第十二話 最後の巻き戻しの舞
僕は泣いた。人生で一番、これ以上ないって程泣いた。カガリはそんな僕を抱きしめて優しく背中を撫でてくれてた。しゃくりあげながらも泣き止むまで。
「泣け泣け。おら泣け。今まで我慢してた分全部吐き出せ」
「もう、ひっく、全部出た……」
それでも彼にしがみついたまま、抱きしめられたまま。僕はしゃっくりを引っ込めようとしてた。カガリがトントントントンと赤ん坊をあやすみたいに背中を叩いてくる。彼は自分の頭をガシガシ掻いた。
「ああ、もうほんと馬鹿だな俺らは。こんなちっせえ背中に十年もデカすぎる世界の命運なんてもんを乗せ続けて」
「僕は小さくない。ひくっ、標準的だ」
「うっせ、チビだわ。俺の腕の中にこんなすっぽり収まっちまう」
すっぽり収まっちゃうのは君がデカすぎるからだって言葉は飲み込んどいた。
彼は僕の頭を撫でた。何度も何度も、優しく。
「なあ」
カガリが話しかけてきた。
「落ち着いたら、巻き戻しの力は使わねえでいいから。お前の舞を見せちゃくれねえか」
僕は目を瞬いた。
「『時封じの儀』のためじゃなくていい、お前の舞が見てえんだ」
「でも、この後……鍵を壊して、帝国に攻め入るんだろ? 」
顔を拭って彼を見上げる。カガリは優しい顔して僕を見下ろしてた。
「ああ。鍵は壊す。『時の間』は無くなる。時封じの儀も、もう、二度と。行われなくなる。あの舞をあの場所で。見ることは、もう二度とできなくなんだ」
僕は彼の言いたいことがなんとなく分かった気がした。
「見せてくれ、最後の舞を。お前が十七年掛けて磨いてきた『巻き戻しの舞』を。力は使わなくていい。千年くらいアルメリアに入り浸って、ずっと見てきた。あの舞は美しい。最後に見たのはアゼルトの舞だった。俺はお前の舞を見てあの場所を終わりにしてえんだ、ゼル」
カガリの優しい手が背中を撫でる。
「城の、国境の結界が解けて、皇帝もそろそろ気付いたはずだ。こっちの準備も、もうじき整う。インターバルも解けるはずだ。それまでまだ、あと少しだけある。お前が人生掛けて踊るつもりだった舞を見せてくれ」
僕はこくりと頷いた。
————静寂の満ちる時の間で。
儀式用の鈴も、衣も、小道具も何もない。
祈りを捧げる王族も、もう誰も居ない。
仁族から時を奪う事もなく、力を使う事もない。
ただ、純粋に。
長い長い時を、世界を、国を守り続けたこの場所に。
終わりを告げる為だけに。
————感謝の舞を最後に捧げる。
僕はブーツを脱いで裸足になり、ズボンの裾を巻いて膝下まで上げた。
「それじゃ、最後まで——見守って」
握っていたカガリの手を離して、『時の鍵』の前に立つ。
目を閉じて。開いた。
トーンと地面を蹴って高く飛ぶ。くるりと旋回して大きく腕を振った。地に手を突き、地面を蹴り上げる。大きく脚を広げながら、回転した。
初代から僕で、二十一代目。
一万何千年と昔から。百年毎に行われてきた『時封じの儀』。
時の鍵を止める為に、百年毎に巻き戻す為に、仁族全てから命を捧げる為に、舞われてきた舞を。
他の何にでもない、山脈を守る為に作られたこの『時の間』に捧げる最後の舞を。
仁王族最後の僕が、舞う。
銀色に輝く鍵を中心に、跳んで、跳ねて、回転して。大きく腕を振って、上げて、回して。
天を仰ぐように、大地を守るように。大きく身を逸らして、屈んで、跳ね上がる。
静かな洞窟で、時の止まった空間で、ひたすら踊る。
感謝を込めて。終わりを願って。静かに眠れるように。一万何千年と昔から。この場所に捧げられてきた命を弔うための最後の舞。
腕を伸ばす。指先で空気を撫でる。踏み締める。つま先でトンと軽く叩く。
衣の代わりといっちゃなんだけど、長く伸ばしてた銀の髪が靡く。
時の鍵を中心に、縦に、横に回転しながら、腕を大きく振りながら、足で大地を踏み締めて、くるくると回る。
時計の針が進む方向と、逆向きに。時を巻き戻す、時封じの儀。
もう、終わりだよ。
自然と涙が溢れた。
何千人もの王族がここで、祈りを捧げてきた。何十人もの国王がここで、何度も舞ってきた。何千何百何十万人もの仁族の命をこの、鍵の時を巻き戻すためだけに貰ってきた。
山脈の時を留めるために。国を、世界を守るために。
これで最後。この場所で舞を捧げるのは最後。命を捧げられることはもう、ない。
鍵は壊される。時の間は、閉ざされる。山脈の時が動き出す。
——時が来た。
タンッと大きく足を踏み出して二転、三転と宙返りする。舞も終盤に近づきより早く、強く、激しくなってく。
トトトン、トン、トン。
ステップを踏む。回転する視界に過ぎるのは鮮やかな赤。
大丈夫、僕はひとりじゃない。
カガリが側で見守ってくれてる。
腕を振る。指を伸ばす。足を踏む。回転する。旋回する。
ほんとは手に持つ鈴が澄んだ音を立てるはずだけど、今は衣擦れと足音、僕の息遣いしか聞こえない。
時封じの儀が終わる。
初代から代々引き継いできた記憶と『巻き戻しの舞』が最後を迎える。
捧げる命はない、力も使わない、時は巻き戻されない。
それでも最大限の感謝を込めて————
大きく腕を伸ばし切って跪く。
シャン。
鈴の音が重なった気がした。
終わった。最後の舞が。踊り切った。最後まで。
————ありがとう。この地を守り続けてくれて。
顔を上げて僕は目を瞬いた。
暗い。真っ暗だ。今、さっきまで僕は時の間に居たはず。カガリはどこ?
不安になって見回すと、大勢の人に取り囲まれてた。咄嗟に身構える。
でも、すぐに緊張は解けた。
彼、彼女達はみんな銀髪銀目に何処か見覚えのある面影。中には僕と瓜二つの人、父上も居る。丁度二十人。
ああ、貴方達は……
半円状に僕を取り巻いてた人々の、一番左端に居た人が進み出てきた。僕の前まで来ると立ち止まって微笑んだ。
彼は、彼こそが初代アルメリア国王。
二十人から一斉に拍手が湧き上がる。
『見事な舞だった』
初代の高すぎず、低すぎない。耳に心地いいよく透る声が響いた。ピタリと拍手が止む。
『リゼルト・A・アルメリア。我々はずっと君を待っていた』
初代が膝をつき、僕の両肩に手を置く。不思議な温もりが伝わってきた。
『この場所で、力を使わず、舞が踊られる時を。待っていた』
歴代国王がみんな力強く頷く。
『一万何千年と昔、帝国が攻めてきた時。当代の王族達の力量はバラついていた。時の王族である、私が一番強力な力を持っていた』
僕はこくりと頷いた。その記憶も継承してる。
『炎の王族が押し返せたのはこの山脈までだった。帝国を倒すには至らなかった。だから、時を止めて、封じるしかなかった』
初代は悲しそうに微笑んだ。
『私は子孫に『使命』と、『業』を背負わせてきた。そして、君には最も辛く、苦しい時代を生きさせた』
僕は彼を真っ直ぐ見つめた。
「仕方がなかったことだと思います。貴方はそうする他なかった。父上の代で、叔父上の裏切りがあるとは誰も予想できなかった。帝国の危機にもう一度晒されるなんて誰にも分からなかったことでしょう? 」
父上に目を移すと、彼もまた悲しそうに微笑んでいた。
『ああ、優しい子だ。心根の真っ直ぐな子に育った。最後の舞を踊るのに実に相応しい子だ、君は。リゼルト』
初代が肩に置く手に力が入った。
『私と、私の子孫達は時の鍵に『魂』を注いで来た。だから今、こうして君の前に現れている』
「なら、ここは天国ですか?僕にはまだやらなきゃならないことがあって、待たせてる人がいて……」
『いいや、これは記憶だよ』
「現実じゃ、ないんですか?」
『時の間であることには変わりない。今、世界の時は止まっている。記憶と現実の狭間だ』
初代は僕を安心させる様に肩を叩いた。
『巻き戻しの力を使わず、魂を注がない、心を込めた感謝の舞が成された事で、私達はようやく鍵の中から解き放たれた』
初代を含めた二十人の歴代国王達が優しい笑顔を向けてくる。
『歴代国王の中で、君が現れるまで、私の力が一番強かった。だから誰も、鍵の時を進める事ができなかった』
そっと肩を摩られる。
『私を上回る君の舞にて、鍵の封印は解けた。『歴代最強の仁王族』。重く、大きな責務を君に押し付けた私達をどうか、許しておくれ』
僕は初代の手にそっと手を添えた。
「辛く、苦しいことも、悲しいことも沢山ありました。こんな力いらないって思ったことも、何度もありました。でも、この力を持ってたからこそ、叔父上の本音を聞けて、今から帝国と戦えるし、何より、カガリに会うことができました」
十七代目らしき人が目元を押さえた。父上の頬を涙が伝う。
『ありがとう、二十一代目となるはずだった子よ。リゼルト、君は優しく、強く、素晴らしい子だ。誇りなさい』
「待ってください。帝国を倒したら……僕は二十一代目として国を、治めるんじゃ……?」
『アルメリア国王は私で最後だ。リゼルト』
父上が口を開いた。
『君はカガリの番になるんだろう?自由気ままな彼がこの国に留まってると思うかい?』
今度は十七代目。
『君が最後の戦いを勝ち抜いたら我々は……君の望むものを与えたい』
「どういう……?」
僕は戸惑った。
『人が好きで、青く晴れた空が好きで、温かいところやものが大好きで、実はちょっと好奇心旺盛で、いつか自由に世界中をこの目で見てみたい……』
父上が口に出した言葉に僕は大きく目を見開いた。
『生きている時には一つも気づいてやれなかった。時の間からお前を見守ることしか出来なくなって、ランドールに、竜人族の彼に、吐露した心を見て、やっと知った。お前の本当の願いを。私はお前に期待ばかり掛けた。ランドールに怒られても仕方がない。すまなかった、リゼルト』
「父上……」
『君が最後の使命を果たしたら、私は仁王族に掛けていた封印を解こう』
初代の言葉に僕は首を傾げた。
『王家にしか銀眼が現れなかったの、不思議に思わなかった?王族から、銀眼ではない者が現れる事を不思議に思わなかった?仁族が……寿命を奪われても健全に百年も生きれるのは何故か、不思議に思わなかったかしら?』
一人の女性が問いかけてくる。
『仁王族の血は今や仁族全ての者に流れている。封印を解けば……誰もが銀髪銀目となる』
僕は目を見開いた。
『もう、王家の使命は必要なくなる』
『平等に、民主制にでもして』
『そうだな。軍団長辺りがいいだろう。すでに反乱軍と民を纏めてるんだ。彼に任せろ』
『そして、君は……カガリと世界へと羽ばたくといい』
国王達が口々にそう言った。
『君にはそれだけの対価を受け取る資格がある、リゼルト・A・アルメリア』
初代が立ち上がって一歩下がり、胸に手を当てアルメリア流の最敬礼を取った。
『ありがとう、素晴らしい舞を捧げてくれて。鍵の封印は解けた。いざ、時を進めたまえ』
『僕たちは君が帝国を倒す、最後まで。目に見えなくてもずっと、側にいる』
初代の言葉と同時に十七代目が頼もしい言葉を重ねてくれる。
『もう、お前は独りじゃない。ゼル……息子を嫁に出すとはなんとも奇妙な気持ちだが』
父上の言葉に僕は吹き出した。
『さあ、時は来た! 』
初代が手を広げると、みんなが、声が、遠ざかってく。
『幸せにおなり可愛い、我らが最後の子孫よ……さあ、目をお覚まし……』
————「ル、ゼル! リゼルト!! 」
低く、よく透る声に名前を呼ばれてハッとする。気がつけば僕は舞の最後の型を取ったまま、カガリに揺さぶられてた。
「おい、ゼル! どうした? 何があった! 舞が終わって五分以上そうしてるんだぞ、お前!! 」
「カガリ……」
頬に一筋涙が流れた。
「歴代の、国王に会ってきたよ。彼、彼女達は、命と共に魂を鍵に注いで、封じ込められてたんだ」
カガリが目を丸くする。
「歴代最強の僕の舞で、鍵の封印が解けたらしい。もう、時は進められる」
僕はカガリに抱きついた。
「十七代目、アゼルト陛下も居たよ。そして、みんなが言ったんだ。どうやらアルメリア王家の使命はもう終わりらしい。君が僕を番にしてどうする気だったんだか知らないけどさ。帝国を倒したら——
視線を合わせる。
——仁族みんな、銀髪銀目になるんだって。本来の姿を取り戻すんだってさ。ほんとは仁族みんなに王族の血が流れてたんだ。だから僕は堂々と……世界を自由に見て回ればいいって、言ってもらった」
へにゃりと笑うとカガリの腕がそっと背中に回った。
「鍵を壊そう。皇帝を倒すんだ。君が言ってた準備が整ったら」
そう言うと彼はニッと笑った。
「準備なら今、整った。ご到着だ」




