。
横抱きにして楽な姿勢にしてやる。
俺が守ってやる、助けてやる、解き放ってやる。全てから。
国外じゃ他の王族も皆、異変に気づいてる。今代は力にも恵まれてる。準備も出来てる。いい加減、解放してやってもいい筈だ。そしたら仁族の寿命も伸びる。
時が来た。
だからゆっくり眠れゼル。幼いお前が一人で背負う必要はねえ。
口には出さずに語りかけながら額に小さくキスを落とした。




