魔王城で敗れた俺は、最強の敵を前に君と転生を選ぶ
――――ロウィンの視点。
冥界の瘴気が渦巻き、白く砕けた骨と灰が大地を覆っていた。そこに立つだけで、血が凍るような冷気に全身が晒される。
だが、それでも俺たちは立ち止まらなかった。
「これが……魔王城か」
思わず、そう呟いていた。俺の声に、自分でもわかるほどの緊張がにじんでいた。
「ロウィン、今さら尻込みしてもしょうがないニャ」
サラがきっぱりと言い放つ。相変わらず、肝が据わってる。
冷気に肌を刺されながらも、サラの目は一切揺らいでいなかった。
彼女の姿を見るだけで、不思議と胸が落ち着く。
「不安はある。でも……みんなと一緒なら、大丈夫だと思えるの」
優しく微笑んだのはシルヴァーナだった。その笑顔に、ほんの一瞬だけ空気が和らぐ。
けど、それも束の間。俺たちはすぐに目の前の現実へと引き戻された。
巨大な城門。
その奥から、魔の気配が漏れ出している。
「中に入ったら、外は任せたニャ」
サラが振り返って、ルミナドラゴンのアルテウスに視線を送る。
彼女は爪で地を打ち、低く唸った。
「お前たちが迷わず進むのなら、こちらも全力で守るだけだ」
その言葉に、俺たちは頷く。
城門がゆっくりと開かれていく。冷たい空気が一気に押し寄せ、暗い回廊が口を開けた。
――もう、戻れない。
俺たちは足を踏み入れた。
壁には魔符が刻まれ、不穏な光を放っていた。空間そのものが、意思を持っているかのような圧力を感じる。
そんな中、一人の女が闇の奥から姿を現した。
長い黒髪に、鋭い眼差し。闇に溶けるような存在感。
「いらっしゃい、勇者たち」
冷たい声が空間を満たした。
かなえが前に出て問いかける。
「あなたは……?」
「私はエリシア・ムーンヴェール。魔王軍に仕える者」
その言葉と同時に、彼女は力を解放した。
空気が震え、圧倒的な重圧が襲いかかる。
「みんな、先に行って! ここは私が引き受ける!」
かなえの声が響き渡った。
「待つニャ――!」
サラが手を伸ばすが、彼女は首を横に振る。
「お願い。ここは任せて」
その眼差しが語るすべてに、誰も言葉を返せなかった。
……かなえを信じて、俺たちはその場を後にする。
*
さらに奥へ進むと、闇の中から一人の女が姿を現した。
リリス・シャドウレイヴ。
整った美貌に、異質な闇が滲んでいる。
「よく来たわね」
その声は、妙に馴れ馴れしく、逆に不気味だった。
俺とシルヴァーナが立ち止まる。
「ここは俺たちが受け持つ」
サラが振り返る。
だが、俺の意志を感じ取ったのか、何も言わずに頷いた。
リリスはその場を動かず、ただ俺たちを見つめていた。
俺は剣を抜き、一閃。
――だが、手応えはなかった。
「……通用しない?」
光の膜のようなものが、俺の一撃を遮っていた。
「ここでは、私の望みがそのまま現実になるの」
そう言って、彼女が手を上げる。
黒いエネルギーが凝縮し、俺たちに放たれた。
シルヴァーナとともに迎撃に入るが――間に合わなかった。
体が沈むように重く、動きが鈍る。まるで重力が変化したかのようだ。
その時だった。
さらなる影が現れ、空間が一変した。
冥王――ハルバス・ドラウグス。
言葉はなかった。だが、その存在だけで理解した。
――ここで死ぬ。
次の瞬間、猛烈な衝撃が胸を貫いた。
「が……っ」
膝をつき、咳き込む。血が口からこぼれた。
タイムリープ――俺の切り札を発動しようとする。
だが、もう力が残っていない。
「……戻れないのか……」
意識が遠のく中、目の前に扉が現れた。
“このまま終えるか。それとも――”
ふと、視界の隅にシルヴァーナが映った。
まだ……動いてる。
安堵が胸に広がり、手を伸ばした。
「シルヴァーナ……」
彼女の手が、俺の手を包む。温もりが、まだそこにある。
俺は、ふらつきながらも立ち上がった。
目の前の扉を、まっすぐに見据える。
「転生を選ぶ……」
扉が軋むようにして動き出す。
差し込む光が、俺とシルヴァーナをふんわりと包んだ。
彼女も穏やかな表情で、手を握り返してくれた。
――この想いだけは、きっと消えない。
俺たちは光の中へと、静かに歩み出した。
そして、もう二度とこの世界に戻ることはなかった。
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