第十四話 最終決戦
ジワリ
闇の時が動き出す。
まあそう簡単にはいきやしない。
皇帝が闇の力を強めて時の停止の力を侵食してきた。面白いくらいに燃え広がってた炎の侵攻が堰き止められる。
ここからが本番。僕の力の見せ所。
炎が燃え盛る時をより強く加速推進させ、闇の侵食を減速させる。停止はインターバルのせいでしばらく使えない。拮抗していた炎と闇は再び炎が優勢となり、土が見える範囲が広がってく。
細かい計算。頭を使っていかに効率よく炎を進め、闇を減速、後退させるか。
竜人族が口から吹くだけでなく腕からも炎を生み出し、遠くへ投げ爆発が起きる。炎の燃え広がる形を変え、眼下に広がる広大な地形を利用して照らして、払って、燃やして、消しとばす。
観察、思考、計算。細かいことはお任せあれ。規模は違えど今まで散々、もっと細々したことだってやってきた。
頭をフルスピードで回転させながら、カガリが旋回し、焼き払って回る炎を広げ、他の竜人王族達の炎を広げ、闇を後退させて行く——そろそろ次の手にも移るか。
カガリの作戦……なんのために土の王族を連れてきたか。
竜人族が進んだ後は空中に薄く透ける霊人王族達が瘴気を払ってくれてる。もう、人が降りられる空気になってるはずだ。
僕は腕を大きく振って合図した。土の王族を背に乗せた竜人達が散会し、随所に彼、彼女達を焦げた土の上に下ろす。頭領の彼女の合図と共に彼らは一斉に土に手を当てた。
カガリは言った。
——『いいか、ゼル。皇帝は闇を使って命を喰らう。だが、皇帝が嫌うものもまた命だ』——
そこで彼女達の出番だ。土に命を吹き込む土の王族、獣人。今代、力の強さにも数にも恵まれた彼女達が闇に飲まれて死んでた土地に命を吹き込む。
そして僕がその命の時を進める!
炎の時を進めながら、闇を後退させながら、命を育てる。高等人形兵を朽ちさせたあの時カガリが僕に『覚えとけ』って言ってた意味が今なら分かる。
チクタク。
土から芽吹き、小さな苗から若木へ。
チクタク。
成木へ、草花が広がり、低木が生い茂る。
チクタク
そして育った木は絡み合い大樹へ。死した世界の半分。北の地は巨木の生い茂る森となれ!
大樹が育つ。身軽な獣人族達は猛スピードで成長する植物に呑み込まれないように、躱しながら、操りながら、また新たな命を吹き込み生きた土地を生み出していく。
幾ら時の力でも無から有は生み出せない。彼女達のおかげで、命が宿った。潮の洗い流された土地に命が芽吹く。
南の地で生きる全ての王族が力を合わせてる。立ち向かってる。世界の命運を掛けて。
広大な大地が闇から緑へ生まれ変わる。命が芽吹けば芽吹くほど、皇帝の力は削がれる。
焼き払い、削り、浄化して、芽吹かせる。そしてそれらを加速させるのは時だ。
遥か昔、北の山脈を越えて。帝国が侵攻してきた時。後にアルメリアとなった土地は真っ先に闇に呑まれた。
他種族の力も借りて長い年月を掛けて命を吹き返した美しい川を、緑豊かな森を、賑やかな動植物を。
失っちゃいけない。守らなきゃ。もう二度と同じ過ちを繰り返させやしない。
闇を皇帝から断絶し世界の半分という広大な地を蘇らせる。
そりゃ歴代最強がいなきゃ成せやしないさ。二人揃って、ね。
黒い大地が緑の森に呑み込まれてく。一万何千年も昔とは逆に。
闇が皇帝の居る城と完全に断絶された。時を更に加速させる。カガリが念話で細かい指示を出し、切り離した方の闇の処理にも竜人達を向かわせた。
僕は慎重に戦場に目を配った。闇の取り残しを消す。緑を育てる。そしてようやく皇帝が動いた。彼は闇を引き退げた。
自身を、闇を、強化する最終手段。体から無限に生み出される闇をより濃く、深く、強力にするために引き摺り込む。
「今だ!」
カガリの青白い炎が駆け抜け、退いてく闇を一閃して払った。
「行こう! カガリ!! 」
「ったりめーだ!! 」
カガリが姿を戻し羽ばたいて、僕を連れて崩れた城の頂点を目指す。竜が炎を吹く。城を、取り巻いてた闇が払われ、ついに皇帝その人が姿を現した。
昏く、光を反射しない黒い目。瞳。血の様に赤く縦長に切れた瞳孔。漆黒の長い髪。血の気のない青白い肌。
僕がボウガンを放ち加速させる。カガリは背から真紅の刀を抜いた。時を停止させて放ったはずの矢は当然の様に闇の盾で防がれ黒く侵食されて朽ちた。
まあそんなもんだ。叔父上でさえあれだったんだ。闇の根源。皇帝にこんなちっぽけな攻撃が通じるとは思ってやしない。
「滅びに来たのか……南の王族よ」
皇帝の揺らめくようなしわがれた声が問いかけて来る。
「生きるために来たんだ、僕達は 」
僕は言い放ち。カガリが刀に炎を移した。二人で皇帝と対峙する。
「光があれば闇は宿る……光に満ちたこの世界は鮮やかだ。闇に黒く染まるにふさわしい……」
皇帝がうっそりと自分の顔を手で包みながらそう言った。
「光があったら『影』ができるのは当然さ。でも闇とは違う。全くの別物だ。影の中でも色はある。無理やり黒く塗りつぶさないで欲しいところだね」
僕が嫌味を言うと皇帝の紅い瞳孔がこちらを向いた。
「そもそもの話、君だってこの世界の生き物だろ。なぜそうも壊そうとするんだ」
「ああ……愚かな童だ。私がいつ……この世界で生まれついたと言った……」
二人で顔を見合わせた。
「どう言うこった」
カガリが隙なく刀を構えながら訊ねる。
「黒く、染まった世界で……私は生まれた。そこは闇の住人で溢れていた……度々落ちてくる色ある者を呑み込む。それが私達の使命だった……」
そこを人は地獄と言うのだろうか。
地獄の住民。それが皇帝の正体。僕達は小さく息を呑んだ。
彼と同じ種族が居るならまた同じ事が起こり得ない。
けどその懸念は皇帝が次に発した言葉で消し飛んだ。
「私は静寂を好む。闇の世界は五月蝿かった……色ある者の断末魔。闇が沸々と湧き立つ音。住民のさざめく声……静かなようで五月蝿い。だから私が全てを呑み込んだ……」
「同族を皆殺しにしたっつーことか」
「殺したのではない……一つにしただけだ私の『闇』は……何をも呑み込み己のものとする力だ」
「同じ事だろ」
カガリの顔が険しい。皇帝はそれに答えることもなく語り続けた。
「ああ、哀しいかな……全てを呑んでも、あの世界は成り立ちから音に溢れていた……湧き立つ闇の音が止まぬ。光無き世界は五月蝿いままだった……そこで私は考えたのだ」
皇帝が恍惚としたように空を見上げた。
「光ある世界を作り変えればいいと。私のためだけの世界を作ればいいのだと」
聞いてて段々腹が立ってきた。
「私は求めた。色ある者が堕ちてくる先の光ある世界を……闇の世界を侵食し、ようやく辿り着いたのがここだ」
「ごめん被るよ。この世界に生きる僕達にとってはいい迷惑だ」
皇帝は僕を見遣った。
「いい……ではないか。生きとし生けるものはいつか死ぬ……」
「身勝手が過ぎるな。命あるものがいつか死ぬ。そりゃ当然の原理さ」
僕は彼の紅い瞳孔を睨んだ。
「でもでもお生憎様。この世界は『時』が回してる。『土』から生まれて『水』を得て。草木は育つし、その命をもらって動物や人は生きてる。水や草木、『炎』が宿る太陽があるから『風』は生まれるし、人はそれを感じられるんだ」
この世界の在り方を語る。
「全部生きてる。そして時が経ったら自然と死を迎える。火、水、風、土それと時。この世界は五種の力で巡って成り立ってる。全て呑み込んで死を運ぶ『闇』はお呼びじゃないよ、皇帝」
「憐れな童よ。分からぬか……だからこそ、だ。命の音に満ちたこの世界こそ滅ぶに相応しい……大地を、海を、空を呑み込み、私が闇を引けば……静寂が訪れる……私はこの世界に静寂をもたらしに来たのだ……一人静かに過ごすために」
「身勝手なことばっかくっちゃべりやがって……寝言は寝ていいやがれ! 」
僕達の周囲が激しく燃え上がる。カガリが放った青白い炎で。皇帝の闇をも切り裂く歴代最強の竜の炎。
でも、その前に一つ。僕は気づいてしまった。
「時が完全に止まった世界では。一切合切音がしない。耳が痛くなるような静寂に満ちてる」
怒りに戦慄く僕の手をカガリの温かい手が包んだ。少し、落ち着く。それでも、確信を持って……
「お前は時の力が欲しくて叔父上を唆したんだな……!! 」
「ほぉう……随分と勘のいい……」
皇帝が目を細めた。僕は瞬時にナイフを投げた。でも当然闇に溶けて終わる。
「……最初は世界を飲み込んで静寂をもたらそうとも思った。だが失敗に終わった……」
皇帝は顔を覆っていた手を外した。
「その時、目に留まったのが時の一族だ……山脈を延々止め続けるお前達の……能力は素晴らしい。私以外の時が止まれば、済む話だ……闇は全てを飲み込み増幅させる。お前達を取り込み時を操る術を得れば……ことは成されると思いついた。一人。脆弱で馬鹿なのが居たから、使ってやっただけだ……結局……役には立たなかったが」
僕は奥歯が鳴るほど食いしばった。
「ああ、叔父上は確かに馬鹿さ!でも唆したお前が貶すのは許さない!! 」
ぽん、と肩に手が置かれる。
「落ち着け、ゼル」
カガリがヒュンと刀を振った。青白い火の粉が舞い上がる。
「ここからは俺の仕事だ」
そうだ。ここからは彼の頑張ってもらい所。
僕はこくりと頷くと、一歩引いた。次の瞬間、青い炎が尾を引いて皇帝に迫った。皇帝は漆黒の刃を抜いた。ぬるりとした動きでカガリの刃を受け止める。
「竜人か……血の気が多い」
漆黒の刃がどろりと溶けてカガリはバランスを崩した。闇に覆われた皇帝の剣が繋がりそのまま振り下ろされる。
「カガリっ! 」
カガリは崩した体勢そのまま前転して躱した。ほっとしたのも束の間。皇帝が緩急をつけた攻撃を仕掛け始める。
問題は皇帝の剣だ。カガリの刃が受け止めたと思ったら溶けてすり抜けてまた繋がる。
僕は皇帝の刃の時を停止の応用で固定した。闇を停止させるのを目に見える範囲だけに絞ってたのは皇帝との戦いを考えての事だった。残しておいてよかった。
冷たい汗が僕の背中を伝った。
カガリの燃える刀が皇帝の固定化された剣を弾き、闇を払う。
「ほぉう。いい使い方だ……やはり欲しい」
瞬間。皇帝の足元から闇が広がり、僕達の足場を侵食した。カガリが即座に辺り一帯に炎を放って闇を払ったけど、僕達は慌ててブーツを脱ぎ捨てる羽目になった。黒く染まったブーツが溶け崩れる。
あっという間だった。次はない。
額を汗が伝う。カガリが燃やしてるこの足場もどれ程保つかわからない。いや、でも。
「カガリ! 準備ができた!! 」
「おう、任せろ! 」
炎の中で皇帝と激しく斬り合うカガリに僕は叫んだ。
僕はなにもうかうかして見てただけじゃない。
皇帝が闇を引き上げたおかげで森はもう、すぐそこまで広がってる。城は竜の炎が取り巻いてる。もう皇帝の闇の逃げ場はない。
僕は炎が燃え盛る土の奥深くから周り込ませてた森の一部を一気に地上へ育て上げた。
侵食は何も皇帝だけの十八番じゃないさ。命ある緑だからこそ、闇を呑み込めるんだ!
加速、減速、巻き戻しを繰り返して土の王族のように木々を操り、皇帝の手に、足に枝を巻き付ける。当然侵食してくるけど命はそう簡単には潰えない。
僕は闇の侵食を巻き戻し、生命力溢れる緑の時を進めて力を拮抗させた。彼の動きが止まる。
その一瞬の隙を突いて。青く白く燃え上がるカガリの刀がその胸を貫いた。
皇帝の目が見開かれる。黒い体がさざめいた。
ここからが今度は僕の頑張り所だ。
皇帝の体中からワっと闇が溢れ出た。僕やカガリを、彼の炎をも呑み込もうとするそれの時を、押しも引きもさせない加減で巻き戻す。そして胸に突き立つ炎の時推進させた。
全てを呑み込む皇帝にも弱点はある。闇は彼の細胞一つ一つから生み出され、全身、及び体外へ巡らされる。彼こそが闇の根源。そしてその闇を巡らせるのは──心臓。
今、闇を払う炎が突き立ってる。これを消させちゃいけない。皇帝の心臓に突き立つカガリの炎を絶やしちゃいけない。一人で世界を呑み込む皇帝の闇の勢いになんて負けちゃいられない。無駄にするな。これまでの一万何千年という長い時を。
時の力をより強く扱うために両手を突き出し皇帝へ集約させる。
「うぉぉぉおおお!! 」
カガリが叫んで火力を上げた。青白い炎が燃え上がる。僕も時の力でそれを底上げした。
目が熱い。痛みが疾る。視界が赤く滲んでく。
闇と炎の拮抗を崩そうと時を操る僕の手に、誰かの手が添えられた気がした。一人や二人じゃない。何人もの手が重なり合った温もりが伝わってくる。
──『僕たちは君が帝国を倒す、最後まで。目に見えなくてもずっと、側にいる』──
時の間で最後に聞いた十七代目の言葉が蘇る。
そうだ。僕はもう一人じゃない。
みんな側に居る。炎の、水の、風の、土の王族も、カガリも。
そしてこれは僕で最後となる時の王族全ての悲願だ。歴代国王が力を貸してくれる。
「うわぁぁあああ!! 」
思わず僕も声を上げてた。炎の時が一気に加速し眩い光に包まれる。
最後の義務、使命、約束。ここで踏ん張らなくてどうする。
拮抗が──崩れた。
「ぐぅっ!」
皇帝が呻き、彼の心臓に炎が燃え移った。小さく灯った火種はやがて炎へ。炎は育ちやがて業火へ。
爆風が吹き荒れ青白い炎が舞い散る。カガリが素早く僕の側へ退がってきた。
「あぁぁあぁあぁぁああぁあぁぁあぁあぉぉぁぁぁぁ」
燃え盛る闇の皇帝が長い断末魔を上げる。ゆらり、ゆらりとよろめいて歩きながら助けを求めるように僕達に手を伸ばした。
「悪いけど皇帝、君は救ってあげられない。今まで奪ってきたもの全て。君の命で払ってもらおうか」
皇帝は身悶えてその形はゆっくりと焼け崩れてく。彼の苦悶に満ちた声は長く長く尾を引いた。
「世界は返してもらう。けれど──
僕は口を噤んで彼の時を進めた。
チクタク。
時計の針が進む音がする。
チクタク。
彼がどこから来てどこに還るのかは分からない。
チクタク。
けれど──せめて、最期は安らかに。
体感速度にして一瞬にも満たない、世界の時でも一秒と経たない間に彼は燃え尽きた。
誰も彼もが息を呑んで見守ってた。燃え盛る炎の爆ぜる音だけが満ちてた。帝国の、皇帝の最期を見届けてた。
青い火の粉が散る。最後の闇を払って。
カガリが腕を払って炎を消した。もう何も無い。残ってるのはくすんだ灰色の焼け崩れた城だけ。
誰も動かない。音もしない。一瞬の静寂が満ちて——周囲がドっと湧いた。
竜が空を飛んで雄叫びを上げる。獣人族が森の中から歓声を上げて、海から水人族が手を振った。霊人族が喜びを乗せた風を吹かせる。
僕とカガリはその場にへたり込んだ。
終わった……全て。何もかも。
一万と何千もの時を経て、ついに帝国は消え去った。
誰もが笑顔だ。笑ってる……そう、僕は人の笑ってる顔が好きなんだった。だから触れ合いたいし、喋りたい。心が温かくなるから。
風がそよいで木々の葉を鳴らした。命の一欠片もなかった北の大地は今や緑溢れる巨大な森だ。
人も、動物達も、もうこの大地を自由に歩ける。
厚い雲に覆われてた空が、僕達を中心に割れて眩しい太陽が顔を出した。
十年ぶりの青空に自然と涙が零れ落ちた。
森の緑が輝く。海が水色に冴え渡る。晴れ渡った空はどこまでも青く、遠く、澄んでて……焼け焦げた尖塔の上。見渡す世界は綺麗だった。




