ナンパされおじさんとナンパする女子高生さんと
「寂しい?
……いや、そうか。
そうなのかもしれない」
聞く人間によっては、面と向かっての悪口とも受け取りかねない七海の言葉……。
それを聞いて、佐々木の脳裏に思い浮かぶのは、反発や怒りではなく、納得の感情だった。
なるほど、俺がこんなことをしているのには、そういう理由があったのかと……。
自分でも言語化できずにいた感情を、言葉として表してもらえたのだと、そう思えたのである。
「一人でいるのが苦じゃないし、むしろ好きだけど、完全に孤独でいるのもちょっと違うんだ?」
「うん……。
こう、大勢の人がエネルギーを発している所にいると、自分もそれを分けてもらえるような、そんな気分になる。
自分が騒いだりする性質じゃない分を、代わりに騒いでもらっているような……」
実際、こうして七海と一対一で会話している間も、周囲では様々な会話が飛び交っていた。
四十越えた会計士と女子高生が会話してる様へ、関心を払う者がいないくらいには、雑多な空間なのだ。
それはほぼイコールで、騒がしい空間でもあるということ……。
冷静に考えてもみれば、それほど読書に適した場所ではない。
にも関わらず、佐々木がそれを不快に思わず、習慣化するほど通い詰めていたのには、たった今、口にしたような理由があったのだろう。
「分かるかな?」
そんなことを考えながら、佐々木が口に出したのはその言葉だった。
「分かるかな?」と、問いかける形を取ったが、実際には「分かるよね?」と確認している形だ。
なぜなら、この七海という少女が話しかけてきたのも……。
「ん、分かるよ。
あたしも、同じだから。
人寂しくて、それを紛らわせたくて、ここにいる」
「それで、僕なんかに話しかけてきたわけだ。
さっきからの話を総合すると、僕がこの時間にここへ通っていることを知ってる君も、ここへ通ってるみたいだけど?」
「佐々木さんは毎日っぽいけど、あたしは毎日じゃないよ。
一人でいるのは微妙だけど、でも、友達と一緒に居たり、出くわしそうな場所で時間を潰すのはもっと微妙かなって時にここ来るの。
そしたら、いつも決まって同じ時間に本読んでるおじさんがいるなって」
「ふうん……」
アイスコーヒーを一口飲みつつ、返事する。
普段、顧客と会話する時に比べると、ひどく喉が渇く状態なのを自覚していた。
今はアイスコーヒーではなく、爽健美茶でも飲みたい気分だ。
「確かに、錦糸町のショッピングモールなんていうのは、高校生の来る場所じゃないか。
君や君の友達なら、それこそ、原宿や渋谷が似合いそうだ」
「うん、その辺が縄張りかな。
だから、全然違う所に来るの。
錦糸町なら、地下鉄の寄り道にできるし」
地下鉄となると、半蔵門線か。
なら、普段の縄張りにより近いのは、半蔵門線の駅がある渋谷かもしれない。
まあ、そんな個人情報を得たところでどうなるという話でもないのだが、自分ばかりパーソナルデータを抜かれるというのも、不公平だろう。
「でも、分からないな」
「分からないって、何が?」
「御用がないなら話しかけてはいけない、という法律はないけど、それでも、僕は話しかけたい相手じゃないだろう?
こう……あれだ。
何もかも、違いすぎる」
「けど、似てる悩み? 同じ好きな場所かな?
共通してるところがあったじゃん?
なら、後はどーにでもなるかなって」
「チャレンジナブルだな。
それで話しかけて、僕が何も答えず席から立ち去ったら、どうするつもりだった?」
「どうもしないよ。
ナンパ失敗したなーって思うだけ」
――あっけらかん。
……まさに、この言葉を体現したような表情で答える七海だ。
「そしたら別に、スマホでもいじって時間潰すだけだからさ。
あたしからしたら、話しかけて何か損することなんて、何もないっていうか」
「そういうものか……」
それは佐々木には、異次元というか、考えもしない発想であった。
何かするからには、結果を求める。
これは、佐々木にとって絶対の理屈だ。
逆に言うなら、結果を求められない行動は、最初から行わないということでもあった。
だが……なるほど。
自分に友達らしい友達がおらず、休日ともなると、おかずの作り溜めや映画鑑賞、テレビゲームくらいしかやることを見い出せないのは、まさにこういう行動を避けてきた結果であると思える。
人付き合いを求めるというのは、きっと、多かれ少なかれリスクが生じるのだ。
完璧に価値観が共通していて、まったく同じことで盛り上がれて、言い合いや喧嘩をする心配がゼロの相手など、そうそういるはずもないのであった。
「どうしましたか?
なんか、変な顔してますけど?」
「そんなに変な顔だったかな?
感心してたんだ。
僕の場合、その……」
「ナンパ失敗?」
「そう。
そのナンパ失敗というのもリスクに感じられて、何も行動しないからさ」
「ふーん……」
自分のジュースをすすりながら……。
七海が、何やら目を細める。
それは、何か考え事をしている表れであると思えたが、実際に何を考えているかは、すぐに明かしてもらえた。
「じゃあ、ナンパも成功したことだしさ。
また機会があったら、こうして話しませんか?
本を読む邪魔にならなきゃだけど……」
言われて、いつの間にか閉じていた文庫本へ視線を落とす。
この時間、活字を追う以外の行動をしたのは、ひどく久しぶりのことである。
だが、それが居心地良い。
そもそも、こうして人が多い場所で本を開いているのは、本質的には読書のためではないのだから……。
「ああ……いいとも」
だから、佐々木はそう返事したのであった。