大人の世界へ、勇者デビュー!
――――ロウィンの視点。
ダークエルフ王国――
その王城の一角、冷気と深い闇が染みついた一室に、俺はいた。
そんな空間に、ひときわ異質なものが届いた。
黒い封筒。
手に取った瞬間から、ただの文ではないと分かった。艶のある紙には、金糸でこう書かれている。
「堕落の宴、暗黒舞踏会」
封を切り、中の手紙を広げる。
優雅な筆跡で綴られていた。
「貴殿を“暗黒舞踏会”へとご招待申し上げます。
神族、魔族、冥族、そして人間――
あらゆる種族が一堂に会す、特別な夜。
この世の果てなき欲望と快楽を、心ゆくまでご堪能ください」
「仮面をご着用の上、ご来場を。
貴殿の存在は、すでに知られております。
皆が、貴方の参加を心よりお待ち申し上げております――」
……何だこれは。
読み終えた俺は、額に手を当てた。
その様子を見ていたシルヴァーナが、恐る恐る口を開く。
「それって……いやらしいパーティじゃないの?」
どう答えたもんかと悩んだあと、俺はゆっくりと頷いた。
「たぶん、そうだ。……でも、ただの快楽で終わるとは思えない」
その時だった。
ヴァルカの目が、鋭く光る。
「陰謀の匂いがするな」
俺の言葉に、すぐさまルミエールが笑い声を重ねた。
「ふふっ。ロウィンもついに“大人の世界”デビューってわけね」
茶化してるように見えて、実際はかなり真面目に俺の反応を見ているのがルミエールらしい。
一方、ザルクスは腕を組み、渋い顔で呟いた。
「婚約中であることを承知のうえでの招待状か……。参加しないという選択もあるぞ」
視線を落とし、俺は黙り込んだ。
行くべきか、行かざるべきか――
明らかに何かが仕組まれている気配はある。それでも、踏み込む価値はあるかもしれない。
そんな俺の迷いを、周囲のみんなも感じ取っていた。
すると、ヴァルカがふっと笑い、俺の肩を軽く叩いた。
「心配すんな。一緒に行きゃ、罠なんざ怖くねぇ」
そこへ、シルヴァーナが真剣な表情で口を挟む。
「私も行くわ。一人でなんて、危険すぎる」
俺は思い切り目を見開いた。
「シルヴァーナ……それは……」
「あなたの婚約者として、見過ごせないの」
シルヴァーナの意志は、強く、揺るがない。
だが、ザルクスは険しい表情を崩さずに言葉を放った。
「……シルヴァーナはダメだ」
その一言には、彼の過去の苦い記憶が滲んでいた。
ルミエールが口元に微笑を浮かべ、俺に目を向ける。
「ザルクスが初参加のとき、いろいろあったのよね」
彼は思わず咳き込み、顔を真っ赤に染めた。
「……それ以上言うな」
場の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
けれど俺は、まだ決めかねていた。
顔を上げ、仲間たちを見渡す。
「どうすればいい?」
その問いに答えたのは、ヴァルカだった。
俺の背を押すように、力強く言う。
「気楽に行け。お前が楽しむことも、大事だ」
しばしの沈黙が、部屋に流れた。
――そのあとで。
俺はそっと首を縦に振った。
「……なら、行こう」
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