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なかなかどうして楽しみな時間

 電子書籍ならば、そういうこともないのだろうか……?

 紙媒体の書籍を読んでいると、どうしても終わりが近づくことを意識してしまう。

 多くの場合、左から右へ。

 時々は、右から左へ。

 読んでいない項が次第に減っていき、代わりに、読み終わった項が積み重なっていくのは、本という媒体の消せない宿命であった。


 とはいえ、これはごくごく当然のことであり、本来、嘆く必要など一切ない。

 どんな物事にも、終わりは訪れるものなのだ。


 それを寂しく思ってしまうというのは、例えば、好きな食べ物を食べていて、それが無くなってしまうのを嘆く幼児のような思考。


(なんということもなく……。

 俺は年ばっかり重ねたガキなんだな)


 ぱらりとまた項をめくりつつ、並行して働く思考でそんなことも考える。

 もちろん、今読んでいる漫画を読み終わってしまうのは少しもったいなく思えたが、本当に寂しく思っているのは、これの感想を語る相手がいないことだ。

 よもや、この年になってあんな子供に恋をしたということはあり得ないが……。


(七海君は、友達とでも遊んでいるのだろうか……)


 まるで、恋する少年のごとくそんなことを考えてしまう。

 今置かれている、この状況……。

 良いことか、悪いことかで考えれば、これは間違いない。


(あの子がここへ来なくてもいい精神状態になったというのは、喜ばしいことだ)


 七海という少女――今になって思うとこれは本名だったのか? ――がどのような問題を抱えていたのかは知らないが、居場所を求めてさまようという行動原理から考えて、おそらくは何かに対する逃避であろう。

 そんなことくらいは、小難しい心理学など履修していなくとも、予想がつくというものなのだ。

 そして、そんな少女が姿を現さなくなったというのは、逃避していた何がしかの問題が解決したということを意味する。


 いや、あるいはより悪い状況になったという可能性も考えられるが……。

 まさか、現代の日本で、行動の自由が制限される状態に陥ったということは考え難い。

 佐々木の妄想力をフルに発揮したとしても、「塾をさぼっているのがバレて親に送り迎えされるようになった」がせいぜいであるし、もし、それか類似の状況であるならば、むしろ親子の距離を近付けるチャンス足り得ると思えた。


 どの道、佐々木淳という人間は七海という少女の人生において端役脇役に過ぎず、七海という少女もまた、佐々木の人生においてしかり。

 結局、心配して気をもむ必要などなかろうなのである。


 そんな風に考え、結論も出していたからだろうか……。


「こんばんわー。

 なんだか、久しぶりですねー」


「ああ……うん」


 このように声をかけられた時は、自分でも驚くほど薄いリアクションに終わったのであった。

 まあ、平成初期のギャグ漫画でもなし……。

 トーク上手な人間がわざとやっているのでもなければ、現実で大げさな反応など見る機会はないし、ましてや自分がすることもないのだ。


「えー、リアクションうすーい。

 もっと驚くかと思ったんだけどなー」


「まあ、そうかも……な」


 ……とはいえ、そのことが不満だったのか、七海には唇を尖らされてしまったが。


「んー久しぶりのフライドポテトー。

 やっぱり、フライドポテトはマックのが一番ですよねー」


「それは、まあ、そうかな」


 サクサク……と、自分のトレイに載せられたSサイズポテトを摘まむ七海に、こればかりは同意しておく。

 マクドナルドのフライドポテトというのは、もうそれそのものが『マクドナルドのフライドポテト』という料理種であり、至高の逸品なのだ。

 もっとも、手が汚れるし、カロリーが気になるので、佐々木は滅多なことでは食べないが。


「そういえば、君が勧めてくれた漫画読んでるよ。

 カンシが時の牢獄に囚われる回は最高だったな」


「お、読んでくれてるんですか? 勧めた甲斐がありますねー。

 ていうか、よくこんな人の多いところでギャグ漫画読めますね?

 あたしだったら、噴き出して変な顔になっちゃうから絶対無理ですよ?」


「そこは、まあ……表情筋が乏しいから」


「それでも、笑うツボがないってわけでもないんですよね?

 感情のないマシーンってわけでもないし。

 不思議だなー」


 それから……。

 十分か二十分……くだらない会話を交わす。

 きっと、明日どころか、小一時間もすれば忘れてしまいそうな言葉を重ねた中で、ふと、彼女がこんなことを言い出した。


「そういえば、聞かないんですね?」


「聞かないって、何が?」


「あたしが、最近来なかった理由」


「ああ……」


 それで、少し視線を逸らす。

 もしかしたら……。

 もしかしたらこれは、聞いてほしいのかと思ったが……。


「あんまり、興味がないかな」


 あえて、佐々木はそう答える。

 佐々木は会計士であり、カウンセラーではない。

 そして何より……彼女の友人ではない。

 だから、こう答えるのが最もふさわしいと思ったのだ。


「そっか。

 まあ、聞かれても『テスト期間』だからっていう、つまらない答えしか返せないですけど」


「世の中、そうそう面白いことなど転がっていないものさ」


「そっかなー。

 こないだなんですけど、友達が――」


 そうして、二人の会話が再開される。

 七海にしては珍しい自分の周囲に関する話は、なるほど、なかなかに面白いものであり……。

 佐々木としても、表情を動かされるほどではないにせよ――楽しませてもらったのであった。


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