コーヒー香る朝
窓のカーテンの隙間から、白い朝日が差し込んできた。
サツキは目が覚めて、天井を見上げ、ここはどこだったかとしばし思案した。
「そうだわ。ウェルシュターさんとシアンが暮らす離宮よ……」
クウクウと可愛らしい寝息が聞こえる。
寝返りを打つと、シアンの可愛らしい寝顔が目の前にある。
サツキはシアンを起こさないように気をつけながらベッドから降り、寝室を出た。
フワリと漂うのは、かつては毎朝楽しんでいた香りだ。
「コーヒー……」
「おや、飲んだことがあるのか?」
「おはようございます。ミルクを入れてですけど……この世界にもあるのですね」
「ああ、おはよう」
ここは不思議な場所だ。電気やガスはない。代わりに生活を支えるのは魔法だ。
まるで西欧の古い街並みのような建物が並び、貴族階級がある。
かと思えば、懐かしい食べ物や娯楽があったりする。こちらは、サツキのような転移者が持ち込んだのかもしれない。
小説の中のようでもある。しかし、少なくともサツキは、この物語を知らない。
「ミルクもある。飲むか?」
「よろしいのですか」
王都に住んでいながら、コーヒーを見たことがない。よほど手に入りにくいか高級なのだろう。
「もちろんだ……さあ、座りなさい」
カイルが椅子を引いてくれる。出会ったときからカイルはとても紳士的だった。
少し照れながら、席に座るとパンとバター、ゆで卵とカフェオレが並んだ。
「美味しい……」
「そうか、何よりだ」
カイルは優雅にコーヒーを飲んでいる。食事はすでに終えたのか、それとも朝は食べない主義なのか。
ほろ苦いカフェオレを飲めば、目が覚めるようだった。
「さて、先に仕事に行くが……君は、後から来るといい」
「こんな早く行くのですか?」
「昨日、早退したからな。預けた書類はどうなった?」
「完成したので、院長にサインをいただいてそれぞれ提出してあります」
「さすがだな……。助かった、ありがとう」
カイルは感謝の言葉を述べた。
もちろん、自分が悪いと思えば謝罪もする。
だが、彼が王弟殿下であったのなら、驚くべきことだ。
――転移者であるサツキであっても、王族が誰かに頭を下げたりしないことくらいは理解している。
この世界では国王をはじめ王族は雲の上の存在だ。そして高位貴族、貴族と続く。
サツキが転移者であることを周囲の人たちは知っているので、この世界にそぐわない行動をすればやんわりと教えてくれるのだ。
「おはよ-!!」
可愛らしい声がして振り返ると、シアンが走り寄ってくる。シアンは、サツキにしがみついた。
「お仕事行かないで〜! 今日は一緒に遊ぼうよ!」
「えっ……でも、それはですね」
「シアン殿下、あまり困らせるものではありません」
「……だって、寂しいよ」
シアンも、サツキが出掛けなくてはいけないことはわかってはいるのだろう。
シュンッとしてしまった。
「サツキ、ここに帰って来る?」
「それは……」
「部屋はたくさんある。サツキ……君さえ良ければ、ここで住むのはどうだろう。ただでさえ迷惑をかけて心苦しいが……」
「ウェルシュターさんさえ構わないと仰るなら」
「わーい!!」
シアンは跳び上がって喜んだ。
「それでは、行ってくる」
「あっ、叔父さま……いってらっしゃい」
シアンが両手を大きく上に挙げる。
カイルが抱き上げると、シアンはしっかり抱きついた。
「気をつけてね! お仕事がんばってね!」
「ああ……いいこにしているんだぞ」
「うん!」
「いってらっしゃいませ。のちほど……」
普通の挨拶だったはずだ。
けれどカイルは一瞬大きく目を見開き、それから微笑んだ。
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