第十三話 さようならアルメリア城
カガリに手を引かれて城から駆け出る。そこに居たのは。
一言で言い表せば。ドデカい小山。
紅い瞳に紅い鱗に様々な色をした角の竜。それが城の目の前にドデンと居座り、上空にも何十と飛んでる。
下手したら城より大きんじゃないか……。
僕の目を今、側から見たらきっと点になってる。カガリは得意げに踏ん反りかえった。
「国境や西、北の広範囲に残ってた帝国兵も魔物も怪物も何もかも。ぜーーーんぶ焼き払ってからこっち向かってもらってたんだよ。コイツらみんな竜人王族。いやー世界中から集めるのにどんだけ苦労したかって。竜人は念話で言葉を交わせる。……特に歴代最強の俺はどんな距離でもどいつにも呼びかけれる……一方通行だけどな」
いやいや確かに世界中でこの人数って言ったら少ない……少な、い?かもしれないけど、どんだけ連れて来たんだよっ!!
何百人もの竜人族が地上でワイワイガヤガヤ、何十もの竜がビュンビュン、飛んだり、王都や郊外でドデカい体を休めたりしてる。しかも竜の姿の彼らの背の上には……
「にゃん、にゃん、にゅん、にゅんっ!」
猫のような三角の耳と長いしっぽを覗かせて、橙色の髪に色濃く鮮やかに光る橙目をしたコケティッシュな女性が一頭の竜人族の背中から身軽に降りてきた。
「ハロー! 君が最後の『時の王族』にゃんっ? 随分可愛い子だにゃんっ! 来るのが遅くなっちゃってごめにゃ! 一応これでも急いできたにゃんっ! 国境付近から土地に力を吹き込んだから、直に実り豊かな森や畑が息を吹き返すにゃんっ! 」
元気いっぱい手を握られ、一気に捲し立てられ、僕は目を白黒させた。初めて目にする——
「おら、俺の番に手をを出すなよ。『土の王族』獣人の現代頭領だ。他の王族も引き連れてる」
カガリに紹介されなくても分かった。そう、獣人族。生まれて初めて目にする他種族。それもそのトップ、頭領ときた。
しかも他の竜人達の背中からも大量の橙髪橙目の土の王族達がみんなして。あっちからこっちから興味津々な顔を覗かせて。耳をぴこぴこ、しっぽをパタパタゆらゆら大勢で手をを振っきてた。僕が僅かに頬をひくつかせながら手を振り返すと彼、彼女達がドっと湧く。
「見た? 」
「見た!! 」
「見た見た! 」
「時の王族!! 」
「細いな! 」
「ちょー可愛い!! 」
「若いな! 」
「かっこいい!! 」
「小さいな!!」
「子供ながら頑張ったってもんだ!! 」
「独りっきりだったって聞いたぞ!」
「「「「すげーーーっ!!」」」」
まるで見世物だ。おまけにちょいちょい、結構、沢山、割と失礼な言葉も混じってるし。
頭領の彼女といい獣人族は溌剌とした印象が強い。
「え〜? カガリ、こんな小さい子にもう手を出しちゃったにゃん? ヘンターイ! 」
そうだ。もっと言ってやって欲しい。いや、でもちょっと待て。小さい子とはいただけないな!
「……で、顔合わせは置いといてだな。本当にいいのか、ゼル」
僕は城を見上げた。
白く、荘厳な壁。目の覚めるような青い屋根。山脈に寄り添うように聳え立つ『アルメリア城』。
薄黒い闇の結界に囲まれてないその全貌を見るのは十年ぶりだ。
「うん……」
僕は静かに頷いた。
僕が、生まれた。七歳まで、育った。父上を見送った。叔父上を見送った。舞を捧げた。初代から続くアルメリアの……いや、アルメリア『王家』の象徴。その最期の姿を目に焼き付ける。
「……壊そう」
ピュウと冷たい風が吹き僕の銀の髪を吹き乱した。
「アルメリアの王家は父上の代で、お終いだ。もう、国王はいない。王家の象徴も、もう要らない。感謝も捧げた。歴代国王達の魂も解き放たれてる。時の間も開けて来た——壊そう。アルメリア城を」
思ったより哀愁は、ない。やれることをやり切ったから。
「どっちにしろ、時の鍵を壊したら真っ先に闇に呑まれて侵食される。焼き払わきゃならなんだから。どうせなら僕達の手で壊してあげよう」
僕はカガリを振り返ってにヘラと笑った。
「そして次は……南の温かい所にさ、新しいシンボルでも建てればいいよ。ジーク団長もそこにいるんだ。今後アルメリアを率いてく人だよ」
カガリに頭をくしゃくしゃっと撫でられる。その感触がこそばゆくて逃げ回った。
「僕の第二のお父さんだ。ちゃんと挨拶してね。僕に勝手に番の証付けたこと怒って殴られるくらいは覚悟しときなよ」
笑いながらそう言うとカガリは複雑そうな顔をして肩を抱いてきた。しばらく二人で並んでアルメリア城を見上げる。
「それじゃ、いいか」
「うん」
僕が頷くと、カガリはドデカい竜人達に合図を送った。太く、長く、大きな尻尾が——一斉に振り下ろされた。
ドガアンッ、ゴオンッ
激しい衝撃音と土煙が上がり、時の間が開かれた城が呆気なく崩れてく。
さようなら、アルメリア城。ありがとう、時の間を、山脈を守ってくれて。
もうもうとした土煙が風に払われた後、残ってるのは瓦礫の山と、時の間へ続くポツンとした穴だけ。
「行こう」
カガリの手を引く。
「ん」
カガリは僕を抱き抱えると、背中から竜の翼を生やした。バサリと一度羽ばたくと浮いて、一気に加速した。洞窟の入り口につく。
「みんなもよろしく!」
振り返って、切り立つ崖の上から竜人、獣人王族達に叫ぶ。
それを合図に竜人達は皆巨大な竜へ姿を変え、それぞれの背中に獣人をニ、三人ずつ乗せて飛び立つ。地上に留まった竜は山脈沿いの広範囲に展開した。他の竜も既に上空で待機してる。
後は僕とカガリの合図を待つばかりだ。
洞窟の奥へ進み、白銀に輝く時の鍵を見つめる。そっと手を当てると、金属質なのに不思議な温もりがあった。
まるで歴代国王達が「ここにいるよ」って言ってるみたいだ。
大丈夫だ。みんなそばに居る。
隣に立つカガリを見上げちょいちょいと手招きした。彼が怪訝そうな顔をして屈むのを待つと僕はそっと頬に手を寄せて、ちょん、とだけキスした。カガリの目が点になる。
「僕も、君のことが大好きだよ、カガリ」
ニッと笑って鍵に向き直った。
「にゃろめ……終わったら待っとけよ」
後でカガリの恨めしそうな声がする。
「それじゃ……いくよ」
目を閉じて。開ける。
チクタク。
時計の針が進む音がする。
チクタク。
長い時を経て。
チクタク。
『鍵』の時が今進んでく。
チクタク。チクタク。チクタク。チクタク──ピシッ
「カガリっ! 」
「おう」
カガリに抱き上げれる。
パキン
と澄んだ音を立てて時の鍵が壊れた。一瞬の静寂の後、山鳴りがし始める。カガリが翼を広げて飛び立った。一拍置いてドっと黒が侵食した。時の間を、山脈を。影から、闇から帝国軍が湧き出る。僕はカガリに抱えられて滑空し洞窟から飛び出した。
瞬間。業火が辺りを包む。竜となった竜人王族達の炎が山脈の闇を押し留めた。
カガリがグンッと速度を上げて上空へ……かと思ったら僕は宙に置き去りにされた。
「う、ゎ!? 」
内蔵を置き去りにしたような浮遊感。の直後。ドシンと何かに腰を打ち付けた。
「酷いことするじゃないか……カガリ」
『ははは、覚えてろって言ったろ』
僕は竜となったカガリの首に落っことされたみたいだ。
「高い……」
空高くから見下ろす山脈の向こうは真っ黒に染まってた。建物も、木も、草も。
風がない。音がない。生きてるものの気配がしない。蠢くのは闇から浮き沈みする人形だけ。
『見ろ』
「あれが……」
北の果て。漆黒渦巻く尖塔が覗く城。皇帝の棲家だ。
僕はカガリの頭元まで這い寄ると、丁度いい足の引っ掛けどころを見つけて腰を落ち着けた。
パン。と手を叩く。
「さあ、天変地異と行こうじゃないか!」
姿勢を正し、目を閉じて。開ける。
僕は沸々と湧き立つ、城を取り巻く、目に見える範囲の闇を停止させた。
それを合図に北の果ての更に向こうの海。暗い色をしたそれがサアッ一気に澄んだ色に変わった。そして一瞬の揺らぎと共に潮が引いた。まるで、海が消えた様に。
皇帝は山脈のこっちを見てる。僕達は防衛戦を張ってると思ってる——なら、挟み撃ちだ。
この世界で一番栄え、数の多い水人王族達。
彼、彼女達の力によって一瞬にして潮の引いた海は特大の強烈な津波となって返ってきた。上空まで響き渡る波が地を打つ音。濠流となって何もかもを押し流す。黒い建物も、木も、草も、出来かけの人形も、何もかも。地上を洗い流して浄化してく。それでも黒い城は堅牢なようで、まだ残ってる。
ま、これくらいでどうにかなるなんてこっちも思っちゃいないさ。
一瞬にして潮が引き、静かな海に戻ったかと思いきや竜人族を避けて不自然な土砂降りの豪雨が降り出す。潮を洗い流す浄化の雨が。
僕は雨が作り出した水の勢いを加速させた。潮を全て洗い流すまで。
この黒く死んだ土地に『命』を吹き込むために。
雨が止む。カガリの合図で数百頭の竜の炎が一斉に吹き荒れた。僕はその燃え広がる速度を一気に加速、推進させた。
燃えろ。広がれ、焼き払え!
炎が勢いを増し、闇を払い、焼け焦げた茶色い土が顔を覗かせる。火を吹く竜が行軍する。
彼らの手の及ばない隙間の闇をもを燃やし尽くす様に僕は進行方向を変えながら時を操った。燃え広がる業火に闇が払われる。
カガリが通常の赤い炎と比べ物にならない威力の青白い炎を吹いた。真っ直ぐに闇を切り裂いて城を取り巻く渦を消し飛ばしす。
この時を待ってたんだみんな。世界単位多用多重の時を行使する歴代最強の『時の王族』を。
この時を待ってた。何をも焼き払い、闇を切り裂く青い炎を吹く歴代最強の『炎の王族』を。
死が支配する北の地は今日限りで消えて貰うぞ!皇帝!!




