じゃれあいと膝枕
カイルが帰ってきたのは、夜も遅くなってからだ。
サツキは眠らずに待っていた。
ことの顛末を確認しなくては、心配で眠れそうもない。
――それに、カイルが本当にあの黒い犬だったのか……ということも気になる。
「起きていたのか」
「お疲れ様です」
「……」
カイルは一瞬、呆然とした。
まるで、誰かに出迎えられるのが初めてとでも言いたげな反応だ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
何から切り出したものか……とサツキは逡巡した。
先に口を開いたのは、カイルだった。
「さて、君に真実を隠して結婚しようとしたことを詫びよう」
「ウェルシュターさんが、犬に姿を変えるという事実ですか?」
「やはり、見えていたよな……」
カイルはガックリと肩を落とした。
彼にとって、犬になることは受け入れ難いことであると察せられる。
「ええ」
「今では完全にコントロールできていて、無様な姿を人に晒すことはないんだ」
「――無様などではありませんよ」
おそらくカイルは、馬車を追いかけるにあたり、人の足では追いつけないと判断して犬に姿を変えたのだろう。
無様だと思っている姿に変わってまで助けてくれたのだ。
サツキはまず、そのことに感謝した。
「とても可愛らしかったので、ぜひもう一度見たいです」
「……あの姿が、可愛い?」
カイルはしばらくの間考え込んでしまった。
「そうだな。君は、シアン殿下の姿が変わったときにも似たような反応だった」
「それは……」
サツキが、人が犬の姿になることに対してそこまで驚かなかったのには理由がある。
道具が電気ではなく魔力で動く不思議な世界。
魔獣に幻獣に聖獣……実在する摩訶不思議な生き物。
この世界に引き摺り込まれてから変わってしまった自身の瞳の色。
――今更、人が犬に変わったからといって、誤差の範囲ではなかろうか。
だが、この世界の人たちにとっては当たり前の日常だ。
うまく説明できそうにない……。
「……」
カイルが金色の目をサツキに向けた。
「さて、言いたくないのだが、君が俺と結婚しなくて済む方法をいくつか思いついている」
「え?」
「それでもまだ、俺の妻になってくれるというのなら……君にこれ以後、プライベートでの隠しごとはしないだろう」
そういうや否や、カイルの体は金色の光に包み込まれた。
眩い光が弱まると、サツキの視界に黒い犬が姿を現す。
「ウェルシュターさん?」
『ワフ……』
毛足が長い黒い犬。
金色の目は、毛並みに隠れて見ることができない。
そっと撫でてみれば、ふわふわとした感触だった。
先ほどの言葉はまるで、契約結婚ではなく本当の家族になりたいように聞こえた。
だが、犬になってしまえば、カイルの言葉はサツキにはもうわからない。
「うん、やっぱり可愛らしいと思います」
いつも強面で、厳しく、それでいて部下思いなカイル。
そんなカイルは、犬の姿になるととても可愛らしい。
――サツキは大の犬好きなのである。
「王都には犬がいないのかと、寂しく思っていたのです」
『ワフ……』
「もう少し触ってもいいですか?」
『――ワッフ』
肯定か否定か、どちらの返事だったのかはわからない。
だが、カイルはサツキに背中を向けソファーの上に乗って緩く尻尾を振った。
サツキは、ソファーに座りカイルの触り心地を思う存分堪能した。
さらに、ここにきて昨日、そして今日シアンと遊んだ疲れが出たのだろう。
――翌朝、目覚めたときにカイルの逞しい太ももに頭を乗せて眠っていたからといって、誰がサツキを責められよう。