1話その後
二匹の熱帯魚が、絡み合いながら泳いでいる。
ボーっとそれを見ていると、何だか親友と、いや、親友だった彼女と、彼が仲睦まじくしているように思えて、何だか心の底に何か黒いものが沸き上がってきた。
時計を見ると、もう真夜中。
この時間も彼女達は、どんな時間を過ごしているのだろう、つい最近までは私が彼の隣に居た。
あの甘い時間。
もう帰ってこない。
そう思って。
ちらっと、魚の方を見ると、二匹が戯れている。
何かが、弾けた。
水槽の、その中の魚を網で追い掛け回した。
捕らえられまいと、逃げ回る魚を網で追い回している内に。
こいつ、こいつ、こいつと呪詛の様に大声を出しながら、逃げ回る魚が、あの泥棒猫に見えて、飛び散る水でびしょびしょに濡れるのもそのまま、必死の形相で網で水槽の中をかき回していた。
そしてその一匹を捕まえ、お前なんかこうしてやると言いながら、トイレの水洗のレバーを捻り、勢いよく流れている水の中にそれを放り込んだ。
一瞬、魚の鮮やかな色が勢いよく流れている水流の間からちらっと見えた、がすぐに掻き消えてしまった。
そして静かになった水洗トイレの水面がいつもの通り次の使用を待っていた。
もう一匹。
そう思って、部屋に戻ろうとした時、思わず息を飲んだ。
水槽の前に見知らぬ男が、水槽のなかを覗き込むように立っていた。
誰。
何。
そう言いながら持っていた網を強く握りしめていた。
男は。
あー、やってしまいましたか。
と視線は水槽のまま声を上げた。
私は。
あなた誰ですか、勝手に入って来て、警察呼びますよ。
男は。
水槽を見ている視線はそのままに、可哀想に、残された彼。
と。
どうしましょ、と、付け加えて言って顔を、顔らしきものがこちらを向いた、と同時に。
彼女が気が付いた時には、眼の前がガラス張り壁が視界一杯に広がっていた。
そしてその壁が水槽であることに気が付くまで、そんなに時間がかからなかった。
ガラスの反射に移っている自分のそれは、間延びした魚の顔そのものだった。
え。
手は。
手を伸ばそうとしても触れることが出来ない。
足は。
足は、動かないただ腰から下が一体となっている感覚。
頭の中は何が起こっているのか、全く追いついていない。
上から、先程の見知らぬ男の顔らしきものが覗いている。
そこで、気が付いた、水槽の中だ。
ここは。
すると、その覗いている見知らぬ男は、水槽の上から、よかったですね、愛を独り占めできるじゃないですか。
と。
気が付くと、猛スピードでこっちに向かって来る魚が、熱帯魚がいた。
嫌。
そう反射的に逃げ出した。
狭い水槽の中を。
見知らぬ男は、
このままでは、餓死してしまいますね。よろしい、私が買い戻し、お引き取り致しましょう、いえ、お代はちゃんと購入された金額そのまま返金致します。
水槽の中の熱帯魚に向かい説明した。
そう言いながら、水槽の中で二匹の熱帯魚が狂ったように狭い水槽の中を泳いでいる水槽を抱え、気に止めず部屋を後にした。
目を通していただき有難うございます。暫くお付き合いくださればさいわいです。