どうでもいい会話を交わす時間
それから……。
おおよそ三日に一度。あるいは、二日に一度か?
ともかく、一週間を構成する平日の中で、うち二日ばかりは七海とマクドナルドで会話するようになった。
「なんて言えばいいんですかねー?
すっごいCM詐欺にあった気分って言えばいいんですかー?
話を聞いた限りだと、奥さんを亡くして寂しく生きているダンディなおじさまが、新しい生き方を見つけ出すヒューマンドラマだと思うじゃないですかァー」
「その予想は、何一つ間違えていない。
実際、彼は生きる意味を見失って精神疾患のような状態に陥っていたが、映画一本分の経験を経た結果、ラストシーンでは新たな生き方を見つけ出すまでに至っている」
「まあ、確かにその通りではありますよね。
方向性が、完全に殺し屋のそれですけど」
会話の内容は、どれもごく他愛のないもの。
例えば、先日の会話で出てきた映画の感想であったり……。
「そういえば、佐々木さんが読む本って活字限定なんですか?
漫画とかは一切読まない感じ? 鬼滅とかも?」
「そんなことはない。
この頃はあまり読まなくなっていただけで、子供の時分から漫画は大好きさ。
僕の小学生時代はね。『ドラゴンボール』とか、佐藤健が主演を務めた『るろうに剣心』の原作とかが、まさに連載されていた時代なんだから」
「じゃあ、最近あたしがハマッてる漫画なんですけど、『ウィッチウォッチ』とか超オススメですよ。
ギャグもシリアスも恋愛要素もある感じの漫画で。アニメのオープニングも、YOASOBIですっごくいいの。
連載してるのも、確か同じジャンプだと思いますし」
……七海が好きだという漫画の話などだ。
電子書籍派らしい彼女がかざしてきたスマートフォンの画面を見て、すぐさま脳内のほしいものリストに放り込んでおく。
「ジャンプか。
そういえば、さっき話に出てきた鬼滅くらいは読んだけど、それくらいでいつからか読まなくなっていたな。
最後に本誌を読んだのは、『デスノート』が連載していたくらいの頃か」
「『ですのーと』……。
じゃあ、あたしが生まれる前にはもうジャンプを読まなくなっていたんですね」
「……そんなに?」
……そんなことを話していると、時折、猛烈に物悲しくなるというか、何か色々なものから取り残された気分となるが、それはご愛嬌だろう。
「それにしても、意外」
「意外?」
「佐々木さんくらいの年代だと、漫画とかそういうの一切興味なさそうだし。
こないだはラノベも読むって言ってたし、その分だと、ゲームとかもやる感じですか?
エーペックスとか」
「配信者がよくやってるというFPSか……」
思い出すのは、事務所内で交わされた雑談ーー佐々木自身は加わっていないがーーだ。
事務所内で一番若手の彼がやけに眠そうな顔をしていた時、同僚から理由を尋ねられて、推しのVがエーペックス配信してるのを見ていたせいと答えていた。
「それはタイトルしか知らないけど、ゲームは遊ぶよ。
今は『メタファー:リファンタジオ』というゲームを少しずつ進めてる。
RPGが好きなんだ」
四月の頭辺りから遊び始めたから、そろそろ二か月近くプレイしていることになるか。
現在の総プレイ時間は25時間程度といったところ。仲間も四人に増えて戦術の幅が広がり、いよいよ楽しくなってきたところだ。
それにしても、暗闇の中でボスと戦うのを断念したのは、我ながら早計だった。回復役を二人に増やしたりすれば、どうにかなりそうではあったのに。
「『めたふぁー』……と。
へー、こういう感じなんだ?
ゲームやってるのも意外だし、こういうゲーム遊んでるのも意外。
すごく若者向けって感じのするイラストだし」
「そうかな?
まあ、でも、このゲームに関しては、イラストとかのイメージだけで遊んでるわけじゃないからね。
昔から追い続けてるシリーズの精神的な続編だから。
ペルソナシリーズっていって……5なら渋谷が舞台だし、君にも合うんじゃないかな?」
さりげなくオススメする言葉を混ぜてしまうのは、好きなものの話を振られた人間特有の行動か。
「『ぺるそな』の……5。
九年前のゲームかあ。
あたしが小学生に入ったくらいの渋谷が舞台って、ちょっとレトロな感じしそう」
「……九年前」
だが、やっぱりスマートフォンで概要を知らべた彼女の言葉で愕然とし、上がっていたテンションもプレスターンのごとく消失していく。
もうすぐ十年選手だったなんて……4の主人公が、そろそろそのくらいかと思ってたのに。
「そんな昔からずっとゲーム遊んでるなんて、よっぽど好きなんですね」
「僕らくらいの年代は、割とそんな感じだと思うよ。
というか、僕らくらいの年代からかな。
気が付いた時には、ファミコンが当たり前の遊具として家にあって、小学校の中盤くらいでスーパーファミコンの発売と家庭用ゲーム全盛期を体験して……。
今になって思うと、友達と遊ぶアクションゲームも好きだったけど、クラスの男子全員がRPGに夢中だったな」
鳥山明の全盛期と重なった久方ぶりの新作に、日本中が湧き立った『ドラゴンクエスト6』……。
危うく高校受験を不意にしてしまうところだった『ファイナルファンタジー7』。
その他、様々な名作RPGのタイトルを思い浮かべた。
当時の佐々木は今よりずっと社交的というか、少なくとも小学生時代は放課後、グラウンドでサッカーをしたりしていたはずだ。
にも関わらず、帰ってから宿題をやって、それら大作RPGを遊ぶ時間もあったというのは、不思議な気分になる。
今と違い、自分で炊事や洗濯をやっていないというのもあるだろうが……。
ひょっとしたなら、子供時代の方が時間を使うのは上手かったのではないだろうか?
「そういう君はどうなんだい?
今だと、スマートフォンのソーシャルゲームとかを遊んでる子が多そうだけど」
「あたしは、遊ばないかなー。
自分で遊ぶんじゃなくて、配信で遊んでるのを観て満足しちゃう感じ」
「そういう楽しみ方もあるか。
ゲームセンターで立ち見している人たちみたいな。
そういえば、僕も子供の頃、やったことがあるな。お金がなかったからだが……」
「ゲームセンターまで行って、見るだけの人なんているんだー?」
「配信と同じさ。
人がやってるのを見るのも、なんだか楽しい」
それにしても、だ。
(基本的に、僕が聞かれたことを話しているよな。
こう、インタビューでも受けているような感覚だ)
話しながらも、こんなことを思う。
実のところ、佐々木が話したがりであったというのもあるだろう。
また、単純に七海が聞き上手だというのも大きい。
しかしながら、今のところ、七海のパーソナルな部分が出ることはほぼなく、佐々木ばかりが自分の情報を垂れ流している状態であった。
もっとも、それで困るということもないが……。
(そもそも、錦糸町くんだりで時間を潰している時点で、何かしらの事情はあるのだろうが……。
正直、十代の若者が抱えている悩みなんて吐き出されても、持て余すしな)
佐々木はあくまで会計士であり、カウンセラーではない。
また、七海の側も気晴らしと時間潰しを求めているだけで、悩みの解決など埒外であることは、さすがの佐々木でも察せられる。
だから、余計なことは聞かずに、気楽な会話を楽しむ。
そんなことを、何度か繰り返し……。
ぱたりと、七海は姿を現さなくなった。