表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

会計士 佐々木淳

「――お疲れ様です」


 時刻は、17時ぴったり。

 郷田会計事務所の中に、冷たく無機質な声が響き渡った。

 声を発したのは、ビシリとしたスーツ姿の男性……。

 会計士――佐々木淳である。


 声質や喋り方もそうだが、外見もまた、どこかアンドロイドじみているというか……機械のような印象を受ける人物だ。

 年齢は、四十代前半。事務所の中では、所長である郷田に次ぐ古参であった。

 ビシリと着こなしたスーツは高級品でこそないものの、しっかりとした仕立ての逸品であり、まさに戦闘服という表現がふさわしい。

 細いフレームの眼鏡は、ただでさえ強い目力を抑えるどころか、鋭く研ぎ澄ませているかのようで、「普通に話してるだけなのに怒られた気分になる」ともっぱら評判。

 染めているのか若作りなのか、白髪一つない黒髪をオールバックに整えた様は、まさにイケオジのお手本である。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です」


 定時ちょうどで帰ろうとする佐々木を、引き留めようとする者はこの事務所にいなかった。

 理由は、二つある。

 一つは単純に、佐々木が恐ろしく仕事のできる男だから。

 先日も、ある企業の重役が過去密かに……しかも巧妙に行なっていた横領を、十年分の紙媒体資料をひっくり返した調査により、見事特定したほどなのだ。

 そんな彼が、今日分の仕事を十分に果たしたと判断したのだから、これを止めることなど所長にもできようはずがなかった。


 理由の二つ目は、彼がプライバシーを大切にしているから。


「佐々木さん、今日も定時かあ」


「滅多なことでは残業しないよね、あの人」


「そのくせ、飲みに誘ってもうんと言ったことは一度もない!」


「そこは、今時というか考え方が若いんでしょう?

 今の世の中は、ホワイト&自己実現なんだから」


「確かに……僕も仕事が終わったなら、家で推しの配信見てたいですし」


 事務所で一番の若手――今年入った新卒だ――が放った言葉に、ドッと笑いが漏れる。

 時代が平成ならばいざ知らず、今は時世というものが異なった。

 人によっては佐々木を指して「早く帰ってズルい」とか「付き合いが悪い」と評するだろうが、この事務所で働く人間にとっては、さっさと帰れる有能さがうらやましかったし、24時間を有効活用するライフスタイルも見習いたかったのである。


「でも、どんなでしょうね?

 佐々木さんのアフターファイブって」


「どうかな……。

 なんか貴族みたいな雰囲気だし、家でレコードとか聴いてそうじゃないか。

 こう、スコッチとかくゆらせて」


「それか、同棲してる彼女でもいたりして!」


「モテそうだもんなー。

 それなら、早く帰りたいのも当然か」


 そんな会話を交わしながら、皆で手を動かす。

 佐々木を見習って、少しでも早く帰ろうと誰もが思っているのだ。

 その佐々木が帰って何をしているかは、誰も知らないけれど……。


 お読み頂きありがとうございます。

 「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ