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第十話 僕を僕として

 カガリが炎を吹く。


「なっ!君は——死んだ筈じゃなかったのか!」


叔父上は流石の反射神経で闇の結界を張り身を守った。高等人形兵達が身構える。


 炎は僕にも吹きかけられた。けど、カガリがちゃんと指定してくれてるおかげで燃えることも熱くもない。温かい風に吹かれてむしろ心地いい。


 僕をガッチガチに拘束していたベルトや拘束衣が燃えて灰になる。素早く身を起こして彼に駆け寄った。


「ったく。ヘマしやがって……間一髪じゃねえか。冷や汗かいた。責任取れよ、ゼル」


「ごめんって言ったじゃないか。それに、元はと言えば君のせいだろ、カガリ」


 カガリの服を一旦停止させてインターバルを作っておく。


 あの時、時の間で。

 カガリが回復するのを待つ余裕はなかった。僕一人で勝てる見込みは薄かった。叔父上にカガリが生きてることを悟られちゃまずかった。

 だから僕は()()()で彼の()()()()()()()()肉体の時を停止させた。体内の回復速度と繋いで、治癒が完了したら自然と解けるように。例え、僕が意識を失っても停止が解けないように。彼が治癒に全力を尽くせるように。


 体は微塵も動かせなかっただろうけど頭は働くし、耳も聞こえてたはず。案の定、僕がとんだヘマを踏んだことも耳に入ってたみたいだ……都合の悪いことに。


『竜人王族』の炎が吹き荒れ、叔父上は距離を取らざるを得なくなった。熱と炎で魔法や攻撃を放とうそしていた人形兵が全て融解していく。


「来てくれて助かったよ、ありがと」


 カガリはじっと僕を見下ろすといきなり服を捲り上げた。


「ちょっ、……っと、カガリ、なに、人の服、捲ってるんだ、っよ!? こんな敵陣の中でまで変なことするのは止めて欲しいな! 」


「うっせ。あーあーもーココもソコもココも傷だらけじゃねえか」


 まだ敵に取り囲まれてるってのにカガリが勝手に服を捲り、ベタベタと触ってくる。


 温かい手。さっきまで寒くて凍えてたのが嘘みたいだ。


 心配してくれるのはありがたいけどセクハラ行為はごめん被る。ほら、叔父上の目だって点になってるじゃないか。


「そうだ、カガリ。()()外せるかい?」


 僕は嵌ってるままの首輪を引っ張って見せた。


「んー?なんだこれ」


 彼は屈み込み僕の喉を仰け反らせてじっくり眺めた。


「……闇の気配がする」


「その通りだよ。皇帝が僕に合わせて作ってたらしい。時の力を操る力を侵食して止めてくるんだ。これが外れなきゃ僕ができることなんてほとんどない」


「ん」


 カガリはそう言うと僕を押し倒して首元に顔を埋めた。バキッと音がして首輪が壊れる。


 竜人族の歯。強し。

 いや、でもなんで押し倒したんだよ。


 彼は僕の首筋を舐め上げ、耳を甘噛みした。ゾクリとした感覚が疾る。頭を優しく撫でて額や、頬、鼻先に軽いキスの雨を降らせてきた。服の中に手が滑り込む。


 ちょっと待て。


「何してるんだ! この変態!! 」


「あ?大事な『番』がこんな傷つけられてんだ。あんだけ言ったのに無茶しまくりやがって……慰めてやらねえでどうすんだよ」


 何言ってるのか分からない。


 早いとこ叔父上を倒さないとなのに、味方のはずのカガリに押し倒されてるこの現状から誰か助けて。


「いいっ加減にしろって!」


 上から更にのし掛かてこようとするカガリを蹴飛ばしたけど余裕で避けられた。素早くを起こして捻って避けた。

 ずるい。竜人族の身体能力ずるい。


「しょうがねえな。後にしてやるよ」


 カガリが背中合わせに立つ。


 時と場合を考えて盛って欲しい。いや、ほんとはいつだって嫌だけど。


「約束忘れんなよ。国守ったら、お前は俺の嫁だかんな」


 そう言ってカガリは火を吹いた。新たに駆けつけた帝国兵が溶けてく。僕は叔父上がそれを邪魔できないよう、燃え広がる炎を加速させた。


 世界は滅亡の危機に晒されてるけど僕は貞操の危機に晒されてる。

 この十年、果敢に戦ってきた僕でも世界最強の竜人相手にはどうにもならない。誰か助けて——

 ——でも、温かい彼の側になら居てもいいかもしれない。なーんて、思ってるのは内緒のことだ。


 僕は服の袖を引き裂いて腕に仕込んでたボウガンを立ち上げた。矢なら服の至る所、無限に隠し持ってる。そうそう尽きる事はない。矢継ぎ早に放ったそれを叔父上は剣で打ち払った。ナイフの比じゃない速度と威力のそれらに彼が苦戦する。やっと温厚な仮面が外れて舌打ちした。


 お生憎様。貴方のおかげで復活したこの目。存分に使わせてもらうよ。


 カガリが腕を振って放った青白い炎が叔父上を取り巻く。刀に炎を纏わせて斬りかかるとようやく結界が燃え溶けた。炎の裂け目。その隙間に僕が加速させた矢が滑り込む。時を進める。青く燃え上がる矢が空を切り裂き——彼の左目に突き立った。


「ぐぁぁあああっ!! 」


 叔父上が叫ぶ。闇に侵食されてた顔左半分が燃え上がる。彼は炎に焼かれる前に闇で侵食しようとその力を行使した。


 この時を待ってた。


 僕はすかさず叔父上の時を()()()


 チクタク。


 時計の針の音がする。


 チクタク。


 時は巻き戻すより進める方がずっと容易い。


 チクタク——


 現実世界では一瞬にも満たないその間に一気に加速させた()()()は叔父上の操作を()()()()


 闇を払う炎が燃やす顔を残して彼の全身があっという間に黒く染まった。


「がっあぁああぁあああぁあああぁ!! 」


 自分で自分の体を()()してしまった叔父上の断末魔が響き渡る。漆黒に染め上げられた彼の体がゆっくりと足先から融解してく。体が、沈み込んでいく。


「リゼルトおぉぉおぉぉおお!! 」


 叔父上が残った、濃い銀色の瞳で僕を見つめる。


 怒りに染まった顔だ。でも——


「叔父上。一族みんなを憎んでたのに、歴代最強なんて力を持つ僕を()()()()()のはなんで? 」


 僕は幼かった頃、昔の口調に戻して訊ねた。


 そう、彼が僕に向ける感情に『憎しみ』は見当たらない。


 叔父上がゆっくり、ゆっくりと融解して闇に沈んでく。僕は自分達三人を対象外に指定して世界の時を遅滞させた。

 闇に飲み込まれる速度が遅くなる。


 分かってる。油断なんてしちゃいない。でも、彼はもう自分の死を受け入れてる。だから、どうしても答えを聞きたかった。


 叔父上の顔から怒りが消え失せて無表情になる。


「憎んでたさ、憎んで、憎んで、憎しみが大きくなりすぎて——


「僕に嘘は通じないよ、叔父上。ほら、目だって一ミリル下がってる。悲しそうな顔だ」


「……君の目には敵わないな、ゼル」


 フッと笑みをこぼして、ようやく叔父上の素の顔が現れた。

 僕と二人の時にしか見せたことのなかった顔。強張った所が一つもない柔らかな表情。眉の下がった困り顔。


 今、それは諦念に染まってる。


「君が、生まれた時。一族全員が歓喜に湧いた。何故だかわかるかい? 」


「歴代最強の目を持ってたから? 」


「そうだ。親族みんなが、君自身の誕生を喜んだんじゃない。()()()()()生まれたことに歓喜してた。時封じの儀は当然国王が()()寿命を削るし仁族皆から時を奪う業を背負う」


 叔父上は一度目を閉じて開いた。


「君の兄姉は次期国王にならずに済むと安堵したし、兄上は強力な次世代の誕生に早い引退ができると喜んだ。義姉上も、他の兄上、姉上、妹も、皆自分の寿命の()()()()()()()()()と喜んだんだ」


 僕は黙って聴いてた。


「皆自分勝手だった。私は片目しか引き継がなかったけど、時封じに参加する王族の数が少しでも増えれば、それぞれが削られる分が減ると思って王家に残った」


 叔父上の目が伏せられる。


「生まれたばかりの君に、育つにつれ優しく真っ直ぐな性格を持つ君に、責務を、業を、喜んで押し付けようとする、親族が皆、許せなかった」


 僕は拳を握りしめた。


「優しい君のことだ。仁族全員から奪う時を少しでも減らそうと、自ら寿命を更に削る未来が見てとれた」


 叔父上が目を上げた。その瞳は鈍く昏く沈んでた。


「憎かった。一族皆が。憎かった。この国が。憎かった。帝国から守るために仁族だけを犠牲にするこの世界が。だから、いっその事——壊してしまおうと、思った」


「叔父上が、みんなを……世界を、恨んだのは。僕が……生まれたから……だった、の? 」


 僕の声は掠れてた。


「その前から憎んでたさ。この世界は理不尽だ。なぜ、仁族だけが世界平和の為に命を削らなきゃならないんだ、って。何度も思ってたのさ」


叔父上が目を伏せる。


「ゼル、君が生まれた事はきっかけに過ぎない。時の間は落ち着く場所だった。静かで、誰も居なくて。私はいつもそこで気持ちを落ち着けていた。そしたら、山脈の向こうから声がした。闇の皇帝の声が」


 彼は目を閉じた。


「世界が憎いなら取引しよう、と。最初は応じなかった。けど、君が生まれて、成長してく君を見て……()()()()()()見てやれるのは、私しかいないと思ったら。滅んだ世界で、君と私と皇帝と。三人で過ごせばいいじゃないかと思ったのさ」


「そんなことしてコイツが喜ぶとでも思ってんのかこの阿呆」


 僕も、叔父上も声がした方を振り返った。


「ほんと、お前は大馬鹿もんだ。あと少し。あと、ほんの少しだけ待ってれば……()()()()()使()()()()()()()()やってたってのに」


 カガリの虹を帯びた真紅の瞳が輝く。


「どういうことだ……」


 叔父上が怪訝そうな顔をする。僕も疑問を持った。時の間で叔父上が現れる前も確か、彼は似たようなことを言ってた。


「『俺ら……()()()()()がお前ら仁族だけに責任負わせて何も考えやしなかったとでも思わなかったのか? 初代ではそれぞれの力量もバラバラ。帝国押し返して封印するのがやっとだった」


 カガリは腰に手を当て、自分を指した。


「だから時を待ってたんだっての。()()()()()()が揃うのを。今代は水も風も土も強力なのが揃ってる。俺以外の竜人の力も強いし数も増やしてきた」


 僕は戸惑った。なんの話か分からない。けど叔父上は理解したみたいだった。


「まさか……! 」


「そうだ。世界から()()()()()。その時がようやく来たってのに、お前が余計なことしやがってコトが(こじ)れに拗れたんだろうが」


 僕も目を見開いた。


 そんな、帝国を消す事なんて出来る訳がないと、思ってた。でもカガリは可能だって言ってる。


「コイツの目の輝きを見ろ」


 カガリが僕の頭を掴んで叔父上に向けた。


 いきなり人の頭を捩るなんていただけないな。首を捻ったらどうしてくれるんだ。


()()()を帯びた銀の瞳だ。力量値では俺をも上回る。計算なしで単純に時を進めるだけなら無限に進められる」


 確かに、時は巻き戻すより進める方が単純で負担もほぼない。けど、そんな無限とまでは……


「それはお前が、無意識に自分を押さえてるからだっつの、ゼル」


 カガリが僕の心境を読み取ったかのように言ってきた。


「自分を自分として見てねえのはお前もだ。向き合え、気付け、いい加減自分を解放しろ。おら、ここに二人もお前を見てる奴がいるんだ。国のため、世界のために命を掛けて俺に協力を望んだお前が()()()望むもんがなんだか、言ってみろ。いい加減自分を解き放ってやれ」


 僕は彼の言葉を半分も理解できなかったけど、ずっと()()()()事ならある。誰にも言ってこなかった、言うつもりなんてなかった、言っても無駄だと思ってた。


 幼い時、早々に敵となって生き別れてしまったけど、家族の他の誰でもなく。

 叔父上だけが()()()()()()見てくれてた。


 そんな彼に最期に伝えなきゃと、思った。


「ランドール叔父上……」


 彼の侵食されてない片頬に手を添える。


「僕は、人が好きだ」


 ポツリと言葉を落とす。


「生きてる温かい人が好きだ。話す事も、触れ合うことも。青く晴れて澄んだ空が好き。温かいところやものが大好きなんだ。ちょっと好奇心旺盛なところがあって——いつか自由に世界中を()()()で見てみたいって思ってたんだよ」


「ああ知ってたさ、ゼル。だから君の()()()()()()と思ってたんだ」


 その、穏やかで優しい微笑みに。僕の目から涙がこぼれ落ちた。


 時が、進んでく。叔父上の体がゆっくりと闇に溶けてく。


「たとえ滅んだ世界でも、ゆっくり見て回ればいいと思ってたんだ。皇帝は闇を自由に操れる。青空を見せるなんて訳ないと思った」


 彼の頬に触れたままの僕の手をカガリがそっと離させた。緩やかな時の中、叔父上が侵食されてく。


「人の為に動く君の事だから、他の者なんて居ない方がいいと思った……けど、私は道を間違えたみたいだ……」


 彼の体はもう胸から上しかない。


「最期に一つ、訊いてもいいかな」


 叔父上の問いに僕は頷いた。


「君はなんでいつも私の側に居たがったんだい?」


「叔父上は誰よりも温かかったんだ」


「私の手はいつも冷たかっただろ? 握り締めてばかりだったから……」


 僕は小さく首を振った。


「叔父上が温かかったのは手じゃないよ。体や膝、全部、居心地良かった」


「ああ、鍛錬してたからね……血の巡りが良かったんだろ」


「違うんだ」


 僕はもう一度首を振った。(ひざまず)いて彼と視線を合わせる。


「抱いてくれてた胸が温かかった。見つめてくれた視線も、いつも温かかった。叔父上の心は……家族の誰よりも、温かかった……」


 僕の目から雫が落ちる。


「ああ、馬鹿だな、私は。家族を殺した私を、君は許しはしないだろうと思って。それでも何かしらの感情を持って欲しくて。君に……()()()()()()、無駄に苦しめた」


「そうだよ、叔父上は大馬鹿だ。反省して欲しいな」


 涙で潤んだ視界を瞬きで払って彼を見つめる。


「もう、終わりだよ、ゼル。これからどうやって反省しろって言うんだい?」


「南の、果ての天国で」


「私は業を負い過ぎた。北の果ての地獄へ行くよ」


「カガリの話、聞いてたかい?」


 僕は涙でぐしゃぐしゃな顔でへにゃりと笑った。


「帝国は無くなる。北の地獄ももうなくなって、一周回って南と繋がるんだ……だから、叔父上はどうあっても天国に行くしかないんだよ。天国でみんなに謝って、反省して、ね? 」


 彼の目尻から一筋だけ、涙が伝った。


「わかった……ごめんな、ゼル……愛し……てる、よ……」


 そう言って叔父上はトプンと闇に沈んで消えた。世界の時が正常に動き出す。広がろうとする闇はカガリの炎に邪魔されて触れた端から消えてった。


「払うぞ」


 その言葉に頷くと、カガリは腕を振った。

 青白い炎が巻き上がり、温かい旋風に包まれる。明るい炎に照らされて、闇が消えてく。払われてく。


「さようなら、叔父上。ありがとう……僕を見てくれて」


 消えてく闇を見つめる僕の目から、涙が静かに流れ続けた。

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