最近のロックに思うことがら
皆さんはロックが好きでしょうか?
私は好きです。
ただ、ここ最近のロックを見てみましょう。
皆さんは、どう思うでしょうか?
私はどうしようもない違和感があります。
「邦ロックは終わった」
こんな言葉を私は何度か聞いたことがあります。
私自身もこう思う節はあります。
けれども、そのベクトルは違うでしょう。
仮に、邦ロックを終わるとすれば、それは「終わった」ではなく「終わらせられた」が正しいことです。
ひどく傲慢で、随分と前に貼られた馬鹿らしいレッテルによってです。
「ロックとは反体制である」
馬鹿げた言葉です。
このレッテルがいつ頃貼られたのかは知りません。
ただ、くだらないことに違いはありません。
一体どうして、ロックだから反体制と縛られる必要があるでしょう。
個人のことをロックとして歌うのは悪でしょうか?
そもそもとして、一体どうしてロックという概念に付随した「反体制」とかいうくだらない体制に反旗を翻すのが許されないのか。
こんなようなどうでもよいレッテルというのは、他にも幾つも見れます。
「テーマ性のない軽い音楽」「何の面白みのない量産型」……。
しかし、一体それがどうしたというのか。
そもそもとして、このレッテルというのは無価値でしょう。
レッテルと言えば「よい音楽」というレッテルです。
よい音楽とは果たして何でしょうか。
売れた音楽でしょうか、人気な音楽でしょうか、それとも個人にとってよい音楽でしょうか……。
こういった談義というのは、何度も繰り返されてきたと思います。音楽に限らず、文学でもその他芸術で。
私自身、特に何かこの論議に結論をつける必要はないと思います。
ただ思うこととして、レッテルに縛られて自由に欠ける芸術とは、あまり良いものとは言えないでしょう。
古い人は言いました。
「貴族や芸術家がいう教養は、調和のとれたうぬぼれにすぎないのではないか」
この通りでしょう。所謂レッテルというのは、所詮古い価値観によってつけられた看板です。
その看板の後ろか見ると、物事の本質はきっと見ることは出来ないでしょう。
なぜなら、そこには看板があるから。
さて、そういった看板こそが何物においても良いものを劣悪にするのでしょう。
これらはひとえに我々の色眼鏡であって、レッテルであるのだから。
そもそもとして、こういった価値観こそがレッテルを生むのかもしれませんがね。




