お出迎え
電源とでも言えば良いのか……起動からして暗証番号のように魔法陣を描く必要がある。絵心がないがこれで起動するだろうかとサツキは息を呑んだ。
魔道具が淡い金色の光をまといブウゥンッと音を立て起動した。
「次は……」
メモ紙を開いて確認する。
手を当てて、呪文を唱えるのだった。
「りんがる るんがる るんるんるん」
ちょっと魔法少女っぽい。
カイルが至極真面目な顔で、ちょっと可愛い呪文を唱えた瞬間を思い出し、サツキは口の端を緩めた。
足下に難解な魔法陣が浮かぶ。
古代言語を駆使した魔法陣は、神話時代に描かれたものを活用しているという。
現在は、再現できるものがほとんどいない。
――はみ出した部分は、泣き別れになる。
つまり、つまづいて頭でも出てしまえば、頭と身体がさようなら……というわけだ。
「えっと、行ってきます」
「いってらっしゃーい!」
ベラに抱き上げられ、シアンが手を振ってくる。
彼は四歳とは思えぬほど頭が良い。
すでにこの程度の魔導具は起動できるのだという。
よくよく説明したが……悪戯しないか心配だ。
「シアン殿下! 絶対に一人で使ってはなりませんよ?」
「わかった〜!」
心配しかない。だが、もう一言声をかける前に、身体がバラバラの粒子になったような悍ましい感覚とともにサツキは瞬間移動していた。
「……うぐ」
「大丈夫か」
「何とか……」
身体が細かくすりつぶされ、もう一度作り上げられるようだった。
痛みはないが、不快感がハンパない。
これから毎日のようにこんな思いをするのかと、サツキは今からげんなりした。
「少し休んでから行こう」
「……遅刻してしまいます。もう、行きましょう」
そこで、サツキは顔を青ざめさせた。
ここは王立魔術院の職員向けの宿舎だ。
ほとんどの者が同じような時間に出勤する。
「このままでは、私の部屋から朝帰りしたみたいになってしまいます」
「問題ない。このあとすぐに、玄関に来たまえ」
まさか……と思ったが、予想どおりであった。
カイルが取り出したのは、移動のための魔導具。彼が魔力を込めた直後、王都に小さな家が建つほどの価値を持つ単回使用の魔導具の魔石はパリンッと音を立てて割れた。
「もったいない」
振り返れば、部屋の棚に置かれた魔導具が目に入る。
単回使用の瞬間移動魔導具でも王都に小さな家が建つのなら、何度も使えるらしいこの魔導具の価値やこれいかに。
しばらく魔導具を見つめてから、サツキは気を取り直し急ぎ部屋を出た。
* * *
「サツキ〜! おっはよー!」
「おはようございます。ガルヴァさん」
「ねえ、昨日も帰ってこなかった?」
「な、何を言っているのです。この通り、部屋から出てきたでしょう?」
彼は気が良いが、少々噂好きだ。
秘密を知られたら、周囲に知れ渡ってしまう。
――もちろん、本当に守らねばならない秘密を喋る人ではないけれど。恋の話であれば、目を輝かせるであろう。
「……あれ? なぜここに鬼上……いや、ウェルシュター様が」
ガルヴァが怪訝な声を出した。
長身で見目麗しいカイル。
彼がこちらを向き、サツキに微笑みかけてくる。
「サツキ、行くぞ」
「ええ、ウェルシュターさん」
彼のエスコートは、どこまでも洗練されている。
今になって思う。カイルはやはり王弟殿下なのだと。
カイルは目立ちすぎる――噂話は避けられまい。
サツキは用意されていた馬車に乗り込んで、この先の騒動を思いため息をついた。




